起章 11
朝。
朝食の準備をするために早く起きたおかあさんにつられて、僕も目が覚めた。
「おはよう、シュウ」
「おはようございます、おかあさん」
挨拶を交わすと。おかあさんは僕の頭を撫でると台所に向かった。
僕も目が覚めてしまったので、着替えて準備をする。ギードにミサンガを渡すためだ。
出来上がっているミサンガを4本、カバンに詰め準備完了。後は朝ごはんを食べて行動するだけだ。
おとうさんも起きてきて、3人で朝ごはんを食べる。
おとうさんは昨日の件が気になるのか、僕をチラチラ見ながら食べている。
僕はおとうさんを安心させるために話をすることにした。
「おとうさん、もう平気です」
「そ、そうか。お前は強いな」
安心したのか、食事も早々に畑に向かうために準備をして出かけて行った。
僕も食べ終わり、ギードの家に向かうため支度を整えていると外から声がかかった。
「シュウ、いる?」
外を見ると心配そうな顔をしているミルトケとセニヤの声だった。
昨日の事を心配してくれて、様子を見に来てくれたようだ。
僕は「もう大丈夫」と伝えると、これからギードの家に行く旨を伝えた。
すると、2人も僕を誘って行くつもりだったらしく、3人で行くことにした。
おかあさんに「いってきます」と挨拶をして、ギードの家に向かった。
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫だよ。昨日いっぱい泣いて、おかあさんに話を聞いてもらったから」
「そっか」
「ギード、家にいるといいけどね」
「そうだね」
3人で話しながら歩いていると、前からギードが歩いて来るのが見えた。
「よ、よう」
気まずそうにそう声をかけてきたギードは、どうやら僕の家に向かうところだったようだ。
なにやら手に持っているのが見えた。
しばらく4人の間に無言の時間が流れる。
僕は何か話さないとと思ったが、いざギードが目の前に来ると昨日のやり取りが頭をよぎり、声が出ない。
そんな中、ギードが口を開いた。
「あ、あのよ、その・・・昨日は悪かった!」
そう言うと、初めて僕に頭を下げて謝った。
「ま、まさかあそこまでシュウが頑固だなんて思わなくってさ。ついカッとなって怒っちまった。シュウがあそこまでオレに突っかかってきたの初めてでビックリしたぜ」
ギードは続ける
「あの後よ、家に帰ったらとーちゃんがいてさ。なんか、オレ泣いてたみたいでビックリされちゃってよ。昨日の事話したら頭殴られた。痛かったな~」
「『シュウ君に置き去りにしたことを誤ってこい』って怒られてさ。んで、今こうしてるって訳だ」
口早に話すギードを見ていると、なにか疲れているように見えた。
ギードだって自分の意志でどうにもならないことにむしゃくしゃしているだろうに、こうして僕に下げたくもない頭を下げてくれている。
「だから・・・その・・・昨日は先に勝手に帰っちまって、悪かったな」
そう言って、また頭を下げた。
僕は、これ以上ギードに頭を下げさせるわけにもいかず、話し始めた。
「ギード、僕の方こそごめんなさい。初めてできた友だちで、急にいなくなっちゃうのが嫌であんなことしちゃって」
そう言って頭を下げて謝った。
さらに続ける。
「ギードは、最後に僕やミルトケのために『勇者』の役をやらせてくれたのに台無しにしちゃった」
「ミルトケやセニヤも、僕のせいで嫌な思いさせちゃってごめんなさい」
僕はミルトケ、セニヤにも謝った。
そして、カバンからミサンガを取り出してみんなの目の前に出し
「これ、僕が作ったの。商人さんから教わった願い事が叶うお守り。ギードがいなくなっちゃう前に渡そうと思ってたんだ」
「おぉ~、スゲーきれいだな!」
「わぁ、ギードだけずるい!」
「いいなぁ、それ」
ギードを始め、みんな高評価をしてくれている。
そこで、後で渡そうと思っていたのを止めて、今渡すことにした。
「じ、実はこれ、4本作ったんだ。ここにいるみんなの分」
「ほ、ほんとかよ!?」
「すごーい!」
「見せて見せて」
僕は残りの3本も取り出した。
4本のミサンガは、どれも村では殆ど見かけない色で出来ており、その鮮やかさに3人とも目を奪われていた。
「これ、オレが最初に選んでいいのか?」
「え!?ずるい!わたしも好きなの選びたい!」
相変わらずのギードとセニヤの口論。これも明日には聞けなくなると思うとまた寂しくなる。
泣きそうになるのを堪えながら
「えっと、一応僕が渡したいって思ってるモノでもいいかな?」
「お、それならオレは文句ないぜ!なにしろ『シュウ』が選んでくれたんだからな!」
そう言ってギードがセニヤを挑発する。
すると、急にセニヤがおとなしくなり
「シ、シュウがわたしのために選んでくれたんなら、わたしもそれがいい」
と言うではないか。
さっきまで自分で選びたいって言ってたのに、どういう心境の変化なんだ?
