23 捕縛
占い師と薬師は街道を東へと進んでいた。
賑わっていた街中を抜け、今は田園風景が広がるのどかな場所を歩いている。
占い師はローブを脱ぎ普通の恰好だが、薬師は商売道具の大きな薬箱を担いでいた。
「獣道を行った方がいいんじゃないか?」
薬師が心配そうな表情で占い師を見る。
「……その荷物で獣道は危険だ。旅の薬師は沢山いるんだ、街道を歩いていてもおかしくはないだろう」
医師や薬師のいない僻地などに行商に行く薬師はそこそこ多いのだ。山間の村へでも向かっているならまだしも、近くに街道があるのにもかかわらず山道を行く方が怪しいことこの上ないであろう。
「それよりも、途中の狭間の森の辺りに大魔法使いがいるという噂だ」
「狭間の森……」
念のために大魔法使いの近くは避けて通ったほうがいいだろうかと続ける筈だったが、薬師であるワーラットは表情を曇らせた。そしてポツリと呟く。
「……今でもいるのかな、おばば様」
「おばば様?」
「ああ。四方の大魔法使いたち以外に、もうひとりいるんだよ」
おばば様と呼ばれる年老いた大魔法使いで、表向きは占い師兼薬師を営んでいるのだという。
魔力の強い人間は長い時を生きるというが、周りに魔法を使える人間すら碌にいなかった占い師にはよく解らなかった。
自分も自分の師匠である魔法使いも、極普通の速度で年齢を重ねていると思う。
薬師が最後に会った時に老婆ならば、もうこの世にいないか、寝たきりのヨボヨボではないかと思う。
(……随分弱気になっているな)
薬師は自分が魔族であることを隠しているが、占い師は人化したワーラットであることをひょんなことから知っていた。
それこそ魔族など作り話だと思っていた占い師だ。乱暴で粗野で強い魔力を持つと聞いていたが、目の前の薬師は穏やかで、どちらかといえば気の弱い性質であろう。
本来なら恐怖でしかない存在の筈が、全く恐ろしくない。そればかりかどこか放っておけないので、ついつい世話を焼いてしまう。
ワーラットはワーラットで口ぶりは少々キツいものの、意外に面倒見がよい占い師にすっかり懐いていた。
ふたりの間には年齢も種族も超えて、何となく友情めいたものが芽生えていた。
いい歳をした男で、更にはペテン師であり詐欺師である。そんな青臭い感情はおかしなもの以外の何ものでもないが、それでもお互いの間に友情めいた感情があるのは確かであった。
(不安なのであれば、迂回するか)
――古くから、魔界は狭間の森と繋がっていると言い伝えられている。
もしそれが本当ならば、ワーラットの薬師には注意すべき場所なのであろう。
「しかし……本当に大魔法使いとかいるんだな」
占い師はてっきり伝説上の、お伽噺といった空想の存在かと思っていたくらいだ。
「いるよ。人間とは思えないくらい、規格外の魔力を持っている人間だよ」
「……じゃあ、魔王もいるのか?」
茶化すように占い師が言う。薬師は素直に頷いた。
「いるさ。魔界は本当にある……」
言いかけたところで周囲の異変に気付く。
(閉じ込められた……?)
今までと空気の色が違うと言えばいいだろうか。何かを一枚隔てた空間にいるような感覚。膜のようなガラスのような何かを通して景色を見ているような感じがした。
白いひらひらしたものが自分たちの周りをくるりと舞う。
(……蝶? こんな時期に?)
