起章 6
家に帰ると、女性がお昼ごはんと思われる準備をしていた。机の上にある食器が2人分しかないところを見ると僕と女性の2人分なのだろう。男性はお弁当を持って行ったというところか。
「ただいま帰りました」
そう告げると、やはり驚いたような表情を浮かべながら
「おかえりなさい。もうすぐご飯できますよ」
とやはり優しい声で返事してくれた。
「いただきます」
「・・・どうぞ召し上がれ」
朝同様、少し質素なご飯を食べながらさっきの出来事を女性に話す。
「さっきまでギード、ミルトケ、セニヤの3人と遊んできました」
そう話すとと心配そうに身を乗り出しながら
「え!?あの3人と?いじめられなかった?」
と頭や身体を撫でてきた。
少しだけかさついた手だったけど、この人の優しさが伝わってきた。こんなに心配させてしまった事が申し訳なく思って、涙ぐんでしまった。
それを見て、
「何かされたの?」
と改めて心配させてしまった。
僕は涙を拭き
「ううん。3人ともとっても仲よく遊んでくれました」
と努めて笑顔を作り、心配させないようにどんな事をしてきたのかを話した。
話を聞いているうちに安心したのか
「あのやんちゃなギード君がねぇ。子ども同士ならいい遊び相手なのかしら」
と、一応納得してくれたのかそれ以上心配することはなくなった。
明日も遊ぶ約束をしたこと、僕の家に迎えに来ることになっている事を伝えると
「判ったわ。うふふ、シュウにも良いお友だちができたのね」
とやっと笑顔を見せてくれた。
見ている僕が幸せになるような、そんな笑顔だった。
◇◇◇
お昼ごはんも食べたし、これから何をしようかな・・・
ベッドに横になりながら考える。
・・・そうだ!まだ僕はあの2人の名前を知らない。
おそらく、この身体の持ち主の両親だというのは今までのやり取りで解る。『お父さん・お母さん』と呼べば良いというのもなんとなく判る。
しかし、それを『僕』が呼んでいいものなのかは正直判らない。
何しろ、僕は異世界であるところの『日本人』なのだから。
あの2人の記憶を持たず、前世?の記憶しかもっていないこの僕は、果たしてあのとても優しい人たちの子どもなのだろうか・・・
でも、それを正直に話したところで信じてもらえるとは思えない。今の僕はあまりにも頼りない子どもなんだから。
そんな事を悶々と考えていたら、気が付いたら眠ってしまっていた。
外を見ると太陽は沈み始めており、夕日が世界を彩っていた。同時に月?も見え始め「異世界でも太陽と月はあるんだなぁ・・・」なんて思えた。
部屋の外から話し声が聞こえる。あの2人の声だ。
「あなた、昨日からシュウの様子、変じゃありませんか?」
「そうか?・・・うーん、確かに朝ごはんの時の様子はなにか変だったな」
「おとなしい子でしたけど、あんな「いただきます」なんて変な言葉、話す子じゃなかったわ?」
「そうだな。「ごちそうさま」も聞いたことがない言葉だしなぁ。・・・昨晩うなされてたことが関係しているのかもしれないな」
そんなやり取りをしていた。
失敗した・・・「いただきます」や「ごちそうさま」はこっちの世界では使わない言葉だったのか・・・「おはよう」や「おやすみなさい」が使われていたからつい使ってしまった。でも過ぎてしまった事を後悔しても仕方がない。
取り合えず2人の話の続きを聞こう。
「今度、行商人が来るときに司祭様も一緒に来てくださることになっている。その時に相談してみようか?」
「あなた、お願いしますね?あの子はまだ3才だもの、心配だわ」
それで会話が終わったのか、女性は食事の準備を始め、男性は服を脱ぎ布で身体を拭き始めた。
もう出て行っても大丈夫だろう。そう考え、今起きたかのように目をこすりながら
「おはようございまふぅ」
と眠そうな声真似で2人の前に出ていった。
「お~、シュウ。今日はギード達と遊んだんだって?ティーナから話を聞いたときは父さんビックリしたぞ?あの暇があれば悪い事しかしないギードと仲良く遊んだなんて・・・」
「あなた、いつまでも裸でいないで早く着替えてください」
お、ナイスだ!女性の名前が『ティーナ』というのが判ったぞ!
