起章 8
夜
アラスとティーナはシュウが眠ったのを確認してから、今日のお互いの出来事を話し合っていた。
「わたしは、シュウを連れて商人のところへ買い物に行っていたわ。セニヤちゃんと楽しそうにしていたのが可愛かったわ」
「オレは予定通り司祭様のところへ行ってきた。そこでこんな話を聞いてきた・・・」
町より行商人と共に訪れた司祭様は村一番の大木の根元に腰を落ち着け、布教したり薬を販売したり、相談事を受けたりしていた。
アラスは人だかりが無くなるのを待ち、司祭が1人になったのを確認してから話しかけた。
「司祭様、実はうちの子どもがある日突然、別人のように変わってしまったのですが、何か病気とかなんでしょうか?」
「ほほう。それは興味深いですね。詳しく話を伺っても?」
「えぇ。実は・・・」
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「ふぅむ・・・なるほど・・・それは・・・」
司祭は一通り話を聞き終えるとじっと考え込んだ。
そして、これから話す内容は「奥方以外へは他言無用でお願いします」と前置きして語り始めた。
これは、私が司祭になるために王都レイトゥングの神殿で見習いとして勤めていた時の話です。
王都の神殿には、過去の歴史を記した書物が収蔵されています。司祭になるためには歴史も正しく学ばねばなりませんので、司祭を目指すものは皆、書物庫にて過去の出来事を学びます。
その中で、今回の相談事に非常によく似た出来事が記されていた書物が1つだけあったのを思い出しました。
それは、このレイトゥング王国を始めとする全世界を支配しようと企む『魔王』とそれを討伐する『勇者』の1000年に亘る戦記です。
その書物によりますと、『勇者』と呼ばれるものはどの世代においても『この世界とは別の世界より舞い降りた』と記されていました。
ある時代では生まれながらにして強大な魔力を持ち、たった1人で魔王を滅ぼしたもの。
別の時代では突如として勇者としての資質に目覚め、あらゆる種族5人からなる仲間と共に討伐を成しえたもの。
またある時は「神託を受けた」として別人格が宿り、救世軍の指揮官となり魔を殲滅したもの。
いずれの人物も傑出した能力をその身に宿し、魔王との戦いに挑んでは勝利に導いていったと記されていました。
最後にこう記されていました。
いずれの『勇者』も、魔王を討伐した『後』の行方は伺い知ることができなかった・・・と。
「ふぅ」
司祭は一通り話し終えるとため息をつき、呼吸を整えた。
「今回、あなたからご子息の様子を伺ったとき、悪霊が憑りついたとはとは考えられませんでした。非常に聡明で落ち着きがあり、周囲への配慮も出来ている。3才という年齢にしては出来過ぎかもしれませんが、心配ないかと思いますよ」
そう締めくくった。
しかし、アラスは話を聞いているうちに別の心配事ができた。シュウが『勇者』なのかと。
それを尋ねてみると
「大丈夫でしょう。過去の『勇者』が誕生した際には。必ず世の中が乱れている最中だったとも記されていました。今は太平の世。『勇者』が必要な情勢ではありませんよ。それに勇者『以外』にも別の世界から来た人もいるのかもしれませんから。」
「・・・となると、『今のシュウ』は『今までのシュウ』ではないと?」
「う~ん・・・その可能性が高いかもしれませんね。ご両親から見ても別人と感じるのであれば、うなされていた直後に異世界の人格が上書きされたと見るべきでしょう」
「・・・えっと、つまりはどういう事なんです?司祭様の話が難しくてよく解らんのですが・・・」
「そうですね・・・酷な話ですが『今のシュウくん』は見た目だけが『今までのシュウくん』で、心は『別のシュウくん』と思われます。見た目は3才かもしれませんが、心はもっと成長していると思います。成人年齢の15才位かもしれませんね」
アラスは司祭より告げられた言葉に絶句し、目の前が暗くなり気が遠くなった。
オレの子がオレの子じゃない・・・
とても受け入れられる内容ではなかった。まだ「悪霊に憑りつかれている」と告げられた方がマシに思えた。ティーナに何て話せばいいんだ・・・・・・
いつしか地面に膝をついて呆然としていると、司祭がその手をとり真剣な表情で話しかけてきた。
「私は実際にシュウくんを知っている訳ではありません。もしかすると私の早合点かもしれません。同じくシュウくんをよく知る奥方とよく話し合ってみてください。それでも心定まらぬ時は我が神『豊穣神アグレッタ様』へご神託を賜るべく祈らせていただきます」
「司祭様・・・ありがとうございます。妻と今夜にでも話してみることにします・・・」
そう告げ、重い足取りでわが家へと帰った。
◇◇◇
「そんな・・・」
やはりティーナはショックを受けたようだ。
オレだってそうだったのだ。妻だって耐えられるわけがない。自分の腹を痛めて産んだ子が別人かもしれないなんて。
どれくらいの時間がたっただろう。お互い、しばらくの間うつむいていると、ティーナが口を開いた。