占い師と薬師は足を止めて周囲を見渡した。
「おや。流石に魔力を持っているからか察するんだね?」
笑いを含んだような低い声に、ふたりは弾かれたように後ろを向いた。
目の前には真っ白い髪に性別不明な美しい顔を持った人物が立っていた。
艶のある低い声としっかりとした骨格から、多分男なのだと推測する。
そんな綺麗な男は見慣れない服を着ており、何よりも獣の耳と数多くの尻尾を持っていた。
人ではない何か。
「魔族……?」
「う~ん、惜しいね。私は妖だよ」
そう言って袂から不思議な形の水筒を持ち出した。瓢箪だ。
「あやかし……?」
「そう、妖怪。精霊や妖精と似たようなものだよ」
後ろに並んでいる同行者全員が、ジト目でハクを見ている。
きゅぽんと音をたてて瓢箪の栓を開ける。
「道に穴を開けたり、万が一にも関係ない人間が怪我をすると魔塔長が困るらしいからね」
「誰だって困りますよ」
マーリンが苦笑いをする。
「なので、平和的に回収することにするよ」
言うや否や、凄まじい風が起こりワーラットを吸いこもうと吸引を始めた。
背負っていた薬箱も、被っていた帽子も、地面の小石まで容赦なく吸い込んで行く。
ハクの方には何の風も起こらないので、小さな飲み口の向いている方向の物体を吸い込む道具なのであろう。
薬師も占い師も足を踏ん張ってこらえるものの、掴むものもないため引っ張られるように身体が動いて行く。
「魔王が聞きたいことがあるそうだよ」
「!!」
弾かれたようにハクを見たワーラットの薬師が、その後ろに無表情で己を見ているルシファーに気づき顔色を無くした。
「い、命だけは……!」
怯え吸い込まれる薬師の手を掴もうと、占い師が手を伸ばす。
薬師は身体の半分が吸い込まれており、泣きそうな顔で占い師を見た。
「君は、人間は人間の法に従わないとね?」
「頼む、連れて行ってく……」
スポン!
間の抜けた音をたてて瓢箪が占い師と薬師のふたりを吸い込んだ。
「あれ? 両方吸いこんじゃった」
途端に吸引は収まり、周囲は静かになる。
ハクは瓢箪の細い口を覗き込むが、結界となっている中は何も見えなかった。逆さにして振ってみるが何も出て来ない。
「…………。まあいい。魔界の罰則の方が厳しい故、こちらで裁いても処罰という意味では問題はないだろうが……説明をし後ほど魔塔に送り届ける」
魔法や魔術を使った犯罪は魔塔が預かることになっている。マーリンが微妙な表情で頷いた。
犯罪の程度や保有する魔力など、様々な要因を鑑みて魔塔が処罰をするか国の警備機関に任せるかを判別するのだ。
魔力封じの魔道具を装着させ国の機関に任せることが殆どだが、強い魔力を持つ犯罪者が万が一暴走した場合、一般の機関では危険なため、数少ないものの魔塔内で幽閉されることもあるのだという。
ハクは瓢箪の栓を閉めてルシファーに手渡した。受け取りながらルシファーは、ため息まじりにそう言った。
呆気ない程の捕縛に全員が拍子抜けする。
「……終わったのですか、だぜい?」
エヴィはまじまじと不思議な道具(?)である瓢箪を見た。植物に見えるが魔道具なのだろうかと首を傾げる。
「まあ今頃向こうも忙しいだろうから、魔王自ら裁くと言えば喜んで引き渡されそうだけどな」
魔人がそう言うと、パチン、と指を鳴らして結界を解いた。
「……っとに。あんなに吸い込むなら事前に張っておかねぇと危ねぇだろが」
道行く罪もない人を吸いこんだらどうするのかと思ったが、本来指定したその人しか吸い込まないのだという。
「余程結びつきが強いんだねぇ」
「そういうことじゃねぇだろ。荷物とか石とか吸い込んでんだろ!」
横を見れば細い木が根っこを露わにして傾いでいる。危うく樹木まで吸い込むところだったのであろう。ルシファーは右手を払うようにして元に戻した。
魔人が苦言を呈しているが、ハクは何でもないように首を傾げた。
「これだけ揃っているんだもの、結界くらい誰か張るでしょう?」
クソ狐、と魔人が心の中で罵った。
そしてその頃。
「な、何だ!?」
「ん、んーーーーっ!!」
警備機関の玄関前に、拘束された犯罪者が放置されていた。
複数の場所で同じようなことが同時多発的に起こったため、魔法使いの仕業だと判断・問い合わせが相次いだ。
そして後ほど、魔塔の責任者であるマーリンが説明をして回ることになるのは別の話である。
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