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23 癒しの魔法陣

 魔人がまさかという表情でおばば様を見遣る。

 大魔法使いたちが生暖かい目でおばば様と魔人を見比べた。


「……聖女がババアとか、ないわ~……」

 魔人がしっぽをへにょんとさせて項垂れる。


「でも、聖魔力をお持ちなのがおばば様だけなのです!」


 申し訳なさそうに告げるエヴィが、はっと何かに気づいて顔を上げた。そして期待に満ちた表情で魔人を見遣る。


「……もしかして、魔人さんも聖魔力をお持ちですか……?」

「ぶっ!」


 アビゲイルとアロンが吹き出す。

 シモンは困ったように眉毛を下げ、フラメルは嫌そうに顔を歪めた。

 おばば様はスンとした真顔である。


「髭の魔人の聖女とか、笑える……!」

「その場合聖人じゃないの?」


 魔人は魔獣も真っ青な顔でふたりを見て威嚇すると、ふて腐れたように言い捨てる。


「んなもんねーよ」

 そして、まじまじと魔法陣を見た。


「……あのヤベェ魔法陣か……」

 魔人は消費魔力削減の紋様を捜すが、魔法陣のどこにもないことに気づく。


「おい。これ、マジでヤベェ奴だぞ」

「魔人も回復薬飲んだ方がいいよ」


 そう言ってアロンが液体の入った小瓶を放り投げた。魔力が著しく減った時に服用する魔力回復用のポーションである。


「つーか、これ縮小出来ねぇのか?」


 ピンポイントでベリアルとクリストファーに効力があればエヴィの目的は達せられるであろうに。


「縮小?」


 エヴィが不思議そうに首を捻る。

 全くもって考えてもいないという顔だ。


(……消費魔力の削減が出来ないくらいなんだからな、範囲縮小もねぇのか……)


 いろいろと散々試行錯誤してこれなのである。よって縮小も出来る筈がないのであろうと納得することにした。


「本当に、あのクリストファーの野郎のせいで……」

「まあいいじゃないか。大悪魔とやらが来た道を一緒に浄化できるしね」


 ブツブツと文句を言う魔人にアビゲイルが取りなす。


「アビゲイル、エヴィの『何でも浄化しちゃう水』を全土に雨として降らすよ。エヴィ、ありったけ出しな!」


 おばば様に言われ、北の大魔法使いが眉を上げた。そしてエヴィを見る。

 エヴィは言われるままにアイテムボックスを開けて両手を差し入れた。


「あ、そのままにしておいとくれ。『何でも浄化しちゃう水』ねぇ……ちょっと失敬」


 そう言うと、アビゲイルがタクトをひと回しする。


 次の瞬間、噴水のようにエヴィのアイテムボックスから『何でも浄化しちゃう水』が飛び出した。

 瓶からちまちま出していたのでは埒が明かないので一気に取り出すことにしたのだが、頭上にとんでもない大きさの水球が出来て行く。

 瘴気に満ちた空気の中でもキラキラと七色の光を発していた。


「うわぁお! 随分ため込んだねぇ。こりゃ魔力ヤバヤバだ!」

 そう言うと早速回復薬をグビリと飲んで、瓶を放り投げた。


「……ババアも飲んどけよ」


 干乾びるぞ、と心配なのか悪態なのかを口にする。もしかすると両方なのかもしれないが。


 魔人の言葉を受けておばば様が大きく紫色のローブを広げると。

 お腹を一周するベルトに魔力回復ポーションが、これでもかと差し込まれスタンバイしていた。


「ったく。年寄りに何をさせるのかねぇ」

「年寄りの冷や水だね!」

「ここにいるのは全員、年寄りだがな」


 元気に付け加えるアロンに、エヴィの次に年若い、八十を過ぎたフラメルがとどめを刺した。


「さ、いくよ!」


 気合の入ったおばば様の声に合わせ全員が頷くと、サラサラと聞きなれない言葉で詠唱を始めた。


 途端、大きな水球は分裂し幾つもの水球になり、ふるふると震えながら魔法陣を囲むように、寄り添うように広がって行く。それぞれの色合いに輝いていた魔法陣は高速で回転し大きく膨張しながらどんどん空高く上って行く。

 いつしか色は混じり合い七色に変化し、枝葉を伸ばすかのように大きく広がって行った。


 それによって、瘴気により暗く濁っていた空と空気がどんどん浄化されていく。

 キラキラとした七色の光と共に、細かい霧のような雨粒が地上に降り注ぐ。優しく柔らかな慈雨じうだ。


 浄化と癒しの光と雨を受けた枯れた草木がゆっくりと色を取り戻し、萎れ項垂れた花や葉をもたげてすっくりと立ち上がる。枯れたままの蕾は色づき、ゆっくりと膨らんでは花びらを広げ、美しい花を咲かせた。 

 枯れ果てた大地は息を吹き返すかのように潤い、草木が芽吹き出す。


 淀んだ空を切り裂くかのように広がって行く七色の魔法陣を、町の人も、野山の動物も見上げた。

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