起章 7
朝。
僕はティーナさんが起こしに来る前に目が覚めた。
今までは、自分で起きないと誰にも起こされなかったので朝にはちゃんと目が覚める。昨日はある意味イレギュラーだっただけだ。異世界に来て初めての朝だったのだから。
乱れた服を整え、サッと髪の毛を触り寝癖の確認をして食卓に向かう。
今日はアラスさんもまだ食事前だった。
「あら?こんなに早く起きちゃったの?もう少し寝ていても良いのよ?」
ティーナさんが食事の準備をしながら話しかけてくる。
「おはようございます、おかあさん。もう起きます」
そう返事をすると、手の動きを止めこちらを振り返り驚いた顔をしながら
「そ、そうなの。じゃあシュウの分も準備するわね」
と慌てて準備を始めた。
アラスさんも驚いた表情で
「おはよう。今日もギード達と遊ぶんだろ?怪我には気をつけてな」
と話してきた。
「はい。おとうさん」
と返すと、再び驚いた表情で頷いていた。
◇◇◇
今日もいっぱい遊んだ。
やっぱり、1人で妄想しているよりずっと楽しい。今までぼっちだった分を取り返すべく必死に遊んだ。
その直向きさにギード達は少し引いていたようにも見えた。
僕は「みんなが初めての友だちだから、うれしくって」と答えておいた。
すると、3人ともすごく嬉しそうにしていた。
ただ遊んでいたわけではなかった。
遊びながらギード達にこの世界の事を聞いていたのだ。
・・・しかしこの小さな村の子どもであるギード達から得られる情報は少なかったが。
この村は『ラント村』というらしい。
僕たちを含めて100人もいない位の小さな村だ。ここ以外の町や国などの地名はみんな知らなかった。
会話は自然と出来ているので、次は文字を知りたいと思い聞いてみたら、みんな読み書きできないという。
大人でも読み書きできない人がいるとのことで、改めて日本じゃないことを実感させられた。そういえば、僕の家?にも本などは置いていないように見えた。
う~ん。理想と現実は違うんだなぁ・・・
これが僕の妄想の世界の話なら、転生直後から色々なチート能力を女神さまのような存在から貰い、最初から読み書きはもちろん魔法に武芸も何でも出来る英雄なんだけどな・・・
まぁ、無いものねだりしても仕方ないので「そっかぁ」の一言で済ませることにした。
ふと、アラスさんが「今度、行商人と司祭様が来る」って言っていたのを思い出し、司祭に話せる機会があれば聞いてみようと考えた。商人や司祭ならこの世界の事を詳しく知っているはずだし。
先の見通しが立てば、その日まではみんなと遊ぶのが目標だ。できれば他にも友だちができればいいなと思っている。
今の僕は友だちを作りたいという思いに貪欲なのだった。
◇◇◇
それから2週間くらい経った。
結論から言えばギード達の他に友だちはできなかった。単純に同年代の子どもが他にいなかったのだ。
過疎ってるなぁ等と思ったが、別に嫌ではなかった。
友だちは増えなかったけど、話せる人たちはいっぱいできた。ギード達の両親や遊びに行く途中で会う人たち等だ。
みんな気のいい人で、話しかけてもちゃんと答えてくれた。
今までこんなに人と触れ合うことがなかったので、毎日が新鮮で楽しかった。
そんな楽しい日々に転機が訪れることになる・・・
「明日、よその町から商人と司祭様が来るみたいだぜ」
僕の家の庭で一緒に遊んでいたギードがそう話した。
毎日遊ぶのが楽しすぎて、情報収取の事をすっかり忘れていた。
「わたし、おかあさんと一緒に買い物に行くんだ♪」
「ぼくは司祭様のところに薬を分けてもらいに行くよ」
セニヤが嬉しそうに話していた。なんでも町で人気のお菓子を売ってくれるらしい。
ミルトケは身体の弱い弟のために薬を定期的に購入しているとのことだった。
「ふ~ん。僕はどうしよっかな・・・」
「ティーナさんに頼んでみたら?見に行きたいって」
そのセニヤの言葉に後押しされて、僕はティーナさんに商人のところに行きたいとお願いすることにした。
あれから、僕はおとうさん、おかあさんと自然と話せるようになっていた。
「おかあさん、僕もセニヤのように商人のところに行ってみたいです」
「う~ん。そうねぇ・・・じゃあお昼ご飯を食べたら行ってみましょうか」
「ほんと!?やった!」
僕は嬉しくなり飛び跳ねた。そして着地失敗して転んだ。服が少し破れておかあさんに怒られた。
それを見たギード達が笑っていた。
僕が好きないつもの日常だった。
翌日、お昼ご飯を食べ終わり、おかあさんと一緒に商人のいる広場まで出かける。
手をつないで歩いているとおかあさんが
「ねぇ?シュウ。あなた・・・ううん、何でもないわ」
と独り言のように話していた。僕は返事を求められていなかったので何も言わなかった。
広場に到着すると、人だかりが出来ていた。こんな小さな村でも人だかりが出来るんだな・・・などと考えていると、ここ毎日聞いている声が聞こえた。
「シュウ、来たのね。わたしと一緒にお買い物しましょう?」
セニヤだった。
セニヤは僕より2才年上だ。なので、僕の事を弟のように扱う。・・・召使のようだとか、奴隷のようにとかではないですよ?
