起章 5
シュウの苗字を「ノイエ」から「ネイオ」に変更しました。
部屋から出て食卓に着くと、そこには既に食事を食べ始めている男性と2人分を準備している女性が目に入った。
「シュウ、あれからよく眠れたか?」
男性はそう僕に話しかけてきた。
僕は少し戸惑いながらも
「はい、大丈夫です」
と返事した。
やはり、僕の口からは日本語ではない言葉が自然と出てきた。
どうやらこの世界の言葉が身に付いているようで、会話は問題ないようだ。
男性は僕の返答に安心したのか、ほっと溜息を洩らしていた。
続いて女性が両手に食器を抱えながら
「ほら、早く椅子に座ってご飯にしましょう」
と優しい声で話しかけてきた。
椅子に座り、並べられた料理を前に僕は手を合わせ
「いただきます」
と挨拶をして食事を始めた。
2人は僕のその言葉に一瞬怪訝そうな表情を浮かべていたが、すぐに自分たちも食事を再開していた。
日本にいたころでは考えられないくらい硬いパンに薄味のスープ、青臭さの強いサラダのようなものが朝食だった。
いつもなら文句も言いたくなるような内容の料理だったが、ここは異世界。この位の変化は受け入れないとこの先やっていけないだろうと自分に言い聞かせ、きれいに完食した。
「ごちそうさまでした」
やはり、僕の言葉に怪訝そうな表情を浮かべたが何も言わずに男性は女性と二言三言話すと、外に出ていった。
女性は食器を片付け始め、食卓には僕1人になった。
この先どうしようか・・・
考えを巡らせる。
「まずは情報収集だな」
僕は自分の名前もこの身体の両親と思われる人の名前も知らない。
僕の名前はどうやら「シュウ」と言うみたいだけれど、苗字が解らない。
・・・直接目の前の人に聞くか?
いや、止めておこう。僕の年齢もわからないし、「この子は何を言っているんだ?」みたいな感じになるのもマズい気がする。
そうすると、だれか別の人に聞くしかないな・・・
コミュ障の僕にはハードルが高いミッションだなぁ。
でもせっかく生まれ変われたのだから、性格も生まれ変わらないと損だ。
この人生ではいっぱい友だちを作ろう。そして毎日楽しく過ごそう。
そう目標を立て、実践することにした。
「外で遊んできてもいいですか?」
そう女性に話しかけると
「・・・いいけど、あまり遠くに行っちゃだめですよ?」
とビックリしたような表情を浮かべながらも許可を出してくれた。
「はぁい」
と返事しながら、僕は先ほど男性が出ていったドアを開け外に出た。
◇◇◇
初めて外の世界に出てきた。
空気は澄んでいて気持ちがいい。
日本でいえば春みたいな陽気だ。それほど寒くなく、辺りには色々な花が咲いている。なんの花なのかは判らないけど、少なくても日本では見たことがないように思えた。
そうだ、さっきの男性は?
辺りを見回してみるが先ほどの男性は見当たらない。何処に行ったのだろう。
他の人を探してみるがやはり見当たらない。
・・・どれだけ田舎なんだよ・・・・・
家の周りを一周しながら見渡していると、丘の上に建物があるのが見えた。
よし、あそこに行ってみよう。
それ程遠くなさそうだし、この家より立派に見える。それに丘の上からなら色々見えるはずだし。
そう考えて走ってみた。
この身体、動きやすい。
それがはっきりと分かった。いや、今までの身体が太っていただけか・・・
でも、走るのが全然苦じゃないのはありがたかった。何かあっても走って逃げられるから。
5分くらい走っただろうか。丘の上の建物の前に着いた。
石造りの、少し立派な建物だ。
辺りを見回してみると、この建物を中心にぐるっと家のようなものが点在しているのが解った。
思っていた以上に建物の数はありほっと一安心。家の数が多いなら僕と同じくらいの年齢の子どももそれなりにいるはずだ。
そうなると、この建物はこの村?町?の集会所のような場所なのだろうか。だとすると立派に作られているのも納得がいく。
中に人がいるかもと思い覗いてみたが誰もいなかった。
残念のような安心したような複雑な気持ちになったが、そうしているうちに道なりに誰かが近づいて来るのが判った。
3人いるようだ。背格好は僕と同じくらいに見える。落ち込んだ気持ちも一転、頭の中を整理しこれからの会話のシミュレートをしておく。
1、多分同じ村の住人と思われるので自己紹介をする
2、一緒に遊んで欲しいと伝える
3、仲良くなって友だちになる
うん、我ながら隙のない完璧な作戦だ。
そうしているうちに、3人が近づいてきた。僕は作戦通りに会話をすることにする。
「おはよう、僕はあっちの家に住んでいるシュウだよ」
小さく見える僕の家を指さしながらそう伝える。
すると、3人のなかで一番背の高い男の子が返事をしてきた。
「おはよう、ギードだ。おまえ、あっちの家ってことはネイオさんのところか?」
「そ、そうだよ」
ナイスだギード、僕の苗字が判ったよ!
