学園一の美少女なんて知らない!
「カッくんが朝から考え事なんて珍しいね」
そう言って、俺のとなりでニコニコ笑うのは紅葉と言う名の幼なじみらしい……。
今朝、起きたときに気づくとできていたその関係に、正直かなり引いていると言うか本当に訳がわからないのだが、もっと意味が分からないのは俺の両親も紅葉の存在に疑問を抱いていなかったことだ。
母親なんて「紅葉ちゃんとはいつ結婚するのかしらねえー」なんて物騒なことを言っていたし、親父は訳知り顔で新聞片手にウンウン頷いていた。いや、アンタそんなキャラだったっけ……?
記憶の片隅にも無い朝の一幕だったが、紅葉にとってはアレが普通のことなのだろう「カッくん家はいつも賑やかだよねー」と言って笑っていた。
普通に一緒に朝飯食って、普通に両親に見送られて、今はなぜか一緒に登校している……。
「まじで心当たりがねえ……」
「何か忘れ物でもしたの?」
「ん、いやあ……そうじゃなくて」
流石に「アンタに心あたりがないのよ」なんてことを面と向かって言う勇気は俺には無かった。
朝の分は寝ぼけていたということにして流したが、知らない人間が幼なじみとして存在することはちょっとした恐怖の対象だ。というか、かなり怖い。
しかも、俺以外は彼女のことを幼なじみとして認識しているのだ。正直身の振り方というか、今見てるのは夢ですよーって誰かに教えてもらった方がまだ現実味がある。
けれど、そんなことは無さそうだ。
試しに頬をつねってみても、流水で顔を洗ってみても……変わらぬ笑顔を浮かべた紅葉がそこにいた。
もしかしなくても俺は記憶喪失にでもなっているのだろうか? あり得ないとは思うが、今のこの状況はそんなあり得ないことを軽く乗り越えたもの。本当、どこのラノベ主人公だよ……。
内心毒づきながらの通学路。
何も話さないのは変なので、紅葉の事を調べるついでに色々と話すことにした。
なんだか色々と記憶に自信がなくなっている今日この頃だが、俺はトーク力には自信があるのだ。きっと、将来有望なお笑い芸人候補だったに違いない。
「紅葉はさあ」
「へっ?」
瞬間、ピクンとわかりやすく体がはねる紅葉。その歩みもつられて一瞬止まってしまった。
「え、なに……何か俺変なこと言った?」
前言撤回。
どうやら俺は将来有望なお笑い芸人ではなかったらしい。
「う、ううん。カッくんが私のこと名前で呼ぶなんて珍しいなーて。いつもは頑なに高瀬って呼ぶから」
「た、たまにはなー……ははは」
え、なになに。
俺って、幼なじみ相手に苗字呼びなの?
どんだけコミュ力低いの? 長年の付き合いならあだ名の一つや二つ。もしくは名前で呼び合うもんじゃないの? まあ、心あたりないんで結構勇気出して名前で呼んだのにさぁ……。
「カッくん大丈夫?」
「あ、ああ。問題ない。それより下から覗き込むのはやめてくれ」
「へ?」
「首も傾げるな。ときめいちゃうだろうが」
知らない人間でも美少女の上目遣いは単純に心臓に悪い。キョトンと傾げる首元から除く白い柔肌も健全な男子高生には刺激が強すぎるってものだ。
お陰で妙なことを口走っていることに、すぐ気づけなかった。
とは言っても、急に顔を赤くしてモジモジしだした紅葉を見て自分の恥ずかしい発言に気づいた。お陰で会話どころじゃなかった。
「う、うん……今度から気をつけるね」
「そうしてくれ」
「きょ、今日はあついねー」
「4月なのになー」
テンポの悪い会話のラリーが続く。
「……うん、夏はもっと暑くなるんだろうねー」
「そだなー。夏と言えば海だなー」
「海と言えば去年はカッくんが私の水着見て鼻血出してたよねー! 今年はちゃんとビキニ着ようかなぁ」
「捏造すんな、アレは……そうケチャップだ」
「絶対鼻血だったよ!?」
「ははは……して、ちなみに俺は何を見て鼻血出したのさ」
「私の水着? ただの競泳水着だったのに急に倒れてびっくりしたんだから」
「まあ、アレはアレで刺激が強い物なのだよ……」
えー、何それ。
ぜんぜん知らねえー。
そんなの記憶にねえよー。
知りもしない水着で俺の黒歴史が形成されてるんですが。
せめて、ちゃんと脳裏に刻んでから鼻血出してくれよ。
……などと。そんな過去に向けたらいいのかパラレルワールドに向けたらいいのか。
どこに向けたらいいのかもよくわからない感情を抱えながら、俺は紅葉のビキニ姿だけは見ようと一人決心したのだった。
だって、見た目だけならこいつドストライクなんだもん……。
☆★☆★☆★☆
教室に入って早々。
俺は独りゲンナリとしていた。
「あの高瀬紅葉さんと一緒に登校だとー! いつものことながら羨ましいやつめ」
「正統派黒髪美少女で頭脳明細、才色兼備。この世の褒め言葉全てを着て歩いているような黒瀬さんとだとー!?」
「くっー! 幼なじみだからっておまえばかりズルいぞ!」
「私立日之出高校に現れた僕たちのアイドルを奪うなんて……」
「ぶひぶひー!!」
え、なにこの全部が全部セリフで状況説明とかしてくれるやつら。こんなのアニメやマンガでもなかなか見ないぞ?
てか、一人ヤバいのいるんですが……。
見知ったクラスメイトの姿に安心したのも束の間。よく知るクラスメイトはよく見る? モブキャラへと変貌を遂げていたのだった。
謎の幼なじみにモブと化してしまったクラスメイトたち。
それ以外にも担任はロリ化していたし、学校に存在するはずもない紅葉ファンクラブ会長から睨み付けられたり、この状況は本当になんなのだろうか……。
その考察に入ろうと、寝たふりして机に突っ伏すところで肩をトントンと叩かれた。
「高瀬……じゃない?」
何故かわからないが、肩を叩く人物の正体は紅葉ではないと直感した。
「やあ、マサカドくん。君に少し話があるんだ」
「なんだ、このチビ……?」
ちらりと顔だけあげてみると、目の前に立っていたのは良くても中学生くらいにしか見えない女の子だった。
けれど、当然そんな女の子が高校に迷い込むはずもなく、胸元についている緑色のリボンから考えるに三年生……え、この見た目でこの人俺の一個上なの?
幼げな顔つきをさらに幼く見せているのはその髪型のせいだろう、ツインテールっ娘なんて久々に見た気がする……。
「おい、先輩に向かってチビはないんじゃないかね?君の通う公立日之出高校の先輩だってのにさ」
「いやいや、先輩って言われても……」
今日は朝からアニメやマンガの世界みたいに強烈なキャラにしか出会ってないのだ。可愛い幼なじみに、そのファンクラブ会長やらロリ教師やら……それが今さらただチビなだけの先輩が出来たところで……。まあ、ただのチビってことはないけどね、ツインテール属性くらいは付け足しておこう。
「いや、ちょっと待て……アンタ今なに言った?」
「ん? マサカド君だって男の子の中でならチビだろってかい?」
「わりとチビで悪かったな! まだまだ成長期なんだよ!?……てっ、そうじゃねえ!!」
「あははー、ごめんごめん。マサカド君が言いたいのはこれだろ? なんで、ここが公立高校だって知っているんだってさ」
幼い見た目に似合わぬ、不適な笑みを浮かべる先輩。
彼女は、この訳もわからない世界に現れた唯一の光だった。