12 追跡
「そうですか……魔王様もお判りにならないとなると、正体に関しては難しいかもしれませんね」
鏡に映るマーリンはがっかりしたような表情だ。
中年の域に差し掛かったマーリンの目の下に隈が見える。憔悴とまではいかないものの、強い疲労が感じられる表情であった。
「……その表情からすると、そちらも芳しくなかったようですね」
シモンはそう言うと、警備機関との折衝が上手く行かなかったのだろうとアタリをつける。
目に見えて強い魔力の痕跡がシモンの魔道具以外に見られなかったからなのか。それとも新聞がせっせと煽り立てる連続誘拐犯や猟奇的事件といった見出し事件の犯人をことに捕縛することに躍起になっているのか、珍しく警備機関が譲らずにいたのであった。
「過去の大悪魔というのは気にかかりますが……それ程長い間封印されていたのなら既に魔石になっているか、生きていても非常に脆い存在になっているのではないかと思うのですが」
「それは魔王も言っていたね。生きていても辛うじて生きているって感じなんじゃないか、だから不安定な瘴気と言えない瘴気なんじゃってね」
「……魔王『様』ですよ?」
マーリンは念を押すようにアロンに釘を刺す。
なのにどこ吹く風なアロンは、文句を言って来る後輩の隣にいる大魔法使いに声をかける。今日は老人に変化しているらしい。
「そう言えばフラメル。初代の勇者と聖女について、何か記載は残っていないの?」
「話を聞いて探してみたけど詳しい記載はなかったね。今から数千年くらい前のことだろうってことくらいだよ。実際にとんでもな魔族を封印したなんて記述はない」
先日から、魔塔内の書庫を片っ端から漁っていたフラメルが言う。
一瞬沈黙が流れる。それぞれに情報を精査しているのだろう。
「エヴィや魔王様の言うように、意図的に隠しているのでしょうか」
「ただ単に古いから残っていないってオチも考えられるけど、どちらかといえば隠しているように思えるね」
シモンの疑問にフラメルが考えながら答えた。
再び短い沈黙が訪れ、それを払うようにマーリンが問うた。
「それで今後おふたりはどうされるのですか?」
「探知機の調整も終わったので、一旦どこかの現場近くに行ってみようかと思っています」
「実際の精度を確認しないとね」
アロンは探知機――魔力や瘴気を探知する魔道具を取り出して掲げると、にぱっと満面の笑みでフラメルとマーリンに見せた。
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順番に追う方がいいだろうと、初めに失踪事件の発生場所にアロンとシモンはいた。
皮膚を刺すような冷たい風はなりを潜め、柔らかな、微かに花の香りを感じるそよ風が頬を撫でる。
その場所に微かに残っていた気配のようなものはすっかり消え去り、いつも通りの活気ある街の片隅の姿を取り戻していた。
「一帯に瘴気は殆どないですね」
シモンは瘴気を吸い取る魔道具を覗き込んだ。
アロンはハクと共に作った探知機を起動させると、周囲に怪しい瘴気や魔力がないか確認する。
懐中時計を模したような魔道具には、中央に大きな魔力を示す点がふたつ瞬くのみである。言うまでもなくアロンとシモンだ。
「う~ん。時間と共に散ったのか、誰かに吸収されたのか……それとも元々の力が弱かったのかな?」
「どれも考えられることですね。ここが仮に最初の現場だとして、それだけ力がないのならばこの近くに封印されていたということでしょうか」
シモンが取り出した地図をアロンが覗き込む。
少し歩けば自然がある場所はあるものの、魔塔が禁足地にしているような、ある意味辺鄙な場所はない。
「場所を公表していないってことは、長い時を経て普通に開発され、街になってしまったということも考えられますね」
そう考えると非常に怖いことだ。
封印した当時は、まさかここに人が住むようになるとは思わなかったのかもしれないが……
「まあねえ。どこかからやって来て、たまたまここでってことも無くはないけどね」
「確かに、決めつけは良くないですね」
ふたりはひと通り怪しいところやおかしいことはないか確認すると、次の現場に移動するため、転移魔法を展開して魔法陣の中に消えたのであった。




