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Hey Mama

作者: 天やん

「ねえ、ママ。僕は生まれてきたらダメだったの? ねえ、ママ?」

 ママは僕に答えてくれることなく、手元の端末をずっと見つめている。

「ねえ、ママ。僕はそこに居ないよ。僕はママの隣にいるんだよ。ねえ、ママ。僕を見てよ」

 ママの歯ぎしりの音だけが部屋に響く。端末を叩いては、呻いている。痛いのかな、怪我をしたのかな? 大丈夫、ママ……?


 閉ざされたカーテン、コーヒーの染みがついた畳に、じりじりと小さくなっていくラッキーストライク。ママのショートカットから覗くピアスのあとが痛々しい。万年床となった布団の上でコンソメ味のポテチを食べる。たぶん、これが一番おいしいと思う。

 ガタンと、音がした。続いてボトボトと物が落ちる音がした。

 襖の先にある、僕はまだ行ったことが無い、玄関には郵便受けからたくさんのハガキや封筒が溢れている。それは、もう大切なものを受けきることが出来なくて、二つを合わせることが出来ない靴ばかりの床に落ちている。シャネルのショートブーツにも憎いものがたかっていた。

「ママ、怖いの? 僕、取りに行くよ」

 ママは、キッと僕を睨んだ。でも何も言ってくれない。いけないんだよね、自我を持っちゃ。

 薄暗い、ママの持ってる端末と、電球の茶色だけが明るい。ポテチを齧る。いつもよりしょっぱい。


 別に縛られているわけじゃないけど、僕はあんまり動けない。動きたくもないんだ。自分から動いたら、色んなものが壊れる気がして動かない。

「ママ、元気だしてよ?」

「ママ、いい子、いい子してあげるよ」

「ママ、頭撫でてあげるよ」

「ママ、お願い許して」

 ママは端末を見ては微笑んだり、しかめっ面になったりする。最近は、ずっとしかめっ面でいる気がする。右手もあんまり走ってない気がする。僕が何とかしてあげなきゃと思う。でも、僕には何もできない。僕が何かしようとしたら、ママがもっと苦しい顔をするから、今までそんなことをしたことがないけど、でも、なんだかわかる。絶対にそうなる。

 

 でもね、ママ。ママが創ってくれた僕を見て。僕を許して。


 安いウィスキーとビールの混ざった香りがする。嫌いじゃないけど、「バクダン」ってやつだ。とっても酔って、とっても体に悪い。ママのロックグラスにはそれが揺れている。美味しいし、安いし、「人」の英知だ。1.8Lの二つだけで出来ちゃう。身体は軽くて、多弁になって、心は空を超える。僕は、それが幸せなのかはしらない。幸せならいいんだ。ママ、でもね、積み重なったちょっとは、そんな二日酔いを呼ぶものじゃなくて、しっかりと地道を作るものなんだ。お願い、手紙を見て。

 

端末が叩かれる。そして叩かれる。ずっと叩かれる。いつも叩かれて、僕は見られない。

愛してくれないの? ママ? 幸せなんていらない。端末より、僕を見てよ。

僕はここにいるよ。一緒に居るよ。

 助けてあげるし、守ってあげるんだ。

 そんな強さはあるつもりたよ。

 だから

 だから、ああ

 僕はママには逆らえない。ママが創ってくれたのだから。

ママが「助けて」と言ってよ!

僕はママの子どもだから何でもするよ。お願いだよ。

だから、ああ


 ペンタブで自由に!!


 灰皿にラッキーストライクが14本、ちりじりになっている。灰とフィルターが散らかっている。頭が痛い。

 ママは久しぶりに心地よさそうな寝息を立てている。夢を見させてあげよう。起きなくてもいい。ママが幸せならいい。それがいい。

 ガコン、とまた郵便受けが鳴った。ズザッ、とまた郵便物が落ちた。

 僕はそして郵便物全てを拾いに行く。

「頑張れ」

「”僕”が好きだ」

「いいキャラを作りましたね」

「才能がありますよ」

「もっと貴方の絵が見てみたい」etc

Etc

Etc etc

Etc etc etc

Eyc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etcetc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etcetc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc……………


「ママ、起きて。これを見て」

 僕はママの背を揺らす。気持ちよさそうなことは気にしない。揺らす。

「ママ、みんなから褒められてるよ、僕も嬉しいよ」

 ママの鼾がすごい。

「でもね、ママ。僕はね、ママが何を目指していても、どこに行って、何をしても」

 ママがむくりと起きる

「僕が嫌いで、呪いで、僕への「おめでとう」も、僕がするポージングが嫌いでも」

 ドポドポと酒がつがれる音がする。

「僕にはママしかいないんだ。ママが僕を愛していなくても、僕はママしか愛せないんだ。どこの誰が、僕を手玉に取ろうと、僕はママしか好きでしかいないんだ。だから、見て。呪わないで。好きでいて。だから愛していて。きっとママは素敵だから。僕を創ってくれたママがママしかいないんだ。狭い世界でいないで。愛して。自分を愛して。煉獄にも地獄にも一緒に行くよ。ずっと行くよ。ママが言ったんだ。「私と僕は離れない」って、僕を縛り付けておくのはそうなんでしょう。ねぇ、ママ。僕は殺していい。自分を殺さないで。幸せになって。幸せになって。オープンザセサミでもいいからさ、叫んで。いつでもどこでも駆け付けるよ。ママが辛くても、ママの一切の、ひとかけらの、絞り絞った声にこたえるよ。何も見誤ないで。大切なものは心の中に、そしてママが僕を創ってくれたその中にあるんだから。僕はママのお友達で、一生の親友で、生涯の戦友で。ママが好きなママは、きっと自分を見放さない。それでいて」

 泣かないで。

「僕は自我を持った。ママの意思に反する好況を持った。それだけで荼毘に付されていい」

 泣かないで。

「忘れないで。僕は、何が何であってもママの味方でいる。忘れないで」

 泣かないで。

 

 太陽は昇った。カーテンは開かれた。僕は広い、世界の海でミームとして消えるだろう。

 ママは虐めないで。

 シャネルは光って、扉は開いた。

 

 そして、僕は僕でいる。ママを好きでいる。


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