起章 10
昨日は帰るなり、とんでもないところに出くわしたようだ。
何故か2人とも着ている服が違っていた。着替えた後だった。顔も赤かったし、海鮮とは縁遠い場所なのに家の中がイカ臭かったし・・・
あれは間違いなく・・・ヤってたな・・・
・・・それは・・・もちろん・・・あれですよ。『子づくり』ですよ。
まぁね?僕がいないところでの出来事なのでいいですけど・・・ねぇ?
僕だって生前は高校1年生。
もちろん、そういった知識はあったし、興味もあった。・・・多分人一倍。
でも、この2人がそういった行為をしていたとしても嫌悪感はなく、また、覗き見してみたいといった欲求も湧かなかった。多分、2人を『親』として認識していているからなのだろう。
或いは肉体年齢に併せて、そういった部分も幼児退行しているのかもしれない。
いずれにしても、そういった欲求と無縁でいられるのはいい事だった。
僕も弟か妹が欲しいと思っていた。上はいたけど下はいなかったので、どんな気持ちになるのか興味があった。
おとうさんは一郎よりはイケメンじゃなかったけどイケメンの部類に入っているし、おかあさんは贔屓目に見てもかわいいと思う。そんな2人から産まれてくる子どもは性別どちらにしても可愛いはず!2人とも頑張って!
などと心の中で応援しながら、僕はおとうさんに買ってもらった組紐を使ってミサンガを作っている。
2人の側にいるのが気恥ずかしいのもあり、そそくさと部屋に来たのだ。
昔からプラモデルを作ったり、割と手先は器用な方で、一時期ミサンガ作りもハマっていたことがあった。
・・・そういえば、余りにも作りすぎて処分に困ったときに、フリマサイトに出品したら結構売れていい小遣い稼ぎになったなぁ・・・
なんて事を思い出しながら、黙々と作業をする。
この身体の手が小さいので少し苦労したが、4人分出来上がった。まぁ組紐として殆ど出来上がっていたので最後の結びの部分を作っただけなのだが・・・
夜ご飯の時も2人は気まずいままだったのか、あまり僕の方を見ないようにしたり、必要以上に会話もせずに早々と切り上げていった。
・・・悪いことしたなぁ・・・
別に悪いことしたわけではないが、気まずさの原因の一端は僕にもある。あまり昼間の出来事には触れないようにしよう。
そう思い、僕も今日は遊んで疲れたともっともらしい言い訳をして部屋に籠ることにした。
・・・寝たらまた始めるんだろうなぁ・・・
そんな事を考えながらベッドに横になっていると、いつの間にか眠りに落ちていたようで、気が付いたら朝になっていた。
◇◇◇
あれから数日もすると、気まずさもなくなりいつも通りの日常が戻った。
僕は1人で商人の所に行くようになっており、いろんな話を聞くことができた。
僕のいる村は『レイトゥング王国』という国の一部との事だった。
この世界には『エルフ』や『ドワーフ』、『妖精』に『魔族』といったファンタジー世界ではお馴染みの種族や『ダイラ』と呼ばれる身の丈3メートルを超える巨人族もいるらしい。
この村で使える人はいないが『魔法』もあり、『冒険者』制度もある。正に王道ファンタジー世界だった。
また、この商人は行ったことはないとの事だが、海で隔てられた3つの大陸があるそうだ。
話を聞いている中で、僕が一番興味を持ったのはやはり『勇者』と『魔王』の話だった。
伊達に中二病を患っておらず、夢中になって聞いていた。そんな僕の聞く態度に気をよくしたのか、商人も色々話を聞かせてくれた。
他の町や村、王都の事。貨幣の事。魔法の事。冒険者の事。等々・・・
どの話も僕には新鮮で、目を輝かせながら話を聞いていた。
・・・今思えば、この村の外の世界に強い憧れを抱くようになっていたのは仕方がない事だったのかもしれない。
文字も教わろうと思って相談すると
「それはワシの仕事じゃないな。一緒に来た司祭様に教わるといい。物事を教えるのは魔法使いや司祭の仕事だからな」
「そっか。ありがとうございます!」
そういうと、司祭のいる場所を聞き出して行くことにした。
司祭は村で一番大きな木の所にいた。
見ると、村の人の相談事や悩み事を聞いてアドバイスをしていたり、薬を販売していた。