少し呆気にとられながら、僕は3人に説明することにした。
「ギードにはこの『黄・黒』で出来たものを。これは『希望・威厳』の色でいつもみんなの頼れるリーダーのギードにピッタリだと思うんだ」
「ミルトケにはこの『青・緑』のやつ。これは『知的・調和』の色でギードとセニヤのケンカを止めてくれたり僕に色んなことを教えくれるミルトケに合うと思うんだ」
「最後に・・・セニヤ。『白・ピンク』がいいと思うんだ。『かわいい・純粋』でセニヤにぴったりだよ!」
そう説明すると、3人とも呆気にとられた顔をしていた。
「ど、どうしたの?」
そう尋ねると、ギードが聞いてきた。
「お・・・お前、オレよりガキなのになんでそんな事知ってるんだよ?」
・・・失敗した。
今の僕は3才だ・・・こんなの僕のおとうさんたちも知らないよなぁ・・・・
「し・・・・・・司祭様に聞いたんだ」
苦し紛れの言い訳をした。
きっと司祭ならこういった事知っててもおかしくないはず!だって『異世界』だし!
3人を見ると
「司祭様が言うんなら間違いないな!」
と納得していた。
ありがとう!司祭様!
「ねぇ、それじゃあその残ったのがシュウの?」
そうセニヤが聞いてきた。
僕の手元には『黒・グレー』のモノがある。
この組み合わせが残ったのは、一つは僕が嫌いな組み合わせでみんなに渡したくなかったからだ。
もう一つは・・・なんとなくだった。なぜかこれを『渡しちゃいけない』という一種の強迫観念みたいなものが働いたためだった。
なので、消去法で手元に残ったわけだ。
「う、うん。これがなんとなく好きだったんだ」
「へぇ。それはどんな意味があるんだい?」
ミルトケが聞いてきた。
「え、えっと・・・・・・『空想・強さ』だよ。だって『勇者』になりたいから」
と、いかにも子どもっぽい理由を無理やりつけて説明した。
「なるほどね。シュウは『勇者』に憧れてるもんね」
ミルトケは納得してくれたようだ。
そういえば、セニヤがずっとおとなしいな・・・どうしたんだろ?
セニヤを見てみる。すると俯きながら
「シ、シュ・が・たしの・と・・・かわ・・って・・・・・・」
なにかブツブツ言っていた。
少し怖かった。
「これ、持ってればいいのか?」
ギードが僕に聞いて来る。
「えっとね、し、商人さんに聞いた話だと、頭の中で願い事をしながら手首に結んで、何もしないで勝手に切れるとその願い事が叶うんだって」
そう説明した。
「ふ~ん。じゃあ、願い事するからシュウが結んでくれ」
僕は戸惑った。
これって自分で結ばないとダメなんじゃなかったかな・・・
それに、結ぶ場所によって意味が違ったような・・・
記憶を辿ってみてもそこまで詳しく思い出せなかった。
・・・まぁいっか。異世界だし、そもそも僕自身あまり信じてなかったし。
そう心の中で結論を出した。
「いいよ。じゃあお願い事してくれるかな?」
「・・・おう、いいぜ」
・・・・・・僕はギードの左手首に結んだ。
ギードはそれをじっと見ながら呟いた。
「願い事、叶えばいいな・・・」
ミルトケ、セニヤも僕に結んで欲しいと言ってきたので、みんな左手首に結んだ。
みんな一緒なら問題ないだろうと思ったからだ。
さて、この流れだと僕も今着けないといけない感じなんだけど・・・なにやらギードとセニヤがにらみ合ってる。
多分なんだけど、どっちが僕のミサンガを結ぶかを探りあっているのだろう。
しかし、僕は空気が読める男だった。
「ミルトケ、僕の結んでくれる?」
そう、これいいのだ。
「え、いやだよ・・・」
・・・まさかの拒否だった。
「だって、僕が結ぶよりギードに結んでもらった方がいいんじゃない?これは」
・・・うん、ミルトケの言うとおりだ。ギードは明日には引っ越してしまう。もうこういった機会は訪れないだろう。
「ギード、結んでくれる?」
「おう!いいぜ。シュウがやったみたいにやればいいんだろ?」
「うん。・・・・・・いいよ、今からお願い事するね」
ギードは僕の左手首に結んでくれた。
セニヤにはキッと睨まれた・・・
これで、4人の左手首に色とりどりのミサンガが結ばれた。