思いもよらず苗字が判明する幸運に恵まれ幸先のいい展開だ。この機を逃さずに次のステップへ進もう。
「3人で遊ぶの?そうなら僕も仲間に入れてほしいんだけど・・・」
すると、3人で何やら内緒話を始めた。
間もなくギードが
「いいよ。お前と遊ぶのは初めてだし、一緒に遊ぼう!」
「あ、ありがとう!」
よっしゃー!順調すぎて怖いくらいだけど、異世界初の友だちができた!
・・・あ、もう2人の名前も知りたいな・・・
「ね、ねぇ。そっちの2人の名前は何ていうの?」
「ミルトケだよ」
「わたし、セニヤ」
もう1人の男の子がミルトケで、女の子がセニヤね。了解。
3人ともいい人そうで安心した。今までの世界では友だち運に恵まれなかったから・・・
そう思っていると不意に涙が出てきた。
「お前、何泣いてるんだよ!?」
ギードがオロオロしながら話しかけてくる。
「だ、だって、初めて友だちができたんだもん。嬉しくって・・・」
「友だちができたくらいで泣くなんて、変わったヤツだな・・・」
「いいじゃん、本当に嬉しいんだもん」
セニヤもクスクス笑いながら2人の話に入ってきて
「いいじゃない。わたしも新しいお友だちが出来て嬉しいよ」
3人とも僕のことを、しょうがないなぁといった感じで見ている。
この世界の人はみんな優しいのだろうか?と思ってしまうほどに目の前の3人は僕に優しく接してくれた。
「ごめん。もう泣かないから遊ぼうよ!」
「いいぜ。今日は何して遊ぼうか」
「わたし、川で遊びたい」
「ぼくも川で遊びたいな」
いいね、川遊び。元の世界では外で遊ぶなんて殆どしたことがなかったから。
2人が川遊びを提案すると、ギードも
「2人が川で遊びたいっていうなら、今日は川で遊ぼう!」
「「「わーい」」」
川で遊ぶことに決まった。
◇◇◇
みんなで川へ向かう道中、僕は少し後ろから3人の後姿を見ていた。
ギード。どうやら3人のリーダー格のようだ。でも威張ったりしないでみんなの話を聞いてくれる頼れる長男みたいな存在なのだろう。
セニヤ。女の子の年齢なんて見分けられないけど、3人の中でもはっきりとモノを言う活発な感じだ。なんとなくだけど、お姉ちゃんみたいな感じがする。
ミルトケ。生前の僕と同じような性格っぽいかな。自分の意見をあまり言わずに周りの意見に従うタイプだと思う。僕と年齢も同じくらいかも。
でも、3人の話を聞いていると兄弟ではないみたい。兄弟じゃないからこんなに仲がいいのかな・・・
そんなことを考えながら歩いていると、目的地の川に着いたみたいだ。
「今日はあんまり服を汚さないように遊ぼうぜ。昨日かーちゃんにスゲー怒られちゃったからさ」
「そうね。わたしも怒られちゃった」
「ぼくも」
なるほど、見た目に違わず子どもらしい遊びをしたんだろう。それで服を汚して親に怒られたわけだ。
いつか僕も、みんなと一緒に泥まみれになって遊びたいな。
でも今日はおとなしく遊ぶことにしよう。
着いた川は幅が5メートル位あり河原のような場所は見当たらない。いわゆる農業用水路なのだろう。どんな遊びができるかな・・・
考えていると、セニヤが
「お花を流して、あそこまで誰が一番早く着くか競争しない?」
「おー、いいね、それやろう!」
ギードが賛成すると、ミルトケも賛成する。
僕もそんな遊び、やったことないのでもちろん賛成した。
みんながみんな、思うように花を摘んで川に流す。そして目的地まで先回りして自分の花を待つ。
そんな他愛のない、生前の僕なら鼻で笑うような単純な遊び。
でも、それが本当に楽しかった。心の底から笑い楽しむことができた。
スマホもない。マンガもアニメもない異世界で、こんなに楽しく遊べるなんて・・・
そう思っていると、また涙が流れる。
今度はみんなに気が付かれないうちに涙を拭いて
「すごく楽しい!」
と。
みんなも
「シュウと遊べて今日はいつもより楽しいな!」
なんて、また泣いちゃいそうなことを言ってくれた。
そうしていると、遠くから
「おーい、ギード!そろそろお昼ごはんの時間だ!帰ってきな!」
とギードが呼ばれた。
呼んだのはギードのお父さんなのだろう。ギードはまだ遊びたそうだったが
「とーちゃんが呼んでるから、今日はこれで終わりかな」
僕は急に寂しくなった。
もっと遊んでいたいけど、ギードに迷惑かけるわけにもいかず俯いていると
「また明日あそぼうぜ」
ギードがそう言ってくれた。
するとセニヤが
「じゃあ、明日はシュウの家まで迎えに行こう!」
そう提案してくれた。
ギードも賛成してくれて明日もみんなで遊べることになった。
「うん!待ってるよ!」
満面の笑みを浮かべて返事した。今から明日が楽しみだ。
みんなで丘の上の建物まで帰ると、そこで別れた。
「「「「また明日!」」」」
僕もうちに帰ろう。
帰路につきながら、ふと思い出した。
・・・情報収取、全然できなかった・・・
でも、不思議と残念には思わなかった。それだけ今日の出来事は楽しかった。情報収取はいつでもできる。
そう考えて、来た時と同じように走って帰ることにした。
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