「ねぇあなた、わたしはあの子はやっぱりわたしの子だと思うの」
「おい、本気か?」
その口から驚きの内容が飛び出した。ティーナは何を言っているんだろうか。
あのシュウがうなされていた夜。その前後では全くと言っていいほど違うではないか。
聞いたこともない食事の挨拶。村のどの大人たちよりも礼儀正しい振る舞い。オレやティーナさえも知らない文字の勉強がしたいという態度・・・
明らかに別人じゃないか。どこをどう見れば自分の子だと言えるのか。
そう伝えると、ティーナは
「いいえ、あなた。あの子はあなたとわたしの子です。間違いないわ」
そう断言した。
「・・・なんでそう思うんだ?」
「・・・あなた。シュウは毎日あなたに、わたしにどう接してくれていますか?」
逆にそう質問された。
今までを思い出す。
シュウがうなされていた夜より前は・・・
何処にでもいる、普通の子だと思う。
いつもオレかティーナの後をついて来る、気弱で誰かと遊んだりするような子ではなかった。
家から出るときは必ずティーナと一緒だったし、それこそ友だち・・・ましてやギード達と一緒に遊ぶだなんて考えもしなかった。
あれ以降は・・・
急に言葉遣いも上手になり、聞いたこともない食事の挨拶をされたときはどう反応していいのか判らなかった。
畑仕事が終わり家に帰ると、ティーナから1人で外に出て、ギード達と遊んで帰り、明日も遊ぶ約束までしたと聞いたときは耳を疑った。
夜を境に全くの別人になってしまったのだと思ってしまった。
翌日以降も毎日外で遊ぶようになり、いつも身体のどこかしらに傷を作って帰ってきていた。
そして、それを面白可笑しくオレやティーナに話して聞かせてきた。
正直、苦痛だった。
別人が、シュウの身体を傷付けて面白い訳がないではないか!
しかし、相手は小さな身体の子どもだ。手を出すなんて出来るはずもない・・・
そう包み隠さずにティーナに伝えた。
するとティーナはオレの言葉に反論してきた。
わたしはね?シュウはいつもわたし達の後ろをついて来るだけじゃないと思っていました。
わたしと2人の時はシュウが私の手を取り前を歩いたり、外に出るたびに「おかあさん、あれはなに?」なんて色々聞いてきたり、家の前を走り回ったり。
それこそ今のシュウとあまり変わりなかったと思っているわ。
それは言葉遣いはわたしも驚きましたけれど、でも、それだけ。
毎日の出来事を楽しそうに話すシュウの姿は、今までのシュウと何も変わらない。
むしろあの夜以降、シュウが1人で外に遊びに行ったり、ギードくん達と友だちになって一緒に遊ぶようになったりしてわたしは嬉しく思うわ。
・・・最近はセニヤちゃんといい雰囲気みたいだし・・・
コホン。それに文字を知りたいのだって、あの子は前から新しいことに何でも興味を示す子だった事をわたしは知っていましたし、驚いたりはしなかったわよ?
そして最後に
「だから、あの子はわたし達の本当の子で間違いありません!」
そう締めくくると、手で顔を覆い泣き崩れた。
ティーナがなんで泣いたのか。
今ならはっきりと解る。
・・・オレはシュウの事をちゃんと見ていなかったんだな・・・
家族を養うために毎日の畑仕事に夢中になる余り、守るべき家族の事を置き去りにしていたのだ。
ティーナはそんなオレに代わり、ちゃんとシュウを見ていてくれた。
・・・父親失格だな・・・
きっとシュウも、毎日朝早く忙しく出かけ、夜疲れて帰ってくるオレを見て、甘えられなかったのだろう。
友だちもいなかったのだ。たまには一緒に遊んで欲しかったのだろう。
そう考えると、『父親』になれていなかった自分が悔しくて、惨めで泣けてきた。
・・・オレもティーナと一緒に泣いた。泣きまくった。
ティーナに、シュウに申し訳なく、ただ泣いた。
一しきり泣いた後、オレはまずティーナに頭を下げた。
「今までお前たちにあまり構ってやることが出来なくて、すまなかった」
初めてアラスから頭を下げて謝られたティーナはビックリして
「いいのよ、あなた。だってそれがあなたの仕事ですもの。わたしはあなたが一生懸命に働けるようにわたしに出来ることをしていただけですから。むしろ、そこまで思い詰めさせてしまってごめんなさい」
とやはり頭を下げてアラスに申し訳なさそうに謝った。
お互いがお互いに頭を下げている。その状況を見てやっと2人に笑顔が戻った。心の底からの笑顔だった。
「じゃあ、謝るのはこの辺で終わりにして、明日からの事を話そう」
「そうね。明日お仕事休めるなら、お買い物に付き合っていただけませんか?シュウと一緒に」
「そうだな・・・さっきシュウと約束もしていたしな。うん、行こう」
「じゃあ、お弁当作りますから、お昼は外で食べましょう!」
とティーナは胸の前で手を合わせ、早速何を作るか考え始める。
それを微笑みながらアラスは見つめ
「オレはこの家族のために改めて頑張ろう」
と決意を新たにした。
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