僕の願い事は・・・・・・・・・
・・・「今度こそ幸せな生活を送りたい」・・・
◇◇◇
「じゃあ、オレも引っ越しの準備手伝えって言われてるから、帰るよ」
「・・・・・・うん。ギード、またね」
「ギード、またね」
「明日!明日・・・出ていくんでしょう?」
セニヤの問いかけにギードは
「あぁ。明日のお昼ごろに行商人たちと一緒に出るってとーちゃんが言ってたからな」
少し寂しそうにそう答えた。
「僕、見送りに行くよ!」
そういうとギードは嬉しそうに
「絶対来いよ?」
と返してきた。
僕も、ミルトケもセニヤも「必ず」と返事した。
「「「「じゃあ、また明日!」」」」
いつもの帰り際の挨拶をして、みんなと別れた。
僕はスッキリした気分になっているのが解った。ちゃんとギードに謝ることが出来て、ミサンガを渡せたからだろう。
家に着き、お昼ご飯を食べながらおかあさんにそう伝えた。
すると、おかあさんは安心したのか僕の頭を撫でながら
「よかったわね、シュウ。明日はみんなでギード君たちのお見送りよ」
そう少し寂しそうに話した。
村から出ていく家族があれば、村総出で見送るのが風習らしい。
聞けば、ここ数年で多くの家族が町に出ていったらしく、かなりの数を見送りしたそうだ。
おかあさんが僕くらいの頃より人口は3分の1以下になってしまったと教えてくれた。
「異世界でも過疎化があるんだなぁ」なんて漠然と感じたが、そこまで深刻には考えていなかった。
だって、僕にはおとうさんにおかあさん、ミルトケやセニヤがいるのだから。今のままでも十分に満足していた。
「ごちそうさまでした」
食事が終わり、手持ち無沙汰になってしまった僕はこれからの事を考えた。心の中のモヤモヤが解消されて、少しは気持ちに余裕ができたからだ。
もう少し大きくなったら、おとうさんの手伝いをしようかな。農業はやったことが無いけどおとうさんや村の人たちを見ていると楽しそうだし。
おかあさんの手伝いもしたいな。家の掃除とか水汲み、料理の手伝いもアリかな。
・・・そうだ、アルバイトをしてもいいな。お金をためて文字を習いたい。
それに・・・そうだ、『魔法』だ。司祭が『生活魔法』と言っていた。きっと火を点けたり水を汲んだり、洗濯出来たりもあるんだろうなぁ・・・
ギードがいなくなったら、どんな遊びができるだろう・・・ギードがみんなを引っ張ってくれてたからなぁ・・・直ぐには思いつかないや。
こうして考えてみると、やりたいことがいっぱいあった。時間も身体も足りそうにない。
贅沢な悩みだ。今まではこんなこと考えもしなかったし思いもしなかった。『あの家族』相手では寧ろ考えたくもなかった内容だ。
・・・きっと、僕がいなくなってもあの家族は今まで通りなんだろうな。表面上は悲しいフリはするんだろうけど、内心は喜んでるはずだ・・・
そう思うと、今までの世界が『帰りたい世界』と思わないで良かったと思う。
カノジョもいないし、家族らしい家族とは言えない家庭環境だったし。
あ!アニメやマンガに触れられなくなったのは残念だ・・・まだ完結してないマンガ、いっぱいあったなぁ・・・
心残りと言えば『一郎』だけだった。その一郎も僕がいなくても何も問題ないよね。むしろ邪魔な存在だったからな、僕は。
そうだ、一郎・・・あいつ、カノジョいなかった事なかったな・・・羨ましかったなぁ。僕にも紹介してほしかったなぁ・・・
・・・カノジョか・・・
今度こそ、カノジョ出来るかな?・・・出来るといいなぁ・・・どうやったらカノジョ出来るんだろ・・・
あぁ~。一郎にカノジョの作り方を聞いておけばよかった・・・
そんな事を色々考えていたら、気が付けば夜になっていた。
おとうさんが帰ってきて、もうすぐ夜ご飯の時間になるだろう。
そこで、おとうさんにも今朝の事を話そう。
おかあさんが、僕を呼ぶ声がした。
「シュウ。ご飯よ」
「はぁい」
僕は食卓に向かった。
明日はいよいよギードの引っ越しの日だ。
泣かないで、笑顔で見送ろう。
そう心に決め、眠りについた。
1ページ/週を目安に投稿していく予定です。