12 瓶詰しますよ
「…………。それでそんなにやつれているんだね」
久しぶりに山の麓の小屋へと出向いたハクは、疲労感漂うおばば様と魔人を見ては苦笑いをした。
「凄いのです! ボタンを押すと、自由自在に火加減が調節できるのです! 熱しても鍋が火を噴かないのです!」
「うーん。普通、鍋は火を噴かないんだけどね」
そう言いながら新しいかまどをみたハクは、びっくりしたように耳を真っすぐに立てた。
「これは……凄いものを作ったねぇ……」
どちらかといえば優雅な立ち居振る舞いをするハクだが、余程気になるのが矯めつ眇めつというように観察している。
(火竜の骨を使ったかまど……サラマンダーの鱗まで付与されているんだな)
挙句の果てには見えない場所に大きな魔石が仕込まれていた。万が一にも魔力が切れないようになのであろう。
おばば様と魔人の過保護ぶりに、ハクは頬が緩んだ。
「外に頼めるような代物でもねぇからな」
「どうせなら、私も一緒に作ってみたかったなぁ」
心底残念そうに言うと、おばば様と魔人に睨まれた。
「そういえば、ハク様は魔王……様のところに行っていたのですよね?」
魔王と呼び捨てそうになり、慌て『様』をつける。
魔とか妖とか付く人にとっては、王様なのだろう。そして物凄く強いのかもしれない。
エヴィ如きが呼び捨てになんて出来ない存在であろうからして。
「そうなんだ。古くからの友人なんだけど。ここに出入りしている魔族の子から聞いたらしくってね。近くに来ているなら何で挨拶に来ないって文句を言うもんだからねぇ」
(近く……?)
裏手の森が境界線だと聞いたことはあるが、今更ながらそんなに身近に魔王国? 魔界? はあるのだろうかと考える。
エヴィの考えていることが解かったのか、おばば様が口を挟む。
「魔界は時空のはざまにあるのさ。人間と色々あって時空間に国を作って暮らしてるんだよ。その境界線が一応裏の森にあってね」
おばば様によれば、魔力によって自由自在に中が広くなっていく山小屋と同じような空間になっていて、好きなだけ大きく出来るのだという。
「魔力だったり、空間を形成する技術だったりもあるから、無尽蔵に大きく出来る訳でもないんだけど」
「はわ~」
感心のあまり頭の悪そうな声を出すと、ハクはくすくすと笑い、瞳を細めた。
「そう言えば、オークたちがしきりにエヴィを褒めていたよ。あと、色んな種族の子ども達もね。近所に住んでいるって言ったら羨ましがっていた。エヴィは魔族に好かれているんだね」
そうなのだ。
貴族令嬢として暮らしていた頃は鼻つまみ者のような存在であったのにもかかわらず、どういう訳か魔族の子ども達にはモテモテなのである。
「魔族は純粋に人間性をみるからな。裏表の無い奴だから、ガキたちにも好かれるんだろ」
確かにねぇ、とはおばば様。なるほどね、とはハク。
無自覚な本人は、不思議そうに首を傾げていた。
「そういえば、薬師の仕事をするうえで困ることって他にないの?」
ハクに問いかけられて、エヴィは視線を左右に動かした。
しばらく考えて、恥ずかしそうに囁いた。
「瓶詰、でしょうか……液体をどうしても零してしまうのです」
「ふふふ。そうなんだね。じゃあ、私が瓶詰に便利なものでも作ってみようかな?」
「本当ですか!?」
ハクは楽しそうに頷いた。
難しい書籍を難なく読みこなし、お見本のような礼儀作法を身につけ、そのうえ天才投資家と言われるエヴィだが、どうやっても家事一般には不器用であるらしい。
その不器用な一面がとても可愛らしく感じるのはなぜなのだろう。
「私にも作れるかな? 妖力でも大丈夫だろうか」
おばば様が嫌そうに仏頂面をする。
「妖力も魔力もたいして変わりゃしないよ。言い方が違うだけで力の根源は一緒だろ」
「じゃあ、エヴィが『回路』の作り方を教えてくれるかい? 私が妖力で刻んでみよう」
嬉々として本と紙を持って来たエヴィが、ああでもないこうでもないと講釈を始めた。
ハクはぱらぱらと本を捲りながら、エヴィの話を聞く。
そしてふさふさのしっぽを機嫌よく左右に振りながら、こうしたらどうかと提案を始めた。エヴィは揺れるしっぽが気になりながらも、夢中で回路を仕上げて行く。
作ったのは魔石でできた『零れないロート』だった。
風の属性が強い石を選んだので、薄く青みがかっている。鉱物で出来ているとは思えないくらいに薄く削られ、陽の光を受けてキラキラと光っていた。
エヴィとハクで考えた回路がびっしりと模様のように刻まれており、その手助けをすると共に回路を隠すかのように妖精の放つ金の粒が表面を覆っている。
縁には花と蔦の彫刻を施してあり、装飾品のような魔道具が出来上がった。
「これは、なかなか大変な作業だね」
「ありがとうございます、ハク様!」
やり切った感満載のハクが、大きく息を吐いた。
瞳を輝かせたエヴィが、覗き込むように見つめている。
「また、過剰なくらいに機能を盛ったねぇ」
「エヴィ、浮かれて落っことすなよ」
呆れた様子のおばば様と、興奮気味なエヴィに諭すような魔人が口を開いた。
零れた液体や粉を零さず然るべき場所へ戻す機能。しっかりと倒れない機能。鍋や移す対象物によって勝手に伸び縮みする機能に、落としても踏んでも割れない機能。
ロートを通すと薬の効能が上がる機能。そして自動洗浄機能までくっつけてある。
「作ってみると意外に面白いね。副業で魔道具も作ってみてもいいかもしれないなぁ」
「これで、煮るもの移すのも大丈夫ですね!」
エヴィの輝くような笑顔を見て、やれやれと三人は苦笑いをした。
薬師見習いへの道が大きく前進したのは言うまでもない。




