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13 薬草を調達します・後編

 お腹もいっぱいになりまったりと日向ぼっこをしていると、キツネたちが入れ代わり立ち代わりやって来てはハクに頭を撫でられている。

 エヴィも撫でようとするが、おばば様と魔人を交互に見てはみんな後ずさって行ってしまうのだ。


 素早く振り返ってみるが、いつも通りのふたりがデザートの焼き菓子を食べているところであった。


「……おばば様と魔人さんはいったい何をしたんですか、だぜい」

 思わずジト目でふたりを見遣る。


「別に何もしてやしないよ」

「全くだぜ」

 面白くなさそうに魔人が口をへの字にした。


 その時、ハクに撫でられていた子ギツネが耳をピンと立てながら森の一点を見た。

 ふわふわのしっぽも心なしか持ち上がって見える。

 ハクも子ギツネと同じ方向を見た。


「……何か来るようだね」

「そのようだねぇ」


 おばば様と魔人も頷いて同じ方向を見つめた。

 哀しいかな、エヴィには何も感じられない――と思った瞬間、辺りの空気が張り詰めて行くのが感じられた。


 いや、張り詰めるというよりは、強制的に綺麗になって行くと言ったほうが近いのだろうか。

 空気の透明感と密度が、感じたことがない程に濃く迫り来るようだ。


「さあ、お前はみんなと山へお帰り」


 子ギツネに言うと、安心させるように背中を大きく撫でてから軽く押して促した。

 キツネの子は頷くように首を振ると、近くで見守っていたキツネに駆け寄って振り返った。母ギツネだろうか。二匹はじっとこちらを見てから踵を返した。


 湖の水面は凪いで鏡のように滑らかになっている。あれだけ飛んでいた蝶は全て羽根を休め、花々にとまっては羽根を閉じている。

 息が詰まる程の静謐さが辺りを包んだと思った瞬間、花や森の樹々、そして湖から無数の光の粒がふわふわと立ち上がり始めた。


『うふふ。ふふふ』

『だあれ?』

『誰? 誰?』

『アドリーヌだよ』

『違うよ、エヴィだよ!』

『あはははは』

『どっちでもいいよ』

『エヴィ! エヴィ!』

『アドリーヌ!』

『どっちも一緒だよ?』

『怖いのも一緒にいるね』

『おっかないね』


 光の粒たちは小さな声で囁き合いながら大きくうねったり渦を描いたりしながら、順番にエヴィの近くをすり抜けて行く。

 まるで光の粒に確認されているのか、撫でられているかのようだ。


(蛍……?)


 それにしては光が小さい。更に撫でて行くのは光のみで虫の姿はない。

 楽しそうな、小さな声が笑いながら光の軌道を描く。


「精霊だね」

「精霊?」


 おばば様の声にエヴィは碧色の瞳を瞬かせた。

 圧倒的な光の洪水に、こんなにも沢山の精霊がいるのかと思う。


「狭間の森の近くで、この辺りには滅多に人が来ないからね」


 ハクが金色の瞳を細めた。

 自然が守られているということなのだろうか。

 それとも、人の存在そのものが精霊には好ましくないのか。

 答えが解らないまま、在るがままのそれらの姿を瞳に映し、エヴィは微かに首を傾けた。


『うふふ』

『来たね』

『来るよ』

『あはは』

『面白いね』

『変だね』

『おかしい!』

『クスクス』

『来た! 来た!』


 何が来るというのだろうか。光の粒たちは再び楽しそうに笑うと、キラキラと溶けるかのように視界一面に降り注いでいく。


「お出でなすったな」


 光の残渣がもやのように漂う中、微かに蹄の音が聞こえて来る。

 魔人の言葉におばば様とハクが頷く。

 滑るように軽やかに走って来るのは白馬だ。


「ん?」

 近づくと、その姿がはっきりと認識できるようになる。


(……角?)


