15 同化・前編
文章の切れ目の関係で、申し訳ございませんが本日は短めとなります。
「クリストファー様はルーカス様のご結婚式にはいらっしゃらないとか」
「……従兄弟でいらっしゃるのに?」
貴婦人が豪華な羽根飾りのついた扇で口元を隠す。
また別の人の輪でもクリストファーを噂する声が聞こえて来る。
「留学されて、体調を崩されているとか……」
「本当ですの? まあ、嘘でも誠でも、合わせる顔もございませんでしょうしねぇ……」
春の社交では公爵家の嫡男であるルーカスと、見事そのハートを射止めた子爵家令嬢マリアンヌの話題で持ちきりであった。
そしてそれと同じくらいに、クリストファーについての近況や憶測などで賑わっていた。
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「クリストファー様、本当にご出席にならないのですか?」
従者が魂の抜けたようなクリストファーに問いかける。
気性の激しい人間であったはずが、最近は殆ど話さなくなったクリストファー。精気のない瞳でじっと一点を見ていることが増えた。
登校することも少なくなり、部屋に閉じこもるような生活を送っている。
国の意向では、従兄弟であるルーカスの結婚式には出来る限り出席せよということであったため、従者は急かすようにクリストファーに確認をしていた。
気の抜けたような返事をするクリストファーの内面で、黒い靄だったものは彼の心の内を覗き見る。
宿主である青年はとある国の王子で、その婚約者に強い劣等感を持っている。屈折した想いに黒い靄だったものは首を傾げながらも、全く動じることも無く対応する婚約者に興味を持った。
婚約者……元婚約者と言ったほうが良いのだろうか。彼女は力のある魔法使いに師事しているのであろう。水鏡の術でのやり取りが驚きと強い腹立だしさを持って、宿主の心の中を渦巻いているのが見えた。
(呪いとな……)
面白い。
ただのハッタリなのであろうが、非常に興味がそそられた。
綺麗な存在が声高らかに正論で批判する姿を見て、黒い靄だったものは歓喜する。
(高潔な精神を持つ者が、恐怖に歪む顔を見るのも面白い。彼女は今何処にいるのだろうか……)
もしも顔があったならば、ニタリと笑っていたことだろう。
クリストファーが顔を歪ませて笑いのような表情を浮かべた。
「……王子……?」
同じ言葉を繰り返していた従者が、恐る恐る、怯えたような声で問いかける。
ガラス玉のような瞳で従者を見据えると、クリストファーは感情の見えない表情で口を開いた。
「行カヌ、ト言ッテオル」
従者が口を開いたところに、立ち上がって腕を伸ばした。手のひらで拒絶するように遮り、ゆっくりと従者の視線と己の視線を合わせる。
「そ……っ……」
そして伸ばした指を軽く従者の眉間に当てると、従者は一瞬目を見開いてからくずおれた。
クリストファーは、いや、クリストファーの身体を使った黒い靄だったものは、手のひらを大きく握ったり開いたりしてみては、馴染み具合を確認する。
「……悪クナイ……」
ククク、と笑みを湛えると、何もない空間に腕を伸ばしては、一瞬にして大きな魔法陣を展開する。
そして一歩前に出ると、静かに魔法陣の中に呑まれて行った。




