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01 春を迎える山小屋

本日より新章が始まりました。

どうぞよろしくお願いいたします!


 人里離れた山の麓の家では、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。


「……クックック。春になってガマの脂の取り放題だね」

『ゲ、ゲココーーーーッ!!』


 右手にカエル、左手に保存瓶を手にするおばば様が、恐ろしい表情でカエルをねめつけている。

 カエルは恐怖に慄きながら、必死の抵抗を続けているが……


「いやいや。冬眠中のカエルを掘り起こして油取ってただろうが。季節関係ねぇだろ」


 魔人がフェンリルをブラッシングしながら指摘した。

フェンリルは魔人の手業にうっとりとした表情でされるがままだ。


 「もういっそのこと、カエルを飼った方が早いんじゃねぇのか?」


 毎回ドタバタとうるさい『おばば様VSカエル』の対決を目の前で繰り広げられる魔人が、もっともな提言をした。


 まったりとリラックスするフェンリルを横目に、次は自分だと言わんばかりに長いしっぽを振りながら、ユニコーンもこくこくと頷く。


「……嫌だよ。鳴き声がうるさいじゃないか。エサ代もかかるしねぇ」

「なんだよ、自分は散々脂を取っておいて。飯くらい食わしてやれよ」


 ケチ臭ぇな、と太い眉を顰めた。フン! と鼻を鳴らすのはおばば様だ。


 ちょっと横を向いて手が緩んだ隙に、カエルが身を捩った上、手足を必死にバタつかせながらにゅるんと抜け出した。

 びちゃん、と床に着地したが、すぐさま立ち直ってはぴょんぴょん跳ねだした。


「あ、コラ! 逃げるんじゃないよっ!」

『ゲコーーーーッ!』


 狭くもないが広くもない山小屋の居間を、カエルとおばば様が追いかけっこを始める。


「……うるせぇなぁ」

「ブヒフン」


 ため息をつきながら魔人がゲンナリとした表情で見遣る。同じく迷惑そうな顔をしたユニコーンが居間の片隅に避難した。

 フェンリルといえば気持ちよさそうに、犬のような狼のような姿のままで居眠りを始めている。


 そんなところに、ハクとエヴィ、子ギツネの背にはマンドラゴラとタマムシを乗せて山小屋に帰って来た。

 ささくれだった粗末な扉を開けば、必死の形相のカエルと鬼のような形相のおばば様が追いかけっこをしていた。

 ……そんな様子をマンドラゴラが見ては、震えながらエヴィの足に抱き着いた。


『……ぁぁぁぁ!』

『ナンダナンダ?』


 元悪魔なタマムシが子ギツネの背中から飛び立つと、丸い目をぐりんぐりんと回したカエルが口の中から長い舌を伸ばしてタマムシをキャッチ、素早く舌で巻き込んでは口に咥えた。


『ギャーーーーッ! 食ワレルゥ!』


 カエルに真横一文字で咥えられているタマムシは、前脚を伸ばし中脚で唇をこじ開け、後ろ脚でゲシゲシとカエルをキックしているが。


「……うるせぇなぁ」


 再び同じ言葉を繰り返した魔人と、家の中を走り回るおばば様とカエル、必死にカエルの顔面にケリを淹れ続けるタマムシをハクとエヴィ、そして子ギツネが順番に見比べた。


「随分賑やかだねえ」


 いつものことといえばいつものことであるが、その言葉は呑み込んでハクが微笑んだ。

 応えるまでもないと、ギョロ目を半眼にしてチベットスナギツネのような顔をした魔人が無言でハクを見る。そしてエヴィに顔を向けた。


「エヴィ、魔界ギルドにはいいモンあったか?」

「はい!」


 怖がって震えるマンドラゴラを落ち着かせようと、お気に入りの植木鉢の中に入れながらエヴィが頷いた。


「……わざわざ魔界まで行かなくても、ドラキュラを呼びつければいいのにねぇ」

『ゲ、ゲコ~~~~!』

『ヤメロ~~~~ッ!』


 シワシワの手でがっつりとカエルを掴んだおばば様が呆れたように付け加えた。

 今度はカエルがおばば様の手の中で抜け出そうと、懸命にもがいている。


 ドラキュラとは魔界に存在する『魔界ギルド』のギルド職員である。ギルドのお偉いさんらしいが、時折息抜きも兼ねて直接荷物を運んで飛んでくる吸血鬼だ。


「欲しいものの他にも良い素材がないか見たかったものですから」

「マンドラゴラとトレントも遊ばせてあげたかったしね?」

 ハクが、ね? と首を傾げる。


 魔界への結界と人間界を隔てる狭間の森に住むトレントの幼体と、ひょんなことから一緒に住むことになったマンドラゴラが大の仲良しであるため、時折連れて行って一緒に遊ばせてやるのだ。


 更には先日狭間の森を守る木となる沙汰を負い、植物の魔物として暮らす元魔族の薬師と元魔法使いであった占い師が気にかかって、こまめに様子を見に行くことにしているのであった。


「奴らも元気だったかい?」

 もちろん、そんなエヴィの気持ちを知る仲間達ではあるわけで。


「……はい。すっかり森の皆さんにも馴染んだようで、静かに寄り添って暮らしていました、ですぜ」

 ちょっと困ったようにそう言って笑っては、頷いた。


「今日は疲れただろうから、魔道具の製作は明日にしたらいいよ」


 ハクは言いながら持ってやっていた素材一式をエヴィに手渡した。


 お互いマジックボックスを持っているために収納してしまえばいいのだが、一緒に買い物に行ったら荷物は持ってあげるのが主義なハクが、いつも当たり前のように荷物を持ってくれてしまうのだ。


「わかりました。子ギツネさんはハク様のゲルに行くのですか?」


 ハクのところに遊びに来た子ギツネと途中一緒になり山小屋にやって来たのだが。

 大好きなハクと静かに過ごしたいだろう子ギツネに聞くと、エヴィとハクを交互に見遣ってから小さく頷いた。


「じゃあ、果物をどうぞ」


 子ギツネが大好きなリンゴを布で包んでは、首の下に結んでやる。

 嬉しそうにしっぽをブンブン振ると、何度も小さく頭を下げた。ふわふわとした頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて大人しくしている。


 ……出会った頃に比べると、随分懐いたものだと感慨深いエヴィであった。


「フェンリルはすっかりお昼寝中だね」


 こちらも出会った頃に比べるとだいぶ大きくなったものの、まだ子どもの域を出ないためによく食べよく昼寝をしている。


「起きたら帰ってくるように伝えてくれるかな? 抱えて行くよりもいいだろうからね」

「わかりました」


 フェンリルを見れば何かを食べている夢をみているのか、何やら口を動かしながら眠っている。

 その横で、魔法で小さくなったユニコーンが魔人からブラッシングを受けては、気持ちよさそうに顔をトロけさせていた。


「……気持ち悪いねぇ」


 おばば様がゲコゲコうるさいカエルを握りしめながら、全く締まりのないユニコーンを見て嫌そうに言った。


「ブヒフン……」

 何とでも言え、とでも言っているのだろうか。小さな声でそう鳴きながら、トロトロに溶けたまま床と一体化しそうになっている。


『……コラ! 誰カ助ケロ!』

『ゲコ! ゲコ!』


 必死なタマムシとカエルに、笑い声が漏れたのは言うまでもない。


 だいぶ暖かくなって来たが、まだまだ寒い初春の山小屋にはゆっくりとサラマンダー達が飛び回っている。


 そんな穏やかな人里離れた山の麓にも、もうじき本格的な春がやって来ることだろう。

お読みいただきましてありがとうございます。

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