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11 煮込みますよ・前編

「……あ~あ」


 かまどの周囲が吹きこぼれて大変なことになっている。

 この前は鍋を再起不能なまでに焦げ付かせ、その前はどういう訳か鍋から火が噴き出した。

 エヴィに吹きこぼれがかかっていないことを確認して、魔人が魔法でかまど周りを綺麗にした。


「申し訳ありません……」

「怪我はねぇか?」


 エヴィはこっくりと頷く。

 作っていた筈の薬は使い物になる筈はなく、何かに応用できるようなものでもないため廃棄一択である。


 エヴィは自分の家事能力のなさに絶望した。

 おばば様と魔人はとうに諦めたため、絶望はしないものの、煮込まない薬のみのエキスパートという方向へシフトさせた方がいいものだろうかと真剣に悩んでいた。

 かまどは火力の調整が難しいため、エヴィが扱うのは難易度が高い(らしい)。


 薪を適宜くべたり控えたり、空気を送ったりして火力を調節するものだが……ある程度の魔法使いだったら魔力で自在に火力調整を出来るだろうし。


 本来ならかまどの使い方に慣れるべきであるが、全くできる気がしない。

 努力は得意な方であると自他ともに認めるエヴィであるが、努力してどうにかなるとは思えない。

 それはおばば様と魔人も同じである。


「こう、かまどに火力調整機能をつけることって出来ないのでしょうか……ですぜ?」

「「うん?」」


 努力しても出来ないのなら、別の出来る方法を探した方が早い。

 第一、安全である。

 その内、山小屋も自分達も丸焦げになる未来しかイメージできない。

 魔人はエヴィの言葉に唸った。


「火力調整機能か……」

「人が技術力で開発するのは何百年も先なんだろうと思うけど、魔導具なら何とかなるかもしれないね」


 おばば様がかまどを見て呟く。

 例えば鍋をおいたら火を自動で点ける、どかしたら消える、くらいならそれほど面倒でもないであろうが。


(一体、どれ程の機能が必要なんだよ……)


 想像して唸る魔人。

 魔術を発動させる魔法陣と回路が必要なのであるが、複数の機能を上手く機能させるための膨大なそれらに、かまどの大きさで果たして間に合うのか疑問であった。 


「丸焦げになるよりはいいだろうさ」

 魔人の心中を察してか、おばば様が神妙な顔でかまどとエヴィ、そして魔人を見た。


 エヴィには『魔道具作りの初歩』という本を渡した。

 新米魔法使いや魔術師が手に取る魔道具作りの入門書である。


「後でこれを読んで回路について勉強しな」

「はわわわわ~! 魔術! 回路!」


 興奮のあまり片言になっているエヴィに苦笑いをする。


「興奮してるところ水を差して悪いが、魔法陣はともかく、回路を刻むのには魔力がいるからな。多分覚えても使えねぇぞ」

 魔人がため息まじりにエヴィを見た。


「魔法陣は魔力がなくても可能なんですか!?」

「まあ。描くの可能だな。起動も媒介がありゃあ何とかなるな」

「とにかく、それは後だよ。今は必要な機能を羅列して精査するのが先だよ」


 おばば様にどやされて、魔人は嫌々、エヴィは頬を紅潮させて頷いた。


「まず、火を点ける・消すだろ。火力はどうする?」

「とろ火、弱火、中火、強火、超強火……でしょうか」

「吹きこぼれたり、鍋の中身がある一定以上の温度になったら自動的に消火する機能も付けた方がいいだろうね」

「そうなると時間もだな……」


 一定の時間を超えたら消すは問題ないが、それぞれ煮込み時間はマチマチである。

 都度火をつけ直すのも何だか使い勝手が悪い。しかし、うっかり消し忘れを防ぐ機能は必要であろう。


「時間設定出来たらいいんでしょうか?」

「……時間設定……」


 魔人は口をへの字にした。これも一定時間ならともかく、自由設定だと……


「とんでもねぇもんを作んなきゃなんねえな」

「文句お言いでないよ」


 そういうおばば様も、暗澹たる思いでかまどをみつめる。

 多分、最高難度の大傑作となることだろう――無事に出来あがればであるが。


 そもそも魔力が豊富なおばば様や魔人にとって、魔道具作りは得意とも言えない分野であった。作る必要もないというか。

 ちまちまと道具を作るくらいなら、魔法でちゃちゃっと済ませた方が早いわけで。


 魔道具作りは魔道具師や魔術師に任せるのが早いが、こんなトンデモな道具は無理だとさじを投げられるだろう。高額な開発費と制作費をぶんどられそうでもある。


 この日から、おばば様と魔人による自動調節機能つきかまど――『自動安全かまど』の、正に汗と涙の制作がスタートしたのであった。


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