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高校生までは気づけないこと  作者: にーにー
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今だからわかる

受験勉強に惑わされた末路は…?

塾の帰り、母に迎えに来てもらった車の中で

「私、やっぱり薬学部を目指すね。夢の世界で生きられるわけじゃないから」

と話した。母はそれを聞いて、明らかに優しくなった気がした。そういえば受験勉強に本腰を入れ出した頃に、いつの日か長財布がほしいと言ったのを覚えていたのか、母が私に新しい長財布を買ってくれた。勉強していると、周りの機嫌が良くなるのか。

今は制服を着ているけれど、実は私はおとといから3日間学校を休んだ。理由は忌引き。昨日の通夜の日は、準備やら配膳でバタバタしていて全くと言っていいほど泣けなかった。というか泣いてる暇がない。漫画やドラマではお通夜の日に号泣していたりするけど、あれってドラマチックにするための演出なのかな。祖父を亡くした悲しさより、ただただ私の進路について煽られて鬱陶しいという気持ちがまさってしまった。お通夜という場で、亡くなった人の話題がないのはいかがなものか。

通夜の式が終わった後の食事を、お腹が痛いと誤魔化して抜けて親友の瑠美と電話した。瑠美は

「お祖父さまを亡くして大変だったね」

と言ってくれた。全く勉強という勉強をする気にもならなくて、とりあえずは英単語や英熟語の意味や古典単語の確認なんかをお互いにしあっていた。こういうときは暗記ものをやるに限る。瑠美は他の親戚たちみたいに煽ったり、発破かけてきたりしない。この言葉がどんなに励みになったかしれない。高校に入ってからは、勉強より友達付き合いに逃げてきたけれどおかげで瑠美と仲良くできた。こんなに仲のいい、心を通わせられる親友は大学でもできるのかな。瑠美と離れたくない。でも、あと数ヶ月で高校は卒業だ。それより前に受験もある。瑠美とは受ける大学も違うから、どうやったって卒業後は離れ離れになる。寂しい。こんなに友達と離れることを寂しいと思ったこと、今までない。


偶然にも、葬儀場と塾は歩いて行ける距離だった。だから、今日は葬儀が終わったその足でそのまま塾に向かった。3日間も身内しかいない空間にいるなんて、シンプルに頭がおかしくなりそうなのである。今日は塾の授業は妙に集中できて、先生からも問題が早く解けるようになったと褒められた。こういう時に限って、勉強がしたくなるから不思議だ。自分がすごく頭が良くなったかのような錯覚を感じた。身内の不幸の中でも勉強ができる自分はすごい、と言い聞かせていた。そうでないと心を保てなかった。


制服を脱いで、お風呂上がり。さて、気を取り直して、高3に上がったばかりの時に配られた先輩たちの大学合格体験記の冊子を見る。誰もが知る有名な国立大学やら、東京の名門私立に受かった先輩たちの受験体験談がそこには載っている。携帯を見て、部活でかつて部長をだった先輩のツイートを何気なく見た。プロフィールに書かれた、誰もが知る名門大学の名前が輝かしい。過去の投稿を遡ると

「大学名を言うだけで親戚が褒めてくれるから、親戚の集まりはほんとうに気分がいい」

というツイートがある。

世間で名門と呼ばれる大学に行けた人たちは、通夜なんかの親戚が集まる行事は得意げ…とまではいかなくても気分がいいんだろうか。人はいつ亡くなるかわからない。こんなにいい大学に行けたら、きっと通夜の日の煽りが鬱陶しいなんて思わないはず。勉強から逃げなければよかった。私だって、できることなら全国に名の知れた国立大学に行きたいと強く思った。でも、とてもそんな学力はない。うちの高校は、あくまで地元のトップ校。でも、大学で有名どころに行けば全国で通用するじゃないか。


《卒業後》


あれから数ヶ月後。私は高校を卒業して、大学生にはなれずに浪人生になった。予備校に通っている。瑠美は志望校ではなかったけど、とある公立大学には合格した。今はゴールデンウィークだ。色々と事情があって、現役とは方向転換して志望校をがらりと変えて、理学部化学科を目指している。周りの大人は冷たくなった気がするけど、あのまま現役と同じ志望校を目指しても耐えられなかったからこれでよかった。

ゴールデンウィークでも予備校の授業はある。ゴールデンウィーク半ばの日曜日、瑠美と会うことになった。高校の卒業式を最後に会っていなかった。瑠美は髪の毛を明るく染めていたし、ピアスも開けている。どうやらレストランでアルバイトもしているらしい。可愛いフリルの半袖のブラウスに、ヒラヒラした長いスカートにサンダルを履いている。そして

「ああ、暑い、夏みたい」

と言っていたけれど、ゴールデンウィークの今はこの程度の暑さは普通ではないだろうか。それとも瑠美の大学は寒い地域だから、ゴールデンウィークになっても半袖は着られないのだろうか。うちの地元だって割と雪は多いほうだけれど、ゴールデンウィークともなればもう大体暑い。


予備校の近くにはたくさんの店がある。時期が時期だから、アイス屋さんも、おしゃれなカフェも、雑貨屋さんもどこもかしこも混んでいる。とびきり日差しがよくて暑いこんな日に、アイスを食べたい。結局大通りに疲れて人が少ない裏道を歩き出して、そこにあったこじんまりしたピザ屋さんに入った。女性が愛想良くニコニコしていらっしゃいませと言ってくれる横で、店主らしき男性は黙々とピザの生地をこねていた。

ここのお店のメニューはちょっと変わったものが多い。10種類ぐらいピザのメニューがあるけれど、何が入っているのかぱっと見ではわからないメニューが多い。

「イワシのピザがいい」

私はなんとなく魚が食べたくて、メニューにイワシと書かれたピザを頼んだ。瑠美はディアボラとかいうピザを頼んでいた。

お互いにピザを交換したけど、ディアボラは辛かった。ピザを食べたあとは、デザートメニューにも目が行った。その一つに、アフォガードというメニューがある。

「アフォガードは、バニラアイスにコーヒーをかけるメニューだよ、うちのバイト先にもある」

瑠美はそう説明してくれた。それを頼んだ。甘いバニラアイスと苦いコーヒーの組み合わせは最高だ。


ピザ屋さんを出ると、他に行くところもなくカラオケに行った。ここもすんなりと入れた。カラオケに行ってもあまり歌わず、お互いの近況報告や高校の思い出話ばかりしている。


高校の思い出話をしている途中、瑠美は急にしょげたような顔をしだした。そして

「ねえ、ちょっと思ったことがあるんだけど」

と声のトーンを下げて話した。なんのことだろう。

「今思えば、お通夜と学歴って関係ない…よね。いい大学だからって、葬儀の場で自慢するのは違うし。あの時は煽りがあるから気づけないけど…。あたしも今だからこう言える」

瑠美の言葉に、ハッとして少し涙が出てきた。今更ながら、やっと、ここで祖父が亡くなった実感が湧いた。そんな時、電話の音が聞こえた。

「お時間10分前です」

という店員の声だった。時が過ぎるのは早い。慌てて部屋を出る準備をした。

瑠美のあの言葉がきっかけで、自分の価値観を見直した。高校生の時までは、気づけなかったけれど健全な価値観って大切だ。

健全な価値観は大切。

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