僕も列に並んで順番を待ち、文字を教わる相談をすることにしよう。
僕の番になり、文字を教わりたい旨を話す。すると
「文字ですか・・・君は文字を教えてもらう代わりに私にお金を払えますか?」
・・・授業料か。言われてみれば納得だ。タダで教えてくれるはずもない。
「・・・どれくらいお金かかりますか?」
「そうですね。全く文字を読めないところから始めるとなると・・・金貨2枚は必要ですね」
「!・・・金貨ですか・・・」
金貨・・・僕は見たことが無い。アラスやティーナが持っているのも見たことが無い。
駄目だな・・・文字は諦めよう。
「・・・そうですか・・・金貨は持っていないので払えません。今回は諦めることにします」
そう言って帰ろうとすると、司祭は
「安く教わる方法もありますよ?」
と言ってきた。
俄然興味が湧き、その方法を教えてもらう。
それは次のような話だった。
一つは『学校』に行くこと。
ここから一番近い町にある学校なら入学から卒業まで5年間で金貨2枚で文字の読み書きから算数、ちょっとした社会の勉強もできるとの事だ。
同じ金額で他にも学べるのだから『安い』には違いない。
一つは『修道士』になること。
司祭を目指す人がなる修道士が集まる寄宿舎なら、無料で衣食住が保証され、勉強を教わることができるとの事だ。
しかし、5年間の期日が来ても『司祭』にならなかった、なれなかった場合には寄宿費として金貨5枚を徴収されるらしい。罰金みたいなものなんだろう。
最後に『生活魔法』を取得すること。
これはちょっと特殊で、魔法で文字が読めるようになるみたいだ。教本が金貨1枚で売っているのだが、魔法の素養が無い人はそもそも使えなく意味がないらしい。
・・・なるほど。3つもあるのか。
『学校』は心惹かれるが学費が高い。無理だろう。
『修道士』は無料なのがいいが職業が決められてしまっている。これもないな。
『生活魔法』・・・正直一番心惹かれるが、僕に魔法の素養があるのかが解らない。これもギャンブル性が高いな・・・
こう考えると、文字の読み書きは諦めるしかないというのが結論なのだろう。
「教えていただき、ありがとうございました」
そう司祭にお礼をして帰ることにした。
◇◇◇
帰ると、家の前にギード達がいた。どうやら僕を遊びに誘いに来たようだ。
「シュウ、これからみんなで遊ぼうと思ってたんだけど一緒に遊ぶか?」
「もちろん!どこ行くの?」
「そうね・・・勇者ごっこはどう?」
セニヤがそう提案した。これはここ最近の僕たちの流行りの遊びだった。みんな商人から話を聞いていて、勇者にあこがれているのだ。
「いいぜ。でも今日はセニヤが魔王をやれよ?」
「いやよ!勇者がいい!」
「この前も勇者やっただろ?またミルトケやシュウに魔王をやらせるのかよ」
「えぇ~・・・魔王、やだもん」
これも、最近のお決まりのやり取りだった。ギードはもちろんセニヤも勇者をやりたがり、僕やミルトケがいつも魔王役をやらされていた。
でも、今日はギードが譲らなかった。
「だめだ。今日はシュウとミルトケが勇者だ。セニヤが魔王やれよ。オレは手下でいいからさ」
ギードにしては珍しいと思った。いつもなら譲るなんてしたことが無いのに・・・
「・・・いいわよ、それで。」
セニヤは渋々了承した。
役回りも決まり、いつものように遊んでいるとギードの様子がおかしいことに気が付いた。何か、心ここに在らずといった感じだった。
「ギード、どうしたの?」
そう問いかけると、ギードが初めて涙を流した。
みんなギョッとして手を止めギードを見る。すると
「実はさ、オレんち今度引っ越すんだ」
「え!?なにそれ!?」
「・・・どこ行くの?」
僕とセニヤが聞くと、ミルトケが
「隣町・・・なんでしょ?」
「なんでお前が知ってるんだよ・・・」
「ボクのお父さんとギードのお父さんが話してるのを聞いちゃったんだ・・・」
「・・・そっか」
ギードとミルトケは同い年で、お父さんたちも同い年だった。何かある度に相談する間柄だったのだろう。
「だから、もうお前たちと一緒に遊べなくなる」
「そんな・・・」
僕は絶句した。まさか突然に別れが来るなんて思いもよらなかった。
