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01 元伯爵令嬢は山の麓で暮らしている

新連載です。

シリーズ前作『捨てられ伯爵令嬢が突っ走りますわよ!~婚約破棄&追放されましたが、「新しい私」として楽しく過ごす所存です(キリリッ!)~』の続編となります。

どうぞよろしくお願いいたします^^



 山の暮らしは朝が早い。

 朝焼けの明るい空と、小鳥のさえずる声。金色の太陽の光を浴びてはキラキラと輝く朝露が、ころころと葉を滑り落ちて地面で弾けた。

 ピン、と張り詰めた様な澄んだ空気と、早朝特有の爽やかな空気。


 街から小川を渡り小山を越え、人里離れた山の麓に魔法使い――通称おばば様と呼ばれる老女の家はあった。


「……ああ、腰が痛いねぇ!」


 ……清々しい草原に全く似つかわしくない皺枯れた老女の声が響き渡る。

 おばば様は『朝日を浴びた花びらの朝露』を文句を言いながらも丁寧に、専用瓶に収穫していた。

 花や葉っぱの持つ波動……エネルギーのようなものが朝露に転写されて、魔法をちょちょいと加えた薬の材料になるのだ。


 ――例えば、地球と呼ばれる異世界では『フラワーエッセンス』として広く知られているし、この世界でも別の国では朝露を飲んだり、また別の国では朝露のついた花を一緒に食したりと、太古の昔から様々に利用されているのである。


 地球以外の異世界でも同じような使われ方をしている例は沢山あるのだが……全て網羅していてはキリがないので、まあそれは割愛しよう。


「今度から魔人に朝露を集めさせようかねぇ」


 ため息をつきながらクレマチスの花びらを優しく揺する。

 薄い金色の丸いしずくが輝きながら瓶に収められていく。

 


 花や草木に礼を言うと、川へ向かって歩き出す。呑気に散歩をするガマガエルをみつけてはわっしと掴んで、ギロリと鋭い一瞥をくれてやった。


『ゲ……ゲコッ!?』

「なんだい、文句あんのかい!?」


 青ざめた……ような気のするガマガエルが、だらだらと脂汗を流し出す。左右に視線を彷徨わせていたガマガエルは、文句は多分ありありだろうに……無慈悲な老婆に捕まったと悟ると目をつむり、くったりと無抵抗になった。


 おばば様はヘラの様なものを手籠の中から取り出すと、丁寧にこそげ取っては、これまた別の保存瓶に入れて行く。


「……ちょっと足りないねぇ」


 すっかり脂汗を取り切ると、瓶の隙間を確認して眉を顰める。

 長い爪の皺くちゃな指でガマガエルの右瞼を無遠慮に開いては、再び睨みを利かせた。


『……ゲッ、ゲココ!(くっ、殺せ!)』

「煩いね! くっころ・けっけろ言ってないで、いいから早く脂汗を出しなっ!」

『…………』


 死んだふりをしていたガマガエルは、ジト目で不服そうな顔をすると、何か言いたげながらも再び脂汗を流す。

 それを見ておばば様はしめしめと人相悪く笑っては、再び脂汗を収穫しだしたのであった。


『ガマガエルの油』は傷薬として知られている。

 蜜ろうや植物の油などに適量入れて使用するのだ。一見カエルの油汗と聞くと気持ち悪いが、なんだかんだで良く効くために多くの薬師に重宝されている。


 散々脂汗を搾り取られたガマガエルはやっと解放されると、一目散に草むらの中へ飛び込んで行った。

 本人もとい本蛙は、命からがら逃げ帰ったというところであろう。

 おばば様はフン、と鼻を鳴らすと、再び周囲を物色しながら元来た道を帰って行くのであった。草むらから顔を出して様子を伺っていた小動物たちが見つからないように急いで顔を引っ込める。ガサガサとあちらこちらの草むらが揺れた。



 一方、魔人ことランプチャームの魔人はというと、山小屋……おばば様の家の中を縦横無尽に飛び回っていた。竈でスープを作り、パンを焼き。その待ち時間に自分の部屋とおばば様部屋、ダイニング兼リビングとせわしなく掃除をしている。


 勿論魔法でハタキや雑巾を総動員して手早くピカピカに整える。自らは箒で床を掃いては、椅子やテーブルの位置を確認していた。ボロい……よく言えば使い込んだテーブルの中央に花を飾るのも忘れない。生活するにおいて、小さな潤いは大切だというのが魔人の弁である。


 見かけによらず細やかな心遣いの出来る魔人なのだ。


 そして見目。筋骨隆々の闘士の様な身体は紫色をしているが、どっこい、すこぶる健康体だ。つるつるの頭のてっぺんにだけ黒い髪が残っており、金色の髪飾りで括られたそれが、動くたびに羽飾りのように揺れている。

 にょろんとした尻尾ないし足は、エヴィという少女に貰ったピンクのフリフリエプロンの裾からみえるが、風車――こことは違う某異世界でいうなれば、モーターのように高速回転をしながらうなりをあげていた。


「あとは水汲みと洗濯と……面倒だから魔法で済ますか」


 独り言を言いながら指をパチンと鳴らすと、ひとりでに扉が開き、井戸から水が生き物のように一直線に水瓶に飛び込んでる。


 そして小屋のあちこちから洗濯ものが飛び出しては、井戸の近くに置いてある洗濯桶にダイブして行った。石鹸と水と洗濯物がぐるぐると回転しては、あっという間に洗濯されていく。庭の裏側にある洗濯物干し場に綺麗に均等に並べられては風にはためき出した。


