幼なじみじゃない!
幼なじみ……。それは、主人公を毎朝起こしにきたり高校までずっと同じクラスだったりするアレだ。何故か生まれた時からずっとお隣に住んでいて、身近過ぎるが故にその大切さに気づけないだとか。可愛いのに負けヒロイン確定だとか。なんやなんや可愛そうなこと言われているなぁなんて思う、個人的には好きな方の幼なじみキャラ。アニメやゲームだと結構いるポジションだが、意外とリアルに幼なじみがいる人間は多くないのではなかろうか?
かくいう俺も、幼なじみなんて言えるような人はいない。ましてや可愛い幼なじみなんてものいたことない。
幼なじみが高校までいる条件は案外と難しいと思う。一度でも引っ越せばほぼアウトだし、それが相手と自分に課せられるのだ。引っ越し族の我が家には到底難しい話しなのだ。
だというのに……。
何故か、俺の目の前にいる美少女は不思議なことを言っていた。
「カッくんは今日もお寝坊さんだねー。早くしないと朝ごはん食べる時間ないよ!」
見知らぬ美少女は訳もわからぬ現状に混乱している俺のことを寝起きで頭が働いていないと思ったのか、人のカーテンを勝手に開け放つ。
瞬間、春先とは思えぬほどの光が部屋に差し込んだ。布団にくるまろうとする俺の手をニコニコ笑顔のまま謎の美少女がそれを阻む。
太陽の日差しに反射した長い黒髪がキラキラと眩い。正直、女友達の一人もいない俺にとって彼女の姿は目に毒だ。
なんだよ、その制服の上から着ているエプロンは! そんなの今どきアニメでもなかなか見ねえよ……!
心の中の叫びは当然届くことなんてない。
ちょっとした性癖を開いてしまいそうな格好した美少女は、ぐいーっとそのまま俺の手を引っ張ってきた。
「ほーらぁ! せっかく可愛い幼なじみが起こしにきてるんだから、早く起きるー!」
一応、寝起きなのは本当なので頭はそんなに働いていない。
けれど、そんな状態でも今の状況はツッコミどころ満載でしかないのだ。
一つずつ整理を試みる。
「あーっと……色々聞きたいことあるんだが、いいかな?」
「えーと、なにかな?」
パチクリお目々で問い返す美少女。よく見るまでもなく整った顔つきにドギマギしながら俺は疑問を投げた。
「まずさ……君はだれ?」
瞬間。ピシリと音たてて世界が崩れる……なんてことはなく、目の前の少女は先と変わらぬ笑顔のまま答えた。
「えー!? 私のこと忘れたの? ショックだなぁ」
「いやいやそう言うのいいから」
「そう? 今日のカッくんは変だなぁ」
「あとそれそれ、俺カッくんなんて呼ばれたことないぞ」
だって俺の名前、平将平だせ? オセロみたいな名前のどこから『カッくん』なんてあだ名がつくんだよ。
「カッくんはカッくんでしょ?」
「あー……うん。まあ、もういいやそれは。で、まじで君だれよ?」
「紅葉」
「へ?」
「高瀬紅葉。カッくん、本当に忘れちゃっのたの?」
えー、まじでしらないんですけど……?
高瀬?
紅葉?
名字も名前もピンと来ない。
なんならその顔にも見覚えはない。
4月某日。
朝目を覚ましたら、心あたりのない幼なじみができていました。