初めての執務室 〜後編〜
大変お待たせいたしました!
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引き続きよろしくお願いいたします。
2022/3/26 最後のヴィデルとエリサの会話部分を改稿しました。
お昼休憩を挟んで黙々と開発スケジュールを引いていると、事務官がやって来て告げた。
「アトラント大臣、陛下がお呼びです」
するとヴィデル様はリュカさんに何やら目で合図をし、「行ってくる」と言って出て行った。
ところが、ヴィデル様が部屋を出て間も無くして陛下がいらっしゃった。
……どうやら入れ違いになってしまったらしい。
「アトラント大臣は今、陛下の元へ向かわれました」
リュカさんがそう伝えると、陛下は表情を変えずに「そうか、ならばここでヴィデルの戻りを待たせてもらおう」と言ってソファに座った。
ヴィデル様を呼びに行ってもらおうとリュカさんを見ると、リュカさんはコクリと頷いて部屋を出た。
お茶を運んでもらいたいけど、ここに陛下お一人を残してメイドを呼びに行くわけにはいかないし、と思案していると陛下に話しかけられる。
「ヴィデルが戻るまで、話し相手になってくれるか?」
「私でよろしければ……」
そう言ってギクシャクと陛下の向かい側のソファにお行儀良く座ると、陛下がにっこり微笑んだ。
「此度のそなたたちの活躍、見事だったな」
「お褒めに預かり大変光栄です」
「そんなに緊張せずともよい。ヴィデルの旧友だと思ってもっと気楽に話してくれ」
「……そう仰いましても、それはちょっと難しいです」
「はははっ、そうか」
陛下がそう言って少年のような笑顔を浮かべた時、部屋がノックされてメイドがお茶を運んできた。
……リュカさんがヴィデル様を呼ぶ道すがらメイドに頼んでくれたんだろう。ありがたい。
メイドが退出すると、陛下が徐ろに話し始めた。
「リュミル元宰相の裁判を始めとするこの一連の出来事の筋書きは、ヴィデルから言ってきたものだった」
陛下は一度言葉を切り、綺麗な青い瞳を伏せて続けた。
「戦が起きる前、父とリュミル元宰相がおかしな方向へ進み始めたことは私も気づいていた。だがそれを告発しようにも、『二人の関与を示す決定的な証拠』そして『私は無関係だという証拠』の二つを同時に公表する必要があった」
「陛下まで関与を疑われた場合、王家が……セレスティン王国が混乱に陥るから、ですか?」
「その通りだ。私にまで疑いが掛けられた場合、混乱に乗じて他国に侵攻の隙を与えたり、まだ幼い第二王子を担ぎ出す者が現れたりする可能性があった。
だが、自分が無関係だと証明することは非常に難しかった。諸大臣もあちら側に取り込まれている可能性がある以上、大臣らの手を借りることも出来ず、歯痒い思いをしていた。
……そこへ、ヴィデルがやって来たんだ。あの筋書きを持ってな」
「そう、だったのですね」
陛下は、ソファにもたれて寛ぐように姿勢を崩した。
「裁判を開き王家の人間を全員裁判所に引き摺り出している間に、司法省によって城内の全ての書類を検める……。その計略を聞いた時には鳥肌が立った。
あいつは私と違って、父とリュミル元宰相だけを告発する気など毛頭なく、元より王家丸ごと粛清するつもりだったんだ」
陛下はお茶の香りを嗅ぎ、一口だけ啜って続けた。
「そして筋書きだけでなく、裁判中の話の展開も巧みだった」
