魔道具改造は楽しいぞ
本話の洗濯用魔道具の改造部分について、かなり書き込んでしまったため、興味のない方は読み飛ばしていただけると幸いです。
(すみません。これでもだいぶ削りました)
翌朝、ベッドで気持ち良く目が覚めた。
ふかふかのマットレスに、パリッとしたシーツ。美味しい三食の食事付き。前世でいうところの、憧れのホテル暮らしを手に入れたわけである。
シャワーを浴び、メイド服に着替える。ティオナにもらった歯ブラシで歯磨きをし、ヴィデル様の物と思しき歯ブラシの隣に並べて置く。ついニヤニヤしてしまう。
さて、ティオナが朝食を持ってきてくれるのが先か。それとも執事が呼びに来るのが先か。
……ノック無しの鍵の開く音。執事かぁ。
「ヴィデル様からお許しが出た。行くぞ、ついて来い」
「承知しました」
「荷物はこのワゴンに載せろ。食事は洗濯室に運ぶよう言ってある」
「あ、ありがとうございます」
今日の執事は、やけに気が利く。
昨日まとめて置いておいた資材を荷車に載せ、執事についていく。裏口から入ってすぐに洗濯室についた。ただいま、洗濯室。
「何か必要な物があれば、緊急用のベルを鳴らせ。手が空いている者がすぐ向かうように、と使用人の皆に伝えてある」
「ご配慮に感謝いたします」
こないだベルを鳴らした時に十五分ほど放置されたことは、これで許すことにした。
程なくして食事を運んでくれたティオナ。なんと、作業しながらでも食べられるように、と自らサンドイッチを作ってきてくれたのだ。優しさが胸に沁みる。
「エリサが、執事様や使用人たちのために、洗濯用魔道具を改良しようとしてくれている、と料理長にお伝えしたら、快くキッチンを貸してくださったの。皆応援しているわ。頑張ってね!」
「ティオナ……。私、頑張るわ!」
ティオナが出て行くと、早速サンドイッチを片手に実物を見ながら、改造ポイントを確認しようとした。
ところが、まさかの上司がやってきた。
「何をするのか説明しろ」
ときた。
「長くなりますよ」
「かまわん、話せ」
「……御意。まず、改造する点は全部で六つあります。
1、二つに分かれている洗濯槽を一つにまとめるため、不要な面を切断し溶接する。
2、洗濯物をグルグル回す機能について、洗濯槽が一つになったことに合わせて回る範囲を変更する。
3、各蛇口部から繋がる各魔石への回路を、洗濯作業の順に連結していく。
4、洗いと脱水は時間経過で、乾燥は洗濯物の重さで止まるよう、時計や重力の魔石を組み込む。
5、乾燥の火力と風向きを調整する。
6、魔力を通さなくても起動できる仕組みを入れ、スタートボタンを設置する。
これで理論上は、洗濯物と洗剤を入れてスタートボタンを押すだけで、洗い、脱水、乾燥まで完了する全自動洗濯用魔道具が完成することになります」
「ふむ。セドリックから聞いたが、洗濯にかかる時間が半分になるそうだな。どういう理屈だ?」
「今二つに分かれている洗濯槽を一つにまとめることで、一度に洗濯できる量が二倍になります。が、一度の洗濯にかかる時間は変わらないので、洗濯時間が約半分になる計算です。」
「処理する量が増えれば、かかる時間も増えそうだがな」
「洗いと脱水は問題ないと考えていますが、乾燥についてはこれまでと同じ時間では乾ききらないと予想しています。ただし、時間を長くしなくとも、火力や風力を調整すれば乾かしきれるかと」
「なるほど。……気にせず食え」
私の手につかまれたままのサンドイッチに気づいて下さったようだ。
上司の手前、せっかくのティオナの手作りサンドだが、秒で食べ終えた。
その直後、彼はこう言い放った。
「また来る。進めておけ」
スタスタと去っていく後ろ姿を見送る。
おいおい、じゃあ秒で食べる必要なんてなかったじゃないか!
