20 それぞれの役目
エヴィ達は遠く視線の先に、包むように魔法陣が展開されるのを見た。
「取り敢えずあっちは大丈夫そうだね。私は森へ向かうよ。みんなを守らなくては」
多くの動物たちに慕われるハクは、山々を見た。
今も動物たちの怯える気配をひしひしと感じる。
人間よりも危機を察知する能力が高い動物たちは、目の前に迫りつつある危機を既に感じているようであった。
もしもあの魔力の塊が野山に近づいたなら、ひとたまりもないであろう。
「狭間の森を使うといい。他の場所よりも守り易いだろう」
ルシファーがそう言って狭間の森を見た。
魔界の結界にも近く、不思議な植物たちが守る狭間の森は魔力に満ちた場所である。
「ユニコーンやフェンリルも手伝ってくれるか? マンドラゴラも、トレントと避難したらいい」
「ブヒフン……」
一瞬気遣わし気にエヴィを見るが、エヴィが頷いたのを見て彼らも頷いた。
元々野山に生きる彼らも、仲間たちの無事は気になるのだろう。
合わせて、動物や精霊、たちを守ることはここでの生活に幸福を見出し、大切にしているエヴィの笑顔を守ることでもあると思えた。
『魔王、そして大魔法使いたちよ。エヴィを頼んだぞ』
「大丈夫だ。大魔法使いたちもいるのだ、心配ない」
長らくこの地に住まうおばば様と魔人も、種は違えど生き物たちが気になるのだろう。自然と共に生きるといってよい環境であるため、仲間であり慈しむべき存在であるのだ。
ユニコーンやフェンリルに視線を合わせ、頼むと言うように頷いた。
「気をつけて、エヴィ。みんなも」
ハクは妖気を大きく膨らませると、美しい白狐に変身した。シミひとつない美しい毛並みの狐。九つの豊かなしっぽはピンと立っており、非常に神々しく見えた。
(……これがハク様の本当の姿……?)
見入るように瞳を瞠るエヴィを金色の瞳がじっと見ては、空に向かってひと鳴きした。
その隣でフェンリルも人化を解き、蒼銀色の狼となる。コロコロした可愛らしさはなりを潜め、だいぶすらりとしたシルエットに変わっている。
ユニコーンと共にやはりエヴィを見る。マンドラゴラはユニコーンの背に乗り、たてがみに掴まっている。
『マッテクレヨ~!』
タマムシがそう言いながら、ユニコーンのしっぽに掴まる。
そして風のように、彼らは一瞬のうちに走り去って行った。
暫しの静けさの後、全員が黒い竜巻のようなもの――クリストファーと同化したであろう大悪魔ベリアルを見つめた。
「……今まで通って来た他の地域が問題ないのか、後で被害状況を確認する必要がありそうだね」
おばば様の言葉に、フラメルが頷く。いささか顔色が優れないのは魔塔に帰ってからのあれこれを考えているのだろうか。
「強い魔力に引っ張られて高度を下げた可能性が強い」
防護壁とベリアルの魔力がぶつかり合い、時折激しい火花のようなものが見える。
ルシファーが紅い瞳を眇めた。
「あれだけ大きい魔力を感じれば、取りこもうとするかもしれないし攻撃を仕掛けるかもね」
「……あの魔力の多くはマーリンの負担でしょうから、早く注意を反らしましょう!」
北の大魔法使いの言葉に、シモンは両手に魔力を込める。
真面目を体現するような、四角四面のとっつきにくい印象であるが、何だかんだで後輩思いなのであろう。
みるみる大きくなった岩の槍がバチバチと放電し始める。
「ロック・ランス!」
ベリアルの注意を引くように、シモンがベリアルに向かって槍を放つ。
「メイル・ストローム!」
「風よ、加速を!」
アビゲイルとアロンが、シモンの岩魔法に各々の魔力を乗せた。
空を切り裂くような音を残して真っすぐに飛んで行く。凄まじい速さにこのまま貫いてしまうのではないかと思えるほどであったが、そうは上手くは行かず、払うような仕草をしたベリアルの動きに合わせて爆発し飛散した。
「こっちへおびき寄せるように一時的に瘴気を開放する」
「随分荒っぽいねぇ。エヴィ、一瞬息を止めな!」
ルシファーの言葉におばば様が早口で言うと、指をパチンと鳴らした。
他の魔法使いと魔人も、それぞれに詠唱して瘴気に備える。
瘴気にも耐えれるよう、エヴィを魔力の防護壁で覆う。
鼻と口を両手で押さえるエヴィだったが、ふんわりと温かな何か――おばば様の魔力に包まれたのを感じて、手を離した。
瘴気を放った途端、街の上にとどまっていた靄を纏った人影が凄まじい速さで山小屋へ向かって飛んで来るのが見えた。




