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09 ルーカスの現在・後編

 お茶の時間は和やかに進む。まずはお互い、近況を話し合うことから始める。


 幾ら共通の友人の思い出話が主題とはいえ、相手に敬意を払わないのは論外だからである。それにお互い、相手が忙しい場合は訪問することや招待することを控えようという対応を取ることが出来る。

 よもやルーカスとて、忙しい友人を自分の感傷のためだけに呼び立てようとは思っていないのだ。


「それでは、暫く領地へいらっしゃるのですか?」

「ええ。収穫の時期を迎えますので。それに冬を迎える前に、領民の冬支度が滞りないか確認するためです」

「なるほど。それではお忙しいですね」


 公爵領といえばかなり広範囲であろうとマリアンヌは想像した。

 自分と年のかわらないルーカスが次期公爵として執務をこなす様子に、マリアンヌはいつも感心している。


「そうですね。ベイカー嬢はお出かけの予定などはあるのですか?」

「私は孤児院や教会で、簡単な読み書きや手仕事を教えるお手伝いをしています」


 社交と同じくらい奉仕活動に精を出すご令嬢は多い。

 マリアンヌは近隣の教会や孤児院で、熱心に奉仕活動をしているのだった。


「それは、子ども達も嬉しいでしょうね」

「いえ……私には際立って得意なものもございませんし、手慰みの範囲ですわ」


 マリアンヌは困ったように眉を下げる。

 とはいえ、字が書け計算が出来ることは絶対に役に立つであろう。刺繍などの手仕事は必要不可欠な技術もある。


(ここで『ご謙遜を』と言っても、困るだけなんだろうな……)


 ルーカスが数か月ほどの交流で知ったマリアンヌの性格は、非常に控え目だということである。

 一般的に慎み深さは女性の美徳だとされるが、現実には様々に圧の強い女性が多いため、必要以上に割を食ってしまうのではと心配になる。

 ルーカスは気持ちを切り替えるように穏やかに微笑む。


「仕事が落ち着いたら、孤児院へご一緒させていただいてもよろしいですか? 僕も読み書きなら教えるお手伝いが出来るのではないかと」

「えっ、よろしいのですか!?」


 心底びっくりしたように目を丸くするマリアンヌ。可愛らしい素の表情を垣間見て、ルーカスは笑いながら頷いた。


「是非、仲間に入れてください」


 仲間。


 ルーカスとマリアンヌにとって、特別な言葉だ。

 エヴィを探すにあり、協力者も減って行く中、勇気を出して公爵邸にやって来てくれたマリアンヌ。マリアンヌにとっても、思うだけで何もできなかったのだが、ルーカスが捜索をしていると聞いていてもたってもいられずに公爵邸に乗りこんで来たのだ。


 それからふたりは、性別も身分も超えた仲間になったのである。


「私は、幼い頃から自分と同い年のアドリーヌ様が役目を果たされるお姿を見て参りました。それで遠く及びませんが、自分にも出来ることをしてみようと思ったのです」


 まだ子どもでありながらも立派に役目を果たすエヴィを、ただ感心して眺めていた幼少時代。伯爵家出身だと揶揄する人たちもいたが、自分と同じ年齢でありながら公務をこなす姿を見て来たマリアンヌは、素直に彼女の能力と努力に感服していたのである。


 学園では優秀過ぎるがゆえに浮いていたともいえるエヴィ。

 子どもらしい嫉妬や憧れや妬み、焦りを持つ少女たちと、小さい頃からある種大人の世界で理想の王太子妃として振舞うことを求められ熟していたエヴィとでは、考え方も物事の捉え方も、視線の先も違うものであったのだろう。


 その優秀さを活かして、面倒な世界から最短で抜け出してしまう行動力も凄いと感心したものだ。噂や意地悪な視線を振り切るため、学園で初めての飛び級制度を利用して見事最短で卒業して行ったのである。


 控え目で奥ゆかしい――言い換えれば臆病で自ら動くことが出来ないマリアンヌにとって、エヴィはずっと憧れの存在であったのである。

 

 エヴィが無事だったことは安心したが、どれだけの覚悟を持って国を出て魔法使いの弟子になったのかと思うルーカスはやるせない思いで一杯になる。

 そして同じように、何も力になれなかった事を悔やむマリアンヌ。


 しかし、心優しいエヴィは、こうして自分たちが思い悩むことを良しとしないだろうと感じる。


「アドリーヌ嬢の幸せを願いましょう。そして何かあった場合は今度こそ、手助けが出来るようにいたしましょう」

 ルーカスは悲しそうな顔のマリアンヌに、微笑みながら頷く。


「していただけますか?」

「協力させていただけるのですか?」

「勿論。我々は仲間ですからね!」

「子爵令嬢の私が友人なんて烏滸がましいですが、嬉しいです」


 ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。


「心配をかけないように、自分達の役目を果たさねばなりませんね」

「はい。悲しんでばかりでサボっていては、働き者で頑張り屋なアドリーヌ様に叱られてしまいます」

「叱られると言えば、学園の実技テストでペアを組んだ時なのですが……」


 秋の爽やかな風を感じながら、ふたりのアドリーヌ(エヴィ)を語る会の時間が始まった。

 何かと忙しい彼らの、一時の、楽しくも酸っぱくて、時に苦い時間の始まりである。

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