あとは「わかった、わかった」と苦笑を浮かべながら返事をするお前の名前を知るだけだ!
その機会は直ぐに訪れた。
扉をドンドンドンと叩く音と共に
「おーい、アラス。いるか?」
と声が聞こえた。
「・・・何の用だ?ローマンの旦那」
「そう構えんな。子どものことで話しに来たんだよ」
「・・・なら入んな」
そういうと、扉の閂を外し中に人を招き入れた。
なんという幸運なんでしょう。男性の名前まで判明してしまうとは。
男性=『アラス』=父親
女性=『ティーナ』=母親
僕=『シュウ』=2人の子ども
苗字=『ネイオ』
今日だけでこれだけのことが解った。幸先良いぞ!
「すまねぇな、こんな時間によ。なんでもうちのギードがシュウと一緒に遊んでたのを見かけてよ。なにか迷惑かけたんじゃないかって様子を見に来たって訳さ」
「・・・あぁ、オレもティーナからさっき聞いたよ。でも仲よく遊んだって話だったぞ?」
「・・・本当か?」
2人はまるで信じられないといった感じで話をしている。すると
「シュウ、どうなんだ?」
とアラスさんが話を僕に振ってきた。
「え、えっと・・・僕から話しかけて、それでギード達3人が相談して、僕を仲間に入れてくれました。それから川に遊びに行って4人で楽しく遊んでいました」
僕としては事実しか話すつもりはないし、なにより初めてできた友だちだ。これからも仲よくしていきたいしもっと一緒に遊びたかった。なのでありのままの出来事を隠さずに話した。
「そっか・・・あのギードがね・・・」
『ローマン』と呼ばれた男は考えると
「シュウ、ギードと遊んでくれてありがとうな。これからも仲よくしてくれるかい?」
そう尋ねてきたので
「もちろんです」
と間髪入れずに答えた。
その答えに満足したのか、安心したのか、ローマンさんは「騒がせちまってすまなかったな」とアラスさんと僕に頭を下げて帰っていった。
扉に再び閂を掛けたアラスは、ティーナのほうを見ながら
「シュウもだけどギードにローマンも変だな・・・」
とボソッと溢すとティーナさんが叱責するような声で
「あなた!」
とアラスさんの事を諫めた。
アラスさんはバツが悪そうに着替えをするために離れていった。
夜食の時間、僕はアラスさんに午前中の出来事を話した。
ティーナさんにしてみれば同じ話をまた聞かされることになったわけだが、嫌な顔一つせずに聞いていた。
最初は疑っていたアラスさんも、次第に「本当なんだな」といった感じで聞いてくれたので僕も安心できた。
「明日も仲よく遊ぶんだぞ?・・・でも、もし何かされたら直ぐに言うんだぞ」
と念を押されたが、今後もギード達と遊ぶことに了解をもらうことができた。
僕は嬉しくなり
「はい!お父さん!」
と自然と返事をしていた。
自分でもビックリした。今の今まで『父さん』という単語を使わないようにしていたのに、自然と出てしまっていた。
『身体はそうなのかもしれないけれど、中身は本当の子どもじゃない』
そう考えていたので、なるべく言わないようにと気を付けていたのに・・・・・
後悔しながらアラスさんの方をチラと見ると、目を潤ませていた。
ヤバい。なにか不味いことをしてしまったか?
そう考えていると
「お、おう」
と一言。
足早に寝室へ入ってしまった。
・・・ポカンとしていると、ティーナさんが少し鼻をすすりながら
「大丈夫よ。なんでもないわ」
と僕の事を抱きしめた。
暖かい。
自然とそう思った。物理的にではなく精神的にとても暖かかった。
生前でもこんな気持ちになれたことはあっただろうか。もしかすると、この身体と同じくらいの年齢の時に感じていたのだろうか。
この人たちは本当に僕の事を心配してくれている。もしかすると中身が違うことを薄々勘付いているのかもしれないのに、これ程までに大きい優しさで僕を包んでくれる。
『この2人は僕の親なんだ』
この時、初めてそう思えるようになった。
明日からは2人の事を「おとうさん」「おかあさん」と呼ぶようにしよう。
そう思い、明日の遊びに備え寝ることにした。
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