02 エヴィの研究
「うーむ……」
おばば様のもとで薬師見習いとして研鑽を積むエヴィであるが、もうひとつ、魔塔の『外部魔術師見習い』という肩書も持っている。
エヴィの魔術への理解や応用、順応性を鑑みて、彼女の能力を悪用されないように保護するために南の大魔法使いフラメルと魔塔長マーリンが画策したのであるが。
「……何だか考え込んでいるね」
「ブヒフン」
ソファの端の方で魔法陣らしきものを眺めながら、眉間に皺を寄せながら唸っているエヴィを見遣ってから顔を見合わせた。
初めはハクと一緒に行ない、彼に詳しく教えてもらいながらの作成であったが、この数か月でかなりの上達を見せ、余程混み入ったものでない限りはひとりで魔法陣を作ることも回路を作ることも可能となっていた。……季節が冬を迎え殆ど家の中にいるので気が済むまで好きなだけ、魔法陣やら回路やらばかりを考えていられたので余計に拍車がかかったのもあるだろう。
元々学ぶことを苦にする性格でなく、凝り性なところがある彼女。
更には妹分(もしくは娘の代わり)が出来た魔塔の人間どもが、ひっきりなしに代わる代わる課題めいたものから自身の抱えているものの改善案などを持ち込んだりするため、エヴィの魔法陣と回路制作能力が一気に爆上がりしたのであった。
哀しいかな、エヴィの魔力がミジンコ並みであるため、自ら魔法陣を起動させることも回路を刻むことも出来ない。――実際魔法陣に関しては、エヴィの周囲にいる魔力持ちたちが代わりに発動させれば済むのだが――巷でよく言われる『契約』である。悪魔などと契約をして、強大な力を手に入れたり危ない魔術を施行するあれである
。
……実際は、契約をするしないは関係ないといえる。
あれは足元を見た悪魔が切羽詰まった者に魔力の対価として代償を持ちかけているだけだ。実際は特段契約など結ばずとも、魔力持ちがエヴィの魔法陣に魔力を込めてやればいいだけのことである。
フェンリルもユニコーンも、それ程魔力が多くないマンドラゴラも己の魔力を提供すること自体はやぶさかではない。何なら大妖であるハクだけでなく魔王であるルシファーも協力しても構わないと思っている。
しかしそんなことをすれば大変なことになるので、誰も行おうとは言わないだけだ。
どう大変かというと、とんでもない魔法陣が作動してとんでもないことが起こる可能性があること。おばば様と魔人にしこたま叱られること。
そして多分容赦ない魔法陣が作動して、容赦ない魔力を極限まで搾り取られることが確実であることなどから……である。
「うへぇ、何だこの魔法陣……」
ピンクのエプロンを揺らしながら、午後のお茶の時間に食べようと焼いたスコーンを運びながらエヴィの前に置かれた羊皮紙を覗き込んだ魔人が、心底嫌そうに顔を歪めて腰を引いた。
「浄化魔法と治癒魔法の、訳のわからん魔法陣であるな」
「誰がこんなの使うんだよ……」
朝起きて、さっさと自分だけ山小屋にやって来たフェンリルがクッキーを食べながら答える。聞かずとも勿論魔人も承知ではあるので、相槌のようなものだろう。
聖女がいなくなって数十年、エヴィ達が住む大陸の結界が弱まっていると思われる。
正しくは攻撃などに対する防御に関する力は弱まっていないのだが、浄化に関してはどうしたって聖女の不在を埋めることは出来ないのだそうで。
聖女の遺髪を聖女の代わりとして中心に据え置き、三人の大魔法使いと二人の大魔法使い見習いがそれぞれの場所から大陸の結界を守っているのだが。聖女の魔力というのは浄化や治癒といった聖魔力に特化しているそうで、それがどうしたって不足してしまうのだそうだ。
そのせいもあって、先日は大陸中に流行病が流行することになったのである。
既に聖女の残る聖魔力を増幅させる魔道具と魔法陣を作成し、増やすことに成功したエヴィとハクであるが。……ずっと魔塔のもの達がどうにもできず手をこまねいていたものを成功させたのである。前代未聞の大絶賛ものであるのだが、実際の成果としてはまだまだ充分とは言えないのが現状であった。
結界の魔法陣の修正を手掛けるのはもう少し自信が持てるようになってからということに決着している。万が一にも結界が壊れたら一大事だからだ。
そこで個別に、足りない浄化と治癒魔法に関する魔道具を作ることにしたのであるが。
無いなら増やせばいいじゃない方式である。
……とはいえ、大陸中をカバーするのはとんでもない大がかりなものが必要なわけで。
(魔道具って、これに加えて回路があんだろ?)
下手な者が使ったら魔力枯渇で干からびそうなシロモノである。
鬼畜としか言いようがないそれに、魔人はそっと距離をとった。
(……なまじっかエヴィに魔力がなくて良かったと、マジで思うな)
彼女は秀才である。そして努力の天才でもある。
普通に魔術師として活動できるだけの魔力があったのなら、バカスカ魔力を上げて、きっと名のある魔法使いか魔術師になれたであろう。同時にそこに行く前に、重大な魔力枯渇で文字通り干からびる未来しか見えない。
努力家であるエヴィがミジンコ並みの魔力を凝りもせずに増やしているのだが、やっとミジンコ二匹分になったところである。魔法陣を発動させるどころか、回路を数ミリ刻むことも不可能であろう。
「……う~ん……?」
魔力の消費削減やら何やらに頭を悩ませるエヴィが、再び唸りながら首を傾けた。
(……神って本当にいるんだな)
魔王がいるくらいなのできっといるのであろうが――この時ばかりはエヴィに魔力がなくて良かったと、魔人は本気で神とやらに感謝をしたのであった。




