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14 初めての代筆はラブレター・前編

「エヴィさんのお宅はこちらですか」

 人里離れた山の麓に可愛らしい声が響く。


「はーい!」

 魔族の子ども達がお遣いに来たのかと思いながら扉を開けると、人間の男の子が立っていた。


「あなたがエヴィさん? 代筆をしているって聞いたんだけど……」

十一、二歳位だろうか。やや線は細く、白い肌にそばかすの浮いた顔が愛らしい少年だった。


「そうですが、ご用ですか?」


 緊張したような思いつめたかのような表情に小さく首を傾げる。

 お遣いなのだろうかと思いながら、取り敢えず少年を家の中へ促した。


「お邪魔します……。ヒッ!?」


 おずおずと中へ入り顔を上げれば、薬草を刻むためにナイフを研ぐおばば様と目が合う。

 少年は引き付けたように息なのか声なのかを飲み込んで、叫び声が出ないように慌てて両手で口を塞いだ。


「おばば様、代筆の依頼が来たのです、だぜい!」


 喜び勇みたいが、少年の手前はしゃぎ過ぎるのを押えているのだろう。

 ムズムズとにやける口元を無理やり引き結んだエヴィが、変な顔をしていた。


 シャーコ、シャーコ。


 おばば様はナイフを研ぐ手を止める。

「へぇ、良かったじゃないか」


 シャーコ、シャーコ。シャーコ、シャーコ。

 シャーコ、シャーコ。シャーコ、シャーコ。


 エヴィはにこやかに頷いては、少年に向き直った。


「今、飲み物をお持ちしますね。こちらで座ってお待ちくださいだぜい」

「ど、ども……?」


 不愛想に頷くと、おばば様が気になるのか視線をチラチラと向けたまま俯いている。

 恐怖と緊張のあまり、エヴィのおかしな口調には気づいていないようであった。

 ニヤリ。……少年には笑顔に見えたのかは不明であるが、おばば様は笑顔を向けた。


(ひぃぃぃぃいい!!)


 一方、ルンルンなエヴィは子どもには何を出すのが良いだろうかと首を傾げる。


(……甘い飲み物の方がよいでしょうか)


 見たところ簡素なシャツとズボンという出で立ちであったため、平民の少年であろうと推測する。

 だいぶ肌寒くなったので、温かなホットミルクが良いだろうと思い、自動安全かまどのボタンを押す。たっぷりの蜂蜜を入れてかき混ぜては、零れないロートでカップに注ぐ。


 薬ではないが、せっかくのホットミルクを零して台無しにするよりもいいだろうという判断だ。蜂蜜と混ざりちょっと黄色味を増した牛乳が、窓辺の光を反射しながらカップに注がれていく。


「お待たせしました」

 慎重に運びながらにっこり笑って少年を見ると、なぜだか脂汗を垂らして青い顔をしている。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫です! 話を早くっ!」


 切羽詰まったような少年の様子に、エヴィは不思議に思いながらも頷いて椅子に座ることにした。


 同時におばば様はサラサラと呪文を唱えると、ひらひらと一匹の青い蝶が舞いだす。

 しばらく時間を潰すか、帰って来るならば人間の姿に化けて帰って来るようにと、魔人に注意を伝えるためである。

 蝶は音も無く飛び立つと、すっと壁を通り抜けて消えた。



「……代筆って、どんなものでも書いてもらえるんですか?」


 意を決したように口を開いた少年は、睨むように眉間に力を入れた。勿論睨んでいるのではない。極度に緊張をしているのだ。

 エヴィは考えるように小首を傾げた。


「まあ、法律に違反しないものであれば……」

「そ、そんなモン頼むわけないじゃん!」


 少年が弾かれたように顔を上げて叫ぶ。


「そうなんですね、良かった! ……とっても緊張しているから、余程のものなのかと思いました~、なのだぜい」


 今度はエヴィがホッとする。

 代筆業をするにあたって、どんなもんなのかとおばば様に聞いた答えが、役所に提出する書類や個人的な私信。あとは悪筆なため綺麗な文字での提出が必要な書類の清書が多いそうだ。

 

 時間の節約のために依頼する人、文字が解からない人。視力が落ちたご老人なども多いそうである。


 専門的な難しい書類などは専門家に頼む人が多いため、町の代筆屋は比較的簡単なものが多いとも言っていた。


「恋文を、書いてもらえますか?」


 少年は顔を真っ赤にして、俯いて囁くような声で告げた。


「こいぶみ」


 エヴィは丸い瞳をパチパチとさせながら、さっきとは反対側に首を倒した。

 思わずおばば様も手を止めて、真っ赤な顔で口を引き結んだ少年とエヴィの顔を見比べた。

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