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初めての執務室 〜前編〜

再投稿となり申し訳ないです。

昨日の夕方に投稿したものから大幅に修正しました。


いつもお読みいただきありがとうございます!!

前話へのたくさんのいいねもありがとうございます!!

翌朝、私とヴィデル様は王城内の執務室へと向かった。

……夫婦で揃って出社するって、なんか不思議な感じ。


ヴィデル様に付いて城内を進み、二階へと続く大階段を昇って少し廊下を歩くと、黒地に金の文字で『魔道通信省』と書かれた真新しい表札がついたドアがあった。


中へと足を踏み入れると、室内は一面にいくつも大きな窓があって明るく、落ち着いた調度が配された居心地の良さそうな空間だった。


「へぇ〜、ここが執務室……広いですね、天井も高いし。机も椅子も素敵〜」

「俺の机とそこの書棚以外、お前が自由に使っていい。足りないものがあれば手配させるからメモしておけ」


そう言ってヴィデル様が執務机につくや否や、見計らったように事務官らしき男の人が山のように書類を抱えてやって来て、それをヴィデル様の机に置いていった。


……あれを全部見るの? やば……。


私に手伝えるのか分からないけど手伝った方がいいかなとソワソワしていると、リュカさんが書類の束を持って部屋にやって来て、ごく自然に手伝い始めた。


……なんか、良い絵だな。


リュカさんの秘書感がすごい。

中性的で綺麗な人だから、めちゃくちゃ絵になる。


美形二人が黙々と書類の仕分けを進めるのに触発されて、私も自分のやるべきことに取り掛かることにした。


まずは、仕事環境の検討と、ひとまずの体制検討。そしてこれまでの魔道具開発の状況整理が必要かな。


仕事環境については、ここで試作機を作れるくらいの材料や工具を揃えることと、それらを収納するための棚が必要。

……メモメモ。


耐魔室は、今後必要かどうかまだ分からないから保留。


次は体制。ヴィデル様からは、気に入った人を雇ってもいいし、誰も雇わなくてもいいと言われている。


個人プレー好きの私としては今まで通りヴィデル様と私の二人体制が理想ではある。


でも、これからは今までみたいにヴィデル様に材料を買ってきてもらうわけにはいかないし、国家の事業として魔道具を広く普及させていくとなれば人を増やさないと厳しい。


そこで、私が目を付けたのはアジュリア商工会議所のランドルさんだ。


ランドルさんは、アジュリアでの全自動洗濯用魔道具の生産を進める際に知り合ったのだけど、製造現場の人たちと設計者である私との間を取り持つのがすごく上手だった。

この、製造と設計の双方を理解して間に入れる人というのはすごく貴重。


当面、企画や設計、試作はこれまで通り私がやるとして、大量に生産するとなると作る側の人たちとのやり取りがどうしても発生する。

それを全て私がやれば、その分設計やら試作やらが滞ることになる。


だからそこにランドルさんに入ってもらえたらすごくありがたい。

これは後でヴィデル様に相談しよう。


……よし。

次は、これまでに開発した魔道具の品目や仕組みを一覧にまとめてみよう。


◇品目

洗濯用魔道具

遠距離通信用魔道具

映像記録用魔道具

音声記録用魔道具

防犯用魔道具

冷凍用魔道具

魔道具無力化のための魔道具

スタンガン


◇仕組み

魔力無しでのスイッチによる起動

全自動化

リモコンでの遠隔起動

スイッチによる出力量制御

出力量倍加

小型軽量化

大容量化


……こうして書き出してみると、けっこういろいろ作ったなぁ。


これらの品目の中で、遠距離通信用魔道具の国内への普及が最優先課題。


洗濯用魔道具については既にアジュリア内での生産と販売が始まっているけど、それ以外は何も決まっていない。


ただ、どのみち複数種類の魔道具を同時に量産することは出来ない。

複雑な回路を組むような魔道具の生産が可能な工場は現状アジュリアにしかなく、そこは遠距離通信用魔道具の生産でしばらく手一杯になるはず。


となれば、今後を見据えた魔道具工場の増設や魔道具師の育成を進めつつ、私は私で次の開発を進めたい。


……そして、ちょうど作りたいものがある。


ヴィデル様がルヴァ様の補佐と魔道通信省大臣という二つを兼務することが決まった時から、作りたいと思っていたものだ。


これの開発に着手して良いかは、上司と相談せねばなるまい。


作りたいもののアイディアを書き出して概要をまとめ終わった時、ちょうどヴィデル様に声を掛けられた。


