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26 その後

 落ち着きを取り戻した数日後、子ども達と一緒にルシファーがやって来た。


 いつも通り少年の姿をしたルシファーは、ちんまりと使い込んだ椅子に座っては、追いかけっこをしているサラマンダーとタマムシを見ている。


「……随分、タマムシ生活を満喫しているな」

『アラァ。イツマデモイジイジシテイタトコロデドウシヨウモナイモノ。反省スルトコロハ反省シテ、人生ナラヌ虫生ヲエンジョイシナイト♡』


 どさくさに紛れて腕に止まってはよじ登って来たので、引っ掴んでは空中に放り投げる。


『ア~レ~』

 再び羽ばたき出したタマムシを、サラマンダーがつぶらな瞳で追いかけた。


(……タフな奴だな……)


 タマムシに変化してもなお強メンタルな元悪魔に、思いっきりため息をついた。



「大きなため息だねぇ」


 お使いに来た子ども達にそれぞれ必要な薬を手渡しながら、おばば様が呆れたように言う。

 薬を受け取った子ども達は、ピンクのフリフリエプロンをつけた魔人のところに並んでおやつを貰っている。


「ユニコーン、しゅべり台やって!」


 小さなハーピーの女の子にお願いされ、ユニコーンは仕方なく座り込んでは首を下げる。女の子は容赦なくよじ登ると、上手に首を滑り落ちた。


「もう一回、もう一回!」

「僕もやりたい!」

「……ブヒフン……」


 テンション駄々下がりですと言わんばかりの鳴き声をあげ、仕方なく首を坂のようにして下げ続けるユニコーン。



「お疲れですか?」


 自動かまどでお湯を沸かしたエヴィが、大きなトレイを持ってゆっくりと歩いてくる。

 大人達にはお茶を、子ども達には甘いホットミルクを淹れたのだ。


「…………っ!! ……!」

 足元では声を出さずに、だけれどもハラハラしながら見守るマンドラゴラの姿があった。


 魔人に貰ったおやつを食べていたフェンリルと子ども達、そして全大人がハラハラとエヴィの様子を見つめていた。

 いつひっくり返るか解らない。全員が静かに固まったまま中腰になる。


 プルプルと震えるエヴィのすぐ後ろに、耳をピンと立て、かつ尻尾を大きく膨らましたハクが何時何が起きても対応できるように構えていた。

 こんなに余裕がないハクを見るのも珍しいが、気持ちは解るため誰も笑いはしない。


「……ふう」


 無事テーブルにトレイを置き、エヴィは詰めていた息を吐き出した。

 そして同じように、室内の全員が同じように息を吐く。


「どうぞ」


 そっとルシファーの前にお茶が差し出される。湯気と一緒に優しい花の香りが広がった。

 気持ちを落ち着かせる香草茶だろう。


 エヴィは自分が謝っても礼を言っても何だかおかしい気がして、どうしたら良いのか考えても解らなかった。

 それならばせめて労おうと、リラックス効果のある香草茶を淹れたのだ。


「……ありがとう」

 いただきますといってルシファーはカップに口をつける。


 蜂蜜が入ったお茶は優しく喉を滑り落ち、胃に収まると暖かく、強張りが解けるような気がした。

 ホッとするような優しい味だ。


「旨いな。お茶を淹れられるようになったのだな」


 それぞれに飲み物を渡すエヴィに、ルシファーは紅い瞳を優しく細めた。


「そうなのです! 自動かまどのおかげなのですが……お茶や蜂蜜などは、零れないロートで計るとピッタリなのです!」


 全て魔道具頼りではあるものの、ちゃんと運んでこれるようになっただけだいぶマシになったと言えよう。着実に(少しずつ)進歩しているのである。


「……人は着実に変化して行くのだな」


 人も魔族も。本当はそう言いたかったのだろうか。



 とりとめのない話を幾つかした後、珍しい薬草の話になった。


「そう言えば、魔界に毛生え薬の材料があったな」


 近くの山や野原に生える薬草はまだまだ先である。いつぞや魔界で見た変な植物を思い出した魔人が呟く。


(毛生え薬……)


