21 対決!?・中編
山や森は大パニックであった。
群れを成して逃げようとするもの、怖がってあちらこちらと方向を見失って右往左往するもの。大きな動物に踏まれないように懸命に走るもの。
そんな恐怖に慄く動物たちを、全員で声掛けしながら狭間の森に誘導する。
『落ち着け、皆の者、こっちぞ』
フェンリルが大小さまざまな動物たちの先頭をきって走る。
『グア! ゴォァァ!』
マンドラゴラが虫など小さなもの達を先導する。
心配して森の一番端まで出て待っていたトレントの坊やが、手のような枝で森に来る者たちに進む方向を伝えていた。
「大変大変」
「悪魔なの?」
「強い強い!」
「大変大変!」
『大悪魔サマダゾ!』
「アクマだって!」
「怖い怖い!」
「マズいマズい!」
精霊や妖精たちが光の粒となってうす暗い森の道を乱舞する。そんな中に混じり、楽しそうに飛ぶタマムシが。
パニック状態になる精霊たちに、一生懸命説得するユニコーン。
「ブヒフン!」
『デッ!?』
近くに飛んできたふざけたタマムシを蹄で地面に叩きつける。
凄い勢いで叩きつけられたタマムシが、ヨロヨロと起き上がりながらじっとりとした目でユニコーンを睨む。
『チョット冗談言ッタダケジャン!』
「あはは!」
「うふふ」
「あはははは!」
楽しそうに笑って舞う精霊たち。
「ブフフン!」
ユニコーンが再び狭間の森を示せば、一斉に光の帯となって飛んで行く。
そんな周囲から集まってくる者たちを、狭間の森の樹々達は大きくトンネルを作り、様々な動物たちを受け入れた。
「……まずいな」
狭間の森の前でハクがベリアルが近付いてくる様子を見る。
春らしく、淡く柔らかな光に満ちていた空が暗くなり、木や草が萎れていく。水は変色し泡立ち、腐敗臭が立ち込めだす。
瘴気が地を這うように広がって、生命を慈しむはずの土地が枯れていく。
ハクは聞きなれない言葉で呪文を唱えると、自らの妖気で周囲の被害を少なくなるように覆いつくして行く。
魔法とはちょっと違った、妖怪の妖力を使った術だ。
「ユニコーン。よもや人間はいないだろうけど万が一があるから、周囲を確認してくれるかい?」
「ブッフ!」
ユニコーンは頼まれたと蹄で胸を叩く。
「頼んだよ、みんな」
ハクは気遣わし気に、慣れ親しんだ山小屋の方を見て仲間たちを呼んだ。
*******
(確かにクリストファー殿下だわ)
見れば見る程、それはクリストファーであった。
だが表情に見たこともないような凄味があり、同一人物とは思えない雰囲気でもある。
当たり前であるかのように空中に浮いているというのも、幼い頃から彼を知る身としては不思議なことだと思いながら見上げ続けた。
ピリピリとした空気が辺りを包んでいる。お互いに相手がどう出るのか見極めているのだろう。
ここでエヴィはふと思う。確か大魔法使いたちは全員攻撃魔法が得意だと言っていなかったか。
ちらりとルシファーの横顔を見上げる。
魔王である彼も間違いなく攻撃が得意そうである……
(……同化といってたけど、大悪魔ベリアルさんを封印するなり倒すなりしたら殿下はどうなるのかしら……)
同化と言うからには、基本的には混じり合った存在になっているのだろう。
なにをどう考えても怖い想像しか出来なくて震える。
(……え、一緒に封印されてしまうの? それどころか怒ったおばば様たちによって……)
上手くふたつに、元に戻るのであろうか?
それともやはり、木っ端みじんに爆散してしまうのだろうか。
エヴィは山小屋もろとも、一帯が更地になる想像をして顔を青褪めさせた。
(沢山の人や自然を守るためには彼らを倒さなくちゃならないのだろうけど、どうしたら良いのかしら)
それに、この息が詰まりそうな瘴気の中で大丈夫なのだろうか。
******
ベリアルは大悪魔が目の前にいるにもかかわらず、泣きも叫びもしないどころか物思いにふけっているエヴィを見て微妙な表情をする。
(……頭が弱いわけではないのだよな?)
身体の元の持ち主であるクリストファーの意識の中では、常に優秀なエヴィがちらついていた。努力しても全く追いつけないクリストファーは何度も追い付くために努力をするが、その度にエヴィも一緒に頑張ってしまい、差は広がるばかりであった。
いつしか、彼女に努力を見せ付けられ、足りないと言われて責められているように感じるようになった。そして引け目を感じるようになり、背を向け、最終的にはエヴィに対して憎しみすら感じるようになって行ったのだ。
(こ奴のためにも攻撃して、串刺しにして手足を一本ずつ捥ぎとり、丸焦げにしてやろうかと思ったが……それは厳しいかもしれんな)
人間の少女には、幾重にも保護魔法がかかっていることが伺える。
多少の攻撃では傷もつかないであろう。かといって本気で攻撃をぶつければ、反射魔法によって同じだけ強力な攻撃が己に返ってくるはずだ。
(ふん、確かにな。人間如きの小娘がこしゃくな)
上等である。
ついでに一緒にいる者共も吹き飛ばしてやればいい。取り敢えずはそれぞれどの程度の実力であるのか確認するため遊んでやろうとほくそ笑む。
ベリアルの動きを見極めるために、おばば様他共攻撃をしない。
……一応体はクリストファーであるため、躊躇がないと言えば嘘になる。
しかし何時でも攻撃魔法を放てるよう、手のひらに大きな魔力を貯めたままにしていた。
元々は王子様らしく綺麗な顔立ちのクリストファーの顔が残忍そうな笑みを浮かべる。
そして何のためらいもなく、無詠唱でもって、幾つもの火の玉を大魔法使いたちに向かって投げつけた。