まあ、食べた物は皿に返らないので、早速作業に取り掛かることにする。
ヴィデル様に説明した1の作業から始め、途中で水漏れしないことの確認や洗い単体のテストを挟みながら、順調に2の作業まで完了した。
3と4の作業は、どちらも回路部の改造のため、慎重に進めていく。
途中で昼ごはんを挟み、作業を再開したところで、また院長の回診の時間がやってきた。
作業をする私のすぐ隣にしゃがみ、回路部を覗き込んでくる。いろんな意味で緊張するからやめてほしい。ドキドキする。
「……この時計は?」
「この時計と、洗いや脱水のための回路を繋ぐことで、指定した時間の経過後に機能を止めることが出来るんです」
「そこじゃない。どこから持ってきた?」
しまった! 離れのテーブルの上に置かれていた、分解された時計を勝手に使ったのがバレた。
「は、離れです」
「そうか。作業を続けろ」
お、怒られない……? それどころか、口元がちょっぴり笑ったような気もするけど、これ以上隣の顔を見る勇気はない。
上司に監視されながらも、順調に作業は進み、4の作業が終わった。ここで、少しの洗濯物で、洗いから乾燥まで通しでテストをする。
まだスタートボタンの部分は改造していないので、魔力を流して起動する。すると、洗いから始まり、続けて脱水、続けて乾燥と動いていった。
乾燥が止まった後に洗濯物を触ってみると、まだ湿っていたため、重力の魔石の回路部を調整する。
「それは?」
「これは、重力の魔石です。重さの変化を感知できるため、一定の重さになったら乾燥を止める仕組みに使っています」
「なるほど。乾燥は時間が経てば終わるというものではないからか。洗濯物の量や種類にも左右されるな」
「はい。ご認識の通りです」
重力の魔石の調整中に、また上司はいなくなった。
次は5の作業だ。乾燥の火力と風向きを調整した後、少しの洗濯物で乾燥単体のテストをする。
問題なかったため、次は大量の洗濯物を入れて、再度乾燥単体のテストをする。そして、並行して6の作業に取り掛かる。
それを感知したのか、また上司がやってきた。だんだん慣れてきた。
「どこまで進んだ」
「残っている作業は、魔力を通さなくても魔道具を起動する仕組みだけです」
「そうか。作業しながらでいい、説明しろ」
「かしこまりました。まず、この仕組みは魔道具研究所で遠通魔道具用に開発したものです。魔力の代わりに、人の体に流れる微量の電力を増幅してから魔力に変換し、魔道具を起動させるという仕組みで、雷の魔石と無の魔石の二つがあれば出来ます」
「人の体の電力……だと?」
「はい。世間一般には知られていませんが、人間は微量の電力を発しています。通常、雷の魔石に魔力を流すと電力を発しますが、ごく微量の電力を流すと電力を増幅するのです。そのため、魔力を持たない人でも雷の魔石に触れると電力が生じるのです」
「ふむ。魔力を持たない人間でも雷の魔石に触れたときに電力が生じるのは、微量の魔力が伝わるためだと言われているな。だが、実際には人の電力が増幅された結果であったということか」
「その通りです」
「説明を続けろ」
「はい。次に、無の魔石についてですが、こちらは何かしら力が加わると魔力に変換します。そのため、人体から出る微量の電力を雷の魔石で増幅してから無の魔石で魔力に変換することで、起動に足りる魔力を発生させることが出来るというわけです」
「なるほど。理屈が分かっていればシンプルな仕組みだが、思いつくのは至難の業だな」
「はい。開発に半年かかりました」
さて、上司に説明しながら6も終わり、並行していた乾燥のテストも無事に終わった。
あとは、普通に洗濯しながら、乾燥時間と火力のバランスを見て調整していくことにしよう。
疲れた。
すでに全自動化された洗濯用魔道具だから、大してやることもない。が、洗濯物の入れ替えはやらねばならず、ここで待つしかない。
「休め」
え〜! うちの上司がとんでもなく甘いんですけど〜!
「ありがとうございます。でも洗濯が残っていますので」
「そうか。ではそれが終わったら休め」
ぐぅ。もともとそのつもりだったけどさ! まあ、彼なりの優しさだと思って受け取っておこう。
上司が出て行った後、洗濯の待ち時間は上司の広告イメージのスケッチをして楽しく過ごすことにした。
こうして、洗濯用魔道具の改造は成功し、夕食を食べる頃には全ての洗濯を終えたのだった。
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