「展開、と言いますと?」
「そうだな。いろいろあるが、一つは冒頭でヘルゲン元大臣の話を持ち出し、今回の件が単発で起きた事ではなく過去から続くものだとして皆に認識させたことだ。
すると聞く者は自然と『他にもまだ関与している者がいるのではないか』という疑念を抱く。それによって、私が書庫の全調査を提案することに納得感が生まれた」
そう言えば、裁判の時にヘルゲン元大臣の話を出していた気がする。
あれにはそんな意図があったのか。
「それから……」
陛下の話を夢中になって聞いていると、部屋のドアが乱暴に開く音がした。
「陛下」
ヴィデル様が部屋に入るなりスタスタとこちらに向かってくる。
「どうやら入れ違いになってしまったようだな。お前には悪いことをした」
陛下は言葉とは裏腹にニコニコと微笑んでいる。
「……エリサに用があったのですか?」
「いや、用があるのは無論お前にだ」
陛下は私に「時間を取らせて済まなかったな」と言った。
「い、いえ! 滅相もないです」
私がそう言って立ち上がると、陛下はにこりと微笑んで、ジト目のヴィデル様に座るように促した。
そして二人は大きな地図を広げて、遠距離通信用魔道具の設置箇所と優先度について議論を始めた。
……自分の机に移動し、そこから二人を見て思う。
ついこないだまで、私たちはアトラントのお屋敷の離れにいた。
それがいつの間にか、王城の中の執務室にいる。
ずっとあの離れにいられたら、と心から思っていた。
それなのに今、まるで世界が大きくなったような、ワクワクした気持ちが湧いてきているのを確かに感じる。
この部屋が広いからでもなく、心配事が片付いたせいでもない。
本当に、私の世界は広がったのだ。
ヴィデル様、ありがとうございます。
私を、選んでくれて。
この気持ちは今度きちんと伝えたい。
そう思った。
*
その日の夜、仕事を終えて帰宅する馬車内で、ヴィデル様が「渡したい物があるのを忘れていた」と言い出した。
お屋敷に着いて「開けてみろ」と渡された箱をそうっと開けると、想定外の物が見えて慌てて蓋を閉め、部屋の隅っこまで後ずさる。
「こ、これ、何で……!?」
「着けてみろ」
「え!? 今!? あ、あとで、じゃなくて明日、でもなくて……」
「気に入らなかったか?」
「いやぁ、そういう問題ではなくてですね……」
するとヴィデル様がスタスタとこちらに向かってきた。
こっちきた! まずいまずいまずい!
背中の後ろに隠すもあっさりと取り上げられ、蓋を開けられてしまった。
「……どういうことだ?」
「いやぁ、私にも何が何だか……」
ヴィデル様が紺色と紫色の物体を箱からそっと取り出すと、その下から黒地の革手袋が出てきた。手首のところが金色の細いレースで縁取られていて可愛い。
「俺が着けてみろと言ったのはこっちだ」
「へ?」
「お前がいつも素手で銅線やら魔石やらを触っているから、作業する時に使わせようと思ったんだ。 ……こっちは、店員の間違いか」
ヴィデル様は紺色と紫色の物体の正体を察したらしく、そっと箱に戻した。
「あ、いえ、それは私が……」
「お前が選んだのか?」
く、食い気味……!
「選んだって言うか、ちょっと説明が難しいのですが、簡単に言うとですね」
「早く言え」
「……いつも固い下着じゃ抱き心地が悪いかなぁ、って」
恐る恐るヴィデル様を見上げると、瞳孔がかなり開いていらっしゃるぅぅ……!