セニヤはいつも僕の事を気にして見てくれている。僕が一番年下で身体が小さいからなのだろう。
僕の歩く速さに合わせてくれるし、こっそりおやつも分けてくれる。
僕もお姉ちゃんがいたことが無かったというのもあり、本当の姉の様に慕っていた。
そんな僕たちを2人の母親が温かい目で見ている。
「あのセニヤがね?シュウちゃんと遊ぶようになったら急にお姉さんらしくなったのよ」
「あら~。シュウも最近は1人でできるもんとか言いながら色々お手伝いしてくれるのよ?」
「セニヤ、シュウの事が好きなのかも!」
「それは・・・お父さんたちが揉めそうね~」
などと当人たちを他所に盛り上がっていた。
セニヤの方を見てみると、まったく気が付いていないのか商人が並べている様々な商品に夢中だった。
「ねぇねぇ、あれなんだろう! こっちのは食べ物なのかな? それはどういうものなのかな?」
と矢継ぎ早に話しかけられた。
僕に判るわけないじゃん・・・
でもこの時間はとても楽しかった。いつもギードと張り合っている姿とは違い、いろんな商品を前に目をキラキラさせているセニヤは、僕にはとてもかわいらしく見えた。
顔が熱くなるのが解る。
僕はセニヤの事を異性として意識しているのだろうか。正直、よく判らない。なにしろ、カノジョいない歴=年齢なのだから。
なんて1人でモヤモヤしていたのだから、セニヤの耳が赤くなっていたことなんて気が付くわけがなかった。
セニヤは目的のお菓子を買ってもらえて満足したのか
「さ、先に帰るわね。また明日ね!」
といつもより大きめな声で挨拶をして帰っていった。
僕もおかあさんにセニヤが買ったものと同じお菓子を買ってもらい帰ることにした。
◇◇◇
「ねぇ、シュウ。あなたセニヤちゃんの事どう思っているの?」
帰り道、突然おかあさんにそんなことを聞かれた。
僕はさっきの事を思い出し、また顔が熱くなってきた。
なんだかそれが恥ずかしくなり
「お、おねえちゃんだと思う・・・」
努めて冷静を装い答えた。
「おねえちゃんね~? まだ3才だし、そんな感じなのかな?」
と、少し残念そうにやや上を向きながら話していた。
それ以降はセニヤの話は出ず、いろいろな商品の話をしながら帰った。
家に着くとおとうさんが既に帰っており、身体を拭きながら出迎えてくれた。
僕がおかあさんにお菓子を買ってもらえたことを嬉しそうに報告すると
「そうか。それはよかったな! 暫くこの村にいるみたいだから今度は父さんと一緒に行こうか」
と提案してきたので
「はい!楽しみにしています!」
と笑顔で答えた。
聞けば、商人は1週間はこの村に滞在するとのことで、話を聞くチャンスはまだあるのが解った。
そういえば、司祭の件はどうなったんだろうか?
以前2人の会話を盗み聞きしていた時に話してたはずだ。僕の事を相談するって。
まぁ、直接僕にその話をする訳もないか。
少しはしゃぎすぎていた僕は、夜ご飯を食べると急に眠くなり、そのまま寝てしまった。
食卓では2人がシュウの事で話をしているのも知らないままに。
1ページ/週を目安に投稿していく予定です。