 ルシファーはそう心の中で呟いて、どうしてかいつもよりも凶悪な顔をしているおばば様と魔人を見た。


 あんな事件の後である。どう見繕ってもまともな薬を売りそうもない風貌であるが、作り手を見れば効き目は折り紙付きであろう。

 買ってくれれば……の話であるが。


「ボワボワ草だな」


 ボワボワ草。魔界にある深緑に赤い斑点の、やたらおどろおどろしい色合いをした、渦を描くように丸まった先端が毛むくじゃらの植物である。


「魔界ギルドに言えば在庫があるであろう。すぐさま必要であれば魔界へ行って採取すればいい」


 魔界では珍しくもない植物だという。


「じゃあ、今すぐ採取だろう!」


 おばば様が意気込んで採取用の籠を手にする。

 ルシファーの言葉に、魔界に帰る子ども達と一緒に出掛けることにしたのであった。



 雪が残る道を子ども達の手を引いて歩く。


 もこもこに着ぶくれしたエヴィを子ども達が囃し立てる。

 いつもは山小屋で見送られるのだが、一緒に魔界に行けるとあって子ども達は嬉しいのだろう。


 寒くないように一行の周りをサラマンダーが飛び回っている。その為、周りは雪だというのに一行はぽかぽかである。


 タマムシはこっそりとユニコーンのたて髪に潜り込み、マフラーのように首にたて髪を巻いては暖を取っている。……最近羽音を立てずに飛ぶという技を会得したタマムシだ。


******


 狭間の森に入ると、トコトコとトレントの子どもがやって来る。


『ぅぁ!』

 トレントを見た途端、マンドラゴラが嬉しそうに手のような枝を振った。


「よかったらどうぞ」


 そう言ってカチンコチンクッキーの欠片を手渡すと、揃ってペコペコと嬉しそうに頭を下げた。そして草の上に座っては一緒にカチンコチンクッキーの欠片を食べる様子をみてほっこりとする。


 冬だというのに暖かな狭間の森の中。

 道案内するかのように動く樹々に中に、動きがぎこちない木が二本あった。

 エヴィ達を見ては、その二本がゆっくりと頭を下げるように葉を揺らした。


(あれは……)


 占い師と薬師だと思った。

 彼らは狭間の森の不思議の木となり、その命が朽ちるまで森に住まうのだ。

 極限まで魔力を徴収され、弱い魔力を持つ狭間の森の木となる。狭間の森から決して出れない。

 この地に幽閉されるかのように留まりながら、人間界と魔界を隔て、それぞれの領域を静かに守る。

 それがふたりに下された処罰であったが、ふたりは素直に了承したと聞く。


(本当に、不思議の木になったのですね……)


 エヴィは何と言ったらいいものなのか答えは出なかった。

 見る様子では荒ぶる様子もなく、それどころか穏やかに葉を揺らす姿は納得しているように見える。


 だが人間や魔族だった者が木として長い時を生きるのは幸せなのだろうか……

 二本の木は活き活きと真っすぐに幹を伸ばし、枝葉を揺らした。


 周囲の樹々も見守るように二本を取り囲んでいる。


 人として幸せな環境も生活も送れなかったふたりが、互いに寄り添って生きて来た。今は新しい仲間に迎えられて、やっと穏やかな生を過ごす場所を確保出来たのであろうか。


 行なったことは決して褒めらる行動ではなかったが、きちんと悔い改め、今までの分も満ち足りた時を過ごして欲しいと思う。


 エヴィがどう声をかけたらよいのか考えあぐねていると、二本は幹を揺らして葉を落としては枝で器用に集める。


 何だろうかと枝が形作る模様を眺めれば、文字であった。


『ごめんなさい』


 そう書かれていた。

 エヴィは二本に近づいてはそれぞれ枝を手に取る。


「騙してしまったことを、後悔しているのですね?」

 エヴィの言葉に共鳴するかのようにざわざわと葉を揺らした。


「騙してしまった方々に、気持ちが届くといいですね……」

 ざわざわ。二本は枝葉を揺らし続けた。


(新しい穏やかな場所で、心安らかに過ごせますように)


 エヴィはそう願いながら、二本に向かって穏やかに微笑んだ。

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