「あの、ちょっと、一旦落ち着いて話を……」
そう言ってこの場から逃げようと試みるも、ヴィデル様が私の後ろの壁に手をドンしたから逃げられなくなった。
「お前、いよいよ俺を本気で殺す気なのか?」
「ええ!? そんなわけないじゃないですか!」
するとヴィデル様が「そういえば」と言った。
「屋敷に帰ったら"そういうこと"をする約束だったな」
「そんな約束しましたっけ!?」
「した」
ヴィデル様は至近距離で私の顔を覗き込むと、意地悪そうな顔で言う。
「で、エリサ」
「……はい」
「そういうことって、何?」
ま、また悪魔が降臨した……。
「えと、キ、キスしたりとか」
私がそう答えると、口にそっとキスされた。
「あとは?」
「あとは、えーと、ぎゅっとしたりとか」
次はぎゅっとされるかと思いきや、ヴィデル様は回しかけた腕を途中で止めて、さも名案とばかりに言った。
「お前がソレを着てからにしよう」
「え? 今から着るなんて嫌ですよ」
するとヴィデル様はなぜか怒った様子で冷たく言い放った。
「無理やり脱がされて力ずくで着せられるのと、自分で脱いで自分で着るのと、どっちか選べ」
「ひぃっ」
「ソレはお前が選んだんだ。それぐらい出来るだろ?」
うぅ……もう口調が完全に悪魔じゃん……。
確かにソレは私が選んだよ、それは認める。
でも、こんな形で着ろって言われる想定はしてなかったわけ!
例えばヴィデル様の帰りを待ってる時とかに、先にパジャマの下に仕込んでおいて、ぎゅってした時に『今日なんかいつもより抱き心地良いな』みたいに言われて『てへっ、実はね』みたいなのを想定してたんです!!
……悪魔がジト目でこっちを睨んでる。
いや、今から着るとしてもよ?
ぴたぴたドレスの下に補正力ゼロの下着なんて着たら『スタイル悪っ!』ってなるじゃん。くびれゼロじゃん。
となれば上から着るならだぼだぼパジャマ一択なのよ。
……ここはひとつ、これ以上窮地に追い込まれる前に自軍に有利な展開に持っていくしかない。
「えっと、じゃあ自分で着ますので、お風呂に入ってきてもいいですか?」
「お前、それ……」
「ヴィデル様、行っていいですか?」
「……好きにしろ」
こうしてお風呂に入り、セクシーすぎる気がする紫色ではなく紺色の方を着けてから、上からパジャマを被ってお風呂から出た。
するとヴィデル様もちょうど部屋に入ってくるところだった。
髪がほんの少し濡れていてパジャマを着ているから、下のお風呂を使ってきたらしい。
私を見るなり無言で両手を広げたから、おずおずとその腕の中に収まった。
「……」
いつもの固い補正下着と違って、胸を押し当てた感触があって既にかなり恥ずかしい。
でも、大事なことだから勇気を出して聞いておこう。
「あの……抱き心地、良くなりましたか?」
「……エリサ」
「はい?」
「バカ」
「えっ!?」
シンプルに悪口!!
……でもなんか嫌じゃないな。
なんでだろ。砕けた口調で言われたせい?
嫌じゃないどころかむしろ良……。
私が文字通りバカなことを考えていると、ヴィデル様は腕を解いて言った。
「見たい」
そこはちゃんと線引きが必要なところなので、淡々と説明する。
「あのですね、これは見せる用じゃなくて抱き心地改善用なのでそれは出来ません」
すると悪魔が私の両手を背中に回して片手でまとめて押さえ込んだ。
そして、あろうことか空いているもう片方の手でパジャマのボタンを器用に外し始めた。
「待ってダメ!! やだやだやだ!!」
「お前のダメもやだもむしろもっと聞きたい」
そう言って三つのボタンをあっさり外し終え、最後の一つに取り掛かろうとしたヴィデル様にキッパリと言ってやった。
「やめないと、嫌いになるから!!」
すると動きがピタッと止まってホッとしたのも束の間、なぜかヴィデル様が「ふっ」と笑い声を漏らした。
「何で、笑ったんですか……?」
「いや……俺のことを嫌うお前すら見てみたいと思ってしまう俺は、本当にどうかしているなと思って」
深くため息をついて「参ったな」とぽつりと溢したヴィデル様があまりにも可愛くて、胸がぎゅーっとなった。
自分が愛する人から確かに愛されているのだという実感が、じわじわと込み上げてくる。
――この時の私はただただ幸せで安心しきっていて、まさか二日後にヴィデル様が剣を抜くことになるとは思いもよらなかった。