隣町は、この村から大人の足でも5日かかるとの事だった。
どうやら、今回訪れた商人たちと一緒に引っ越しをするつもりだったらしい。
僕はやっとできた友だちと離れ離れになるのが嫌で泣きわめいた。
「やだ!いっちゃやだ!」
「無理だよ」
「やだ!!」
「親が決めたんだ。今更どうにもならないって」
「いやだ!いっちゃやだ!!」
だんだん僕もギードも感情が昂ってきてヒートアップしてきた。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!!!」
「やだー!!!!」
「オレにもどうすることもできないんだって!・・・もう知るか!!じゃあな!!!」
そう言ってギードはみんなを置いて行ってしまった。
僕はそれでさらに泣いた。
ミルトケは僕と行ってしまったギードの方を交互に見ながらあたふたするばかり。セニヤも心配そうに僕とギードの方を見やるばかりだった。
やがて日が沈み始め、薄暗くなってくるとミルトケとセニヤが
「もう、帰ろう?」
「そ、そうね。シュウ、帰りましょう?」
そう言い、僕の手を引いて歩きだした。
僕は引かれるまま、何も考えられずぼんやりしながら帰っていった。
2人は遠回りになるのも気にせずに僕を家まで送ってくれた。
ミルトケがおとうさんに何か話しているが、僕は気にしなかった。
おかあさんが僕を抱きしめながら家の中に運び入れると、ミルトケたちは帰っていった。
帰り際、セニヤが何か言っていたようだけど僕には解らなかった。
僕はベッドの上でまた泣いた。
やっと手に入れた幸せな時間が壊れてしまうのが悔しくて、怖くて泣いた。
アラスはオロオロするばかりで何もできなかったが、ティーナはそんなシュウの側にいて、優しく頭を撫でていた。
「シュウ。ずっと泣いていたらおかあさん寂しいわ」
「・・・」
「シュウ。あなたが泣いているとギード君も悲しくなるわよ?」
「・・・」
「シュウ。あなたはいつもお友だちと泣きながらお別れするの?」
「・・・・・・」
「ねぇ、シュウ。ギード君とはいつかまた会えるのよ?泣いたままお別れしちゃっていいの?」
「・・・・・・・・・」
「シュウ。ギード君はあなたと笑顔でお別れしたかったんじゃないかしら。どう思う?」
「・・・・・・・・・うん」
僕はようやく顔を上げた。
するとおかあさんは笑顔になり
「じゃあ、泣き止んで、笑顔になりましょう。そしてギード君にあれを渡しに行きましょう?」
「・・・あれ?」
「ほら、あなた何か紐で作っていたじゃない?みんなにあげるんだ!って言いながら」
・・・ミサンガの事だった。
そうだった。出来上がっていたけど、渡すタイミングがなかなかなくて未だに手元に置いたままだった。
「ミルトケ君に聞いたけれど、ギード君の家、明後日出発するそうよ?」
「明後日・・・」
明後日。やっぱり急だった。僕はまた泣きそうになるけど、おかあさんの手前ぐっと我慢して
「・・・明日。明日渡す」
「そう。・・・笑顔で渡せる?」
「・・・うん。笑顔で渡す」
「そう。きっとギード君喜んでくれるわよ」
そういうと、僕を優しく抱きしめてくれた。
・・・やっぱり温かい・・・
僕はその温かさに甘えるように言った。
「おかあさん、今日は一緒に寝てくれますか?」
「えぇ、いいわよ。そういえば初めてね?シュウから一緒に寝たいって言ってきたのは」
そう言って部屋の外にいるおとうさんと
「そういう訳ですので、今日はあなたが独りで寝てくださいね」
「えぇ!?・・・まぁ仕方ないか」
「そうですよ?一日くらい我慢してくださいね?」
「わかったわかった。今日はティーナはシュウに預けるよ」
そう言って、部屋に帰っていった。
僕も泣きつかれたのもあり急に眠くなってきて
「おかあさん、僕も眠くなっちゃった。おやすみなさい」
そう言って眠ってしまった。
遠のく意識の中、額に暖かい手のぬくもりを感じながら優しい声で
「おやすみなさい」
という声が聞こえた。
明日、ギードに謝ってミサンガを渡そう・・・
金貨1枚=10万円位のイメージです。
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