31 エヴィの誕生日
お読みいただきましてありがとうございます。
次の更新は夕方になります。そちらで最後になるかと思います。
誕生日は盛大であった。
「いやあ、聖女が誕生したかと詰め寄られて大変でしたよ」
魔塔長であるマーリンが、ため息まじりに首を横に振った。
昼の大空に大陸全土を覆いつくす魔法陣を張り巡らせ、慈雨を降らせ。更には封印から蘇った大悪魔ベリアルの引き起こした災害のような爪痕を癒すということになったため、予想通りというべきか、各国からの問い合わせと説明に大忙しだったのである。
「……なかなか納得してくれなくて、聖女に会わせろと言って聞かない方もいらっしゃいましてねぇ」
マーリンの言葉におばば様は不機嫌そうに顔を顰めた。
何のことはない、聖女役はおばば様で……実際は聖女な訳である筈もなく、ほんのちょっと持っている聖魔力を、魔改造した魔法陣と大魔法使いたち(そして魔人)の魔力でブーストをかけて膨らまし、無理矢理広げるというものだったのである。
……ユニコーンとエヴィで作った『何でも浄化しちゃう水』の雨も相まって、数十年ぶりに大陸全土が浄化と癒しの魔力に満たされたのであった。
「まあ、そうなるだろうとは思っていたけどねぇ」
苦笑いするのは北の大魔法使いアビゲイル。細い組んだ足が、身体に沿ったスリットからなまめかしく見え隠れしている、御年二百歳オーバーの文字通り美魔女だ。
「いっそ聖女だって言っておばば様を見せればいいんじゃないの? ……見なかったことにしてくれるかもよ?」
ニシシシ、そう笑いながら赤い髪を揺らすのは東の大魔法使い見習いアロン。明るく陽気でおおよそ魔法使いのイメージとは真逆である。
「やめとくれよ!」
威嚇するようなおばば様に被せるように、西の大魔法使いシモンと南の大魔法使いフラメルが同時に口を開く。
「失礼ですよ、アロン」
「聖女って、ガラにもないの程が過ぎるだろう」
基本的に真面目で常識的なシモンの静止の言葉と、大魔法使いの中では末っ子ポジションのフラメル(御年八十歳越え)の相変わらずの毒舌が正反対だ。
「まさかこんなに早く再集結するとは思わなかったよ」
半月も経たない内に顔を合わせることになった四方の大魔法使いと大魔法使い見習いが共に頷く。
『空よ風よ陽の光よ。古より脈々と伝わる光の奔流! アルフヘイムよ、我に力を! ゴット・ファンタシスタッ!!』
大声で詠唱(?)を唱えながら、手足を大きく動かしては『エヴィの考えるかっこいいポーズ』を決める。ミジンコ二匹分ほどに魔力の増えたエヴィが、庭で『私の考えたカッコいい詠唱』を披露する。
……が、全く反応がない。
春にもかかわらず、容赦ない寒風が音をたてて庭を吹き抜けた。同時に彼女の考えるカッコいいポーズをしたまま固まるエヴィを見て苦笑いするハクとルシファー。
『エヴィの詠唱は壊滅的は壊滅的なのだから、諦めて魔道具制作に邁進した方が良いぞ』
愛らしい幼児の姿で厳しいことを言うフェンリル。
怪我をして行き倒れているところを助けてくれたエヴィと契約するためにやって来たはずだが、真っすぐな気質のフェンリルはなかなかに辛辣である。
その隣を、魔人の焼いたケーキを果物やクリームで飾りつけた魔族の子ども達が、恭しく頭上に担ぎ上げながら運んで行く。そしてその後ろを、魔人とお揃いのピンクのフリフリエプロンをつけて楽し気にご馳走を運ぶのはユニコーンとマンドラゴラだ。友人であるマンドラゴラの後ろを、トレントの幼体が焦りながらついて行く。
狭間の森の者たちは森を出ることはないのだが、今日は狭間の森代表として特別に、トレントの幼体が参加をしているのだ。
「とりあえず、これを渡しておこう」
そう言いながら子どもの姿をしたルシファーが、新しい通行証を差し出す。
「まあ! ありがとうございます」
魔力の少ないエヴィが迷わずに狭間の森を抜け、自由に魔界に出入りする通行証であるが……実際は通行証の持ち主を守るため、簡易結界や反射、防衛の魔法をこれでもかと重ね掛けされている代物である。
更には魔王であるルシファーの色である紅と黒が複雑に混じり合った小さい棒状の半貴石のようなものは、彼の魔力を凝縮した魔石である。複雑な魔法陣が幾重にも刻まれており、石の中でうねるように動いている……何ともルシファーの執着が感じられる代物だ。
「以前のものより付与魔法を増やしておいた」
大魔法使いたちが覗き込んでは、ドン引きしている顔が見えた。
エヴィが手の中の『通行証』を見遣る。
「……ありがとうございます?」
「それでは、魔界ギルド一同からは、お得意様であるエヴィ様にこちらを」
『ギャギュー! ギャー!』
「…………」
ドラキュラが、おかしな声がする小箱を差し出して来た。
魔塔からは転移魔法陣を使って次々と入れ代わり立ち代わりエヴィの同僚でもある魔法使いと魔術師たちがお祝いに現れ、思い思いの素材や魔法陣を手にお祝いをしにやって来た。
「おーい! エヴィ! おばば様~!」
ガラガラと凄まじい勢いでスレイプニルが引く幌馬車の車輪の音が響いて来る。
魔族の運営する旅の一座の幌馬車だ。
リザードンである妖艶な踊り子が、身を乗り出して手を振っているのが見える。
「皆さん、ありがとうございます、ですぜ!」
沢山の贈り物を抱えたエヴィが輝くような笑顔でぺこりと頭を下げる。
そしてこちらに近づいて来る踊り子に向かって大きく手を振った。