 澄んだ青い空に深い樹々の緑。真っ白な洗濯物のコンストラスト(一部紫色の魔女ローブあり)。



 なだらかに変化した道を歩いていると、小屋の中から洗濯物が飛んでいく様を見ては、おばば様が眉を顰める。

 流石にこんな朝早くからこんな辺鄙なところを人間が歩いているとは思わないが、万が一があろうというもの。さりげなく周囲を見渡せば、人どころか動物すらも見当たらなかった。ひとつ深くため息をついた。


「ちょいと、魔人! 魔法使っているところを誰かに見られたらどうするのさ!」

「うわっ、ババア!!」


 ゲッ、と顔を引きつらせながら大きな身体をビクつかせては振り返る。

 開け放たれた扉から威圧感マシマシの表情で入って来るこの家の主を認めて、魔人は嫌そうな顔をした。


「……流石にこんな時間に、こんな場所をほっつき歩いてる人間なんかいねぇだろ」


 もっともな事を、若干ギョロ目を彷徨わせながら言い訳をする。

 確かにこんな人里離れた場所を歩いているのは、道に迷った旅人くらいのものだろう。普通の旅人も人間も、なんなら山賊やら窃盗団やらも、もう少し人里に近い場所を闊歩している筈である。


 いるのは動物や虫、もしくは魔人のような魔物の類位であろう。


「念には念を入れるのが玄人ってもんだよ。引っ越しとか面倒なんだよ!」

「朝からうるせぇなぁ……エヴィが起きちまうから、少し静かにしろよ」


 しっ! そう言って大きな口の前にぶっとい人差し指をピンと立てた。

 おばば様は顰めていた眉をピクリと動かし、そっと一方向……今しがた名前の出た『エヴィ』の眠っている部屋の方向へ視線を動かした。


 エヴィ・シャトレ……元の名前をアドリーヌ・シャトレという。

 亜麻色の髪の十六歳の少女だ。


 元はお隣の国の由緒ある伯爵家のご令嬢で、当時の王太子の婚約者だった彼女。

 六年ほど前にひょんなことからおばば様と出会い、魔人の入ったランプチャームのペンダントを授けられ、おばば様の予言である『最悪な出来事』を回避……というよりもより良く対応出来るようにする為、常人離れした努力をしては様々な知識を習得した(但し家事以外)強者である。


 ひとつだけ何でも――命と心理操作に関わること以外の――叶うペンダントを授けられたのに、金銀財宝でも出世でもなく、『本当のもうひとりの自分の戸籍』という珍妙な願い事をし、数か月前に一人で国境を跨ぎ、御礼の挨拶にやって来た少女が眠っていた。


 予言通り(?)、十六歳の夜に人生最悪な出来事――赤ん坊の時からの婚約者である王子に浮気をされた挙句、夜会の最中に大勢の人間の前で婚約破棄される――という淑女としてはあるまじき、不幸のどん底な筈の女の子なのであるが。本人は意外にも全く意に介せず元気ハツラツなのである。


 そんなご令嬢として最低最悪な出来事を経て、現在恩人である(?)おばば様とランプチャームの魔人とのんびり辺境暮らしを満喫している真っ最中なのであった。


「……まだ眠っているみたいだよ」

「最近眠りが深いみたいだからな」

「ようやく、ゆっくり眠れるようになったのかねぇ」


 ふたりは小声で囁きながら、彼女の部屋の扉を見遣る。

 長年、王太子妃候補として超多忙な生活を送っていた彼女。


 王城にいた頃は朝日と共に起きて、執務やら勉強やら護身術やら……色々な事を熟していたそうであるが。

 この家に来てしばらくは長年の習慣からかかなり早く起きていたが、最近はゆっくりと寝坊をするようになった。

 山の暮らしには良いのか悪いのかわからないが、人生の内少しくらい、ダラダラ過ごす時間があったって良いだろうというもの。 


 一人で暮らしているのならまだしも、ここにはおばば様も魔人もいるのである。

 それに、ダラダラ過ごすとはいえすっかりダラけ切っている訳ではない。

 ある意味勤勉に、その上張り切って日々暮らしており。収入も一般人が稼ぐ金額の数倍は軽く稼いでいるのだ。


「また、勉強し過ぎなんじゃねぇのかな」


 魔人が何とも言えない表情でおばば様の顔を見た。おばば様も微妙な表情で魔人を見る。


 『丁寧な暮らし』とか『のんびりまったりライフ』とか『素敵な自然の中での暮らし』とか言われている辺境暮らしだが、裏を返せば『暮らしに対する手間がかかり過ぎる』とも『自然しかない』とも言える訳で。


 周りに人家もなければ娯楽施設もない為、エヴィはふたりのお手伝いと読書をして過ごす事が多かった。

 お手伝い……は、あんまりエヴィには向かない。大体見学である。

 元々勤勉な彼女は読書が苦ではない。どちらかと言えば趣味でもあるので、放って置くととんでもない量の書籍を読破しているのだ。


「……ワーカーホリックなんだろうねぇ」

「勤勉も善し悪しだな」


 ふたりは再び微妙な表情をしながら、再度扉を見てため息をついた。

お読みいただきましてありがとうございました。

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