16 ユニコーンがやって来た
季節はゆっくりと進み、少しずつ朝夕寒さが増して来た頃のこと。山の麓の長閑な道を、パカポコと陽気な蹄の音が響いていた。彼(?)は野生馬ならぬ野生のユニコーンである。
草の上を飛び交っていたバッタは葉先にぶら下がって固まり、縄張りをパトロール中の猫は止まったまま二度見している。
「…………」
「ブッフフーンッ! ブッフ・ブフフフフフーン!」
そんなご機嫌なユニコーンが、鼻歌を歌いながら山道を跳ねるように闊歩していた。
人間が歩いていることはある一部を除いて殆どないが、未確認生物であり聖なる存在(一応)のユニコーンがこんな場所を闊歩しているのはなぜなのか。
周囲は水を打ったかのように静まり返っていた。
「…………」
一方山の麓に暮らす面々は、いつもの如く思い思いに寛いでいた。
おばば様はうたた寝を、魔人はいつものふりふりエプロンを身に纏い、爽やかなレモンが香るクレマカタラーナを焼くために材料をかき混ぜている。
エヴィはハクと一緒にかまどの前に立ち、東洋の薬師が処方する漢方薬のレクチャーを受けていた。
ハクから差し出された乾燥した薬草をしみじみと眺めたり、匂いを嗅いで確認をする。
「この辺りでは見ない薬草も沢山あるのですね!」
「そうだね。気候や土壌など色々条件があるから。似たような効能の薬草を代替品にすればいいと思うよ」
薬草によっては合わせると良くないとされるものもあるので、必ずハクかおばば様に確認が必要と釘を刺されていた。
「読みにくいかもしれないけど、薬草をはじめ様々な生薬の絵が描かれている本はいるかい?」
そう言って、涼し気な水縹色の狩衣の袖から本を取り出した。
「貸していただけるのですか?」
見たことがない書物を前に、エヴィは瞳を輝かせる。
ハクはピルピルと柔らかそうな耳を動かして、優しく微笑む。
「いや、良かったらあげるよ。説明書も比較的簡単だからね」
「いいのですか!?」
「うん。私はもう使わないしね。後で少しずつ読み方も教えてあげようか」
「ありがとうございます!」
「一体、アンタはいつまでここにいるつもりなんだ」
きゃいきゃいとはしゃぐふたりを尻目に、魔人が渋い顔でボソリと呟く。
「いいじゃないか。一年や十年いたところで、何も変わらないよ」
ハクが楽しそうにふわふわのしっぽを振りながら微笑んだ。
そこに、陽気な蹄の音が近づいて来る。
ハクと魔人が顔を見合わせると扉の前で止まり、ノックの音が響いた。
「……まさか」
疑問のテイはとりつつも、確信に満ちた声と表情で扉に近づいていく。
勢いよく開けると、一瞬白い馬が見えた。
バタン! 魔人が無言で勢いよく扉を閉める。
「……何でこんな所にいやがるんだ?」
険しい魔人と、目の前で勢いよく閉められ、怒ったようにひっきりなしに叩かれている扉を、ハクとエヴィが瞳を丸くして見比べた。
「何だい、煩いねぇ! おちおち昼寝も出来やしないよ!」
おばば様が安眠を妨げられ、起き出しては険しい顔で怒っている。
魔人が慌てて言い募った。
「馬公が来てやがるんだよ!」
バンバンバンバンッ!!
粗末な山小屋の扉が壊れそうなほどに叩かれている。
四者四様な表情で顔を見合わせた。
「人ン家の扉をたたき壊す気かい!」
おばば様がパチンと指を鳴らすと、勢いよく扉が開く。
「ブッフフーン!」
ユニコーンが転がるように勢いよく入って来ると、サカサカと素早く小刻みに脚を動かしては、一目散にエヴィの方に近づいていく。
「……何だい?」
「もしかしなくても、エヴィに会いに来たのか?」
おばば様と魔人が険しい顔でユニコーンを見遣る。
ユニコーンは漢方薬の匂いが気になったのか、フンフンと鼻を鳴らしながら家の中の匂いを嗅いだ。おばば様の仕事柄、料理というよりは薬を煮込むことが多いため、リビングから見える位置にかまどが配されている。
今も弱火でふつふつと煮込まれているのだが、近づき、再びフンフンと匂いを嗅いでいる。
そしておもむろに鍋の中に角を突っ込むと、クルクルとかき混ぜ始めた。
「!?」
「ブフ、ブフフン♪」
鼻歌を歌うように小さく鼻を鳴らすと、ペッカーーー!! とばかりに、鍋の中身が眩い光を放つ。
「ブフンッ!」
「…………」
得意そうに鼻息を吐き出すユニコーンを、四人が無言で見遣る。
鍋の中を見れば、キラキラと光る『何か』になっていた。
「……何を作っていたんだい?」
おばば様がハクに尋ねる。
「簡単な風邪薬だね」
風邪に効くというよりは、身体を温めたり新陳代謝を促したり、免疫力を高めたりする漢方薬である。冷え性改善などにも使える漢方であるが、風邪薬として用いられることが多い。
極々簡単な初歩的な処方で、東の国では見習いも作れる代物だ。
「じゃあ、薬作りを手伝ってくれたのですか、ですぜ?」
「ブッフン!」
ユニコーンは大きく頭を上下させて頷くと、サラサラのしっぽをブンブンと振り回した。
「……さっきしきりに匂いを嗅いでいたから……」
「……多分、混ぜ棒についてた匂いで、エヴィが作っていたものか調べてたんだろ?」
おばば様と魔人が顔を見合わせながら嫌そうな顔をした。
「気持ち悪いねぇ」
「気色悪りぃなあ」
褒めてほしいとしきりに頭をこすりつけるユニコーンと、困惑するエヴィ。
ハクは苦笑いを浮かべながら『風邪薬だったもの』を覗き込んだ。
「ユニコーンの角は解毒や解熱、品質向上に効果があるからね。いい薬になるように、エヴィの作業を手伝ってくれたのだろうね……」
キラキラ光る薬をみては、品質を吟味するように金の瞳を細めた。
「風邪薬を通り越して、高純度のハイポーションにでもなってそうだけど」
ユニコーンがエヴィに褒めて欲しくて、魔力も一緒に溶かし込んだのだろう。
先日作った『零れないロート』を使って更に品質を向上させれば、かなり高値で売れることだろう。
「ユニコーンさん、ありがとうございます?」
手伝ってくれたと判明し、取り敢えず礼を言う。
「ブッフ♪ブッフ♪」
「……下心を感じるのはなぜなんだろうねぇ」
おかしな顔をして撫でられるがままのユニコーンを見て、おばば様と魔人は顔を歪めた。
そして人相悪い極悪人顔で凄む。
「その気持ち悪い顔を何とかしねぇと、ご自慢の角を引っこ抜くぞ?」
「いい加減にしないと馬刺しにするよ」
「馬刺しかぁ……しばらく食べていないなぁ」
「ブフン!?」
魔人とおばば様だけではなく、ハクまでもが冗談ともつかないことを言うので、ユニコーンは焦ったような表情をしては急いでエヴィの後ろに隠れた。