 頭というか前髪の辺りに長い角がはえているのが見える。

 白馬はご機嫌なのか美しい絹糸のようなしっぽをぶんぶん・バッサバッサと揺らしながら走って来る。


 そして四人の前に来ると、足踏みするようにしてとまりくるくると周りを歩き、鼻息荒くエヴィに顔を摺り寄せた。


「ブフンッ!」

「????」


(これって――)


 毛並みはふさふさで、光を纏ったかのように輝いている。

 バフバフと鼻を鳴らしているが、意外に太くて長い鋭利な角が目の前で揺れていた。

 エヴィは余りのユニコーンの圧に、摺り寄られるままになっている。

 思わず横目で見遣れば、笑っているようなユニコーンと視線とかち合う。


「気に入られたんだね」

 クスクスと笑いながらハクが言う。


「そいつはユニコーンだね。見た目とは裏腹にかなり獰猛だけど、純粋な乙女には懐くんだよ」

「ロリコン駄馬だな」

「ブフンッ!?」


 呆れたようなおばば様と、相変わらずディスる魔人。

 一触即発のユニコーンが魔人を睨んでいる。


「まあ、この辺りで危険があったら守ってくれるだろうし。仲良くしておいたらいいじゃない」

 苦笑するハクにため息をついておばば様がバスケットを指差した。


「花や葉っぱはその辺に生えてるからね。甘いお菓子や蜂蜜でもやるといいよ」


 言われるままにクッキーに蜂蜜をかけて口の前に差し出せば、嬉しそうにしっぽを振りながら食べている。


「ヒヒーーーーンッ♪」

「嬉しそうですね」


 くり返して二十枚くらいのクッキーを食べると、気が済んだのか首を湖の方へ向けてしきりに振り上げている。そしてその方向に向かって数歩進んでは、再びエヴィ達を振り向いた。


「ついて来いって言ってるみたいだな」

 いう通り進むと、岩と岩の間を鼻先で示す。


「……珍しい薬草があるよ。エヴィにくれるみたいだね」


 ハクが覗き込むと、鼻を激しく鳴らしながら角で威嚇している。


「わかったわかった。どんなものなのか、エヴィに教えているだけだよ?」

 ハクは耳を横に倒しながら苦笑いをしている。


 見れば、黒っぽい葉に乳白色の花が咲いていた。


「モーリュだね! 滅多にないお宝だよ」

 興奮気味にそういったおばば様は魔法でシャベルを出してはエヴィに渡す。


「自分の畑にでも植えておきな」


 促されるままシャベルで掘り返すと、根は球根のように丸いものがついている。傷つけないように丁寧に掘り出して、ホッと息をついた。


「どうもありがとう。ユニコーンさん」

「ブッフーーーーンッッ!!」

「……えらい得意気だな」


 エヴィが撫でると鼻息を荒げて顔を摺り寄せた。


「さて。せっかくだし私たちも薬草を探そうか」

「ここまで来たんだからねぇ」


 ハクが苦笑いと共にそう言っては、薬草摘みをすることとなった。

 人の手が入らないこの地は精霊などの加護もあり、珍しい薬草や品質の良いものが生息しているのだそうだ。


 暫くしてたんまりと薬草が集まると、帰り支度をして山小屋に向かって歩き始める。


 花畑の端まで来るとユニコーンは止まって、器用に右の前脚を挙げては蹄を振る。そして精霊たちが帰った時のようにキラキラと光りながら、溶けるように消えて行った。


「さようなら、ユニコーンさん」


 手を振るエヴィと消えて行くユニコーンを見て、三人は苦笑いをする。


「ユニコーンの奴、エライ懐きようだったじゃないか」

「そうだねぇ……呼んだって滅多に出て来ないくせに」

「エヴィの奴、ヤベエ奴に目ぇつけられたな」


 四人はしばらくの間、夕陽に照らされてキラキラと光る光の残渣を眺めていた。

 

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