「必要なものは書き出したか?」

「あ、はい! ……これです」


ヴィデル様の机まで行き、さっき書いた必要なものメモを渡す。


「……分かった。リュカ、防衛省大臣に書類を渡すついでにこのメモを事務官に渡してきてくれ」

「承知しました」


そう言って、リュカさんは執務室から出て行った。


「ヴィデル様、開発体制と今後の方針についてご相談したいのですが、少しお時間よろしいですか?」


……会社に来ている感じがするせいか、思いっきり仕事口調になってしまった。


「ああ」


そう言ってヴィデル様は椅子から立ち上がり、執務室内のソファとローテーブルのあるスペースに移動した。


私はヴィデル様の向かい側のソファに座り、まずランドルさんを雇いたいことと、その理由を伝えた。

すると意外な答えが返ってきた。


「お前がそう言うと思って、ランドルには頭出ししてある」

「えっ!? なんで分かったんですか!?」


「お前、以前からあいつのことを気に入っていただろう? 実際、お前の補佐としては適任だからな」


……ランドルさんのところに行くといつも珍しくて美味しいお菓子をくれるからニヤニヤしちゃってたのを、気に入っていると解釈されていたらしい。


「商工会議所の運営は息子に任せてこちらへ来ることは可能だと返事があった。実際呼び寄せるかどうかはお前の意見を聞いてからと思っていたが、このまま進めてよさそうだな」

「はい! ありがとうございます!」


「次に今後の方針についてだが……先にお前の意見を聞こう」


そう聞かれて、さっき書き出した開発済みの魔道具の品目リストと、私の考えを説明した。


「……ですので、遠距離通信用魔道具の生産が一段落するまではアジュリアの工場は他の魔道具を生産する余力は無いと認識しています」

「俺も同じ認識だ」


「工場の増設や魔道具師の育成については別途ご相談するとして、それとは別で一つご説明したいものがあります」


目で促され、用意していた書類をテーブルに広げた。


「これなんですけど……」

「……映像と、書面の、遠距離通信……だと?」


「はい。音声の遠距離通信と同じように、映像や書面についても遠く離れた場所間で送受信する方法があるはずです。それが出来れば、離れた場所にいる相手と顔を見て話したり、一瞬で書面をやり取りすることができるようになります」


私がそう言うと、ヴィデル様は腕を組んで目を閉じた。かっこいい。好き。


「……音声の場合は音と魔力の相互変換を行うが、映像と魔力、書面と魔力の変換など可能なのか?」

「映像記録用魔道具で鏡の魔石を使っているのを応用できると思っています」


「なるほど……書面も一種の映像だと考えることが出来るか。面白い」

「開発を進めても、いいでしょうか?」

「勿論だ。むしろ、魔道通信省としてそれ以上に優先すべき開発案件はないだろう」


そう言うとヴィデル様は組んでいた腕を解いて私へと手を伸ばし、無言で頭をわしゃわしゃと撫でた。


「わわっ」

「俺の妻は本当に優秀だな」


何その言い方……。

しかもそんな優しい顔で言われたら溶ける……。


テレビ電話やFAXの存在を知っているとはいえ、インフラとしての電気が無いこの世界でその仕組みを実現するのは相当難しい。

……正直、音声よりかなりハードルが高い。


だから、褒め言葉は素直に受け取りつつ、実現出来るように頑張ろう。


ヴィデル様はわしゃわしゃを止めると、私に自分の隣に座るように促した。

二人掛けのソファの空いたスペースに座ると、ヴィデル様は今自分で乱したばかりの私の髪を手櫛で整え始めた。


「……なぜそれを作ろうと思ったんだ?」

「あ、それは、ヴィデル様が大臣とルヴァ様の補佐の両方をやるってなった時に、王都とアトラント領の行き来が大変だなって思って、それで……ぐぇ」


話の途中でいきなり顎を掴まれ、上を向かせられた。


……ヴィデル様の顔が、近い。


「ちょ、ちょっと! ここ執務室ですから! そういうことはお屋敷に帰ってから……」


慌ててそう言いながら離れようとするも、顎が掴まれたままで離れられない。

そんな私を意地悪そうに見つめる悪魔が言った。


「『そういうこと』って?」

「いや、あの……」


「『帰ってから』、何?」

「だからそれは……」


しどろもどろになる私に、悪魔は妖艶な笑みを浮かべて言った。


「楽しみだな」


その言葉を聞いて、なぜか昨日の出来事がフラッシュバックしてしまって顔が熱くなる。


ヴィデル様は私の頬を一撫してから「開発スケジュールが出来たら見せろ」と言って自分の机に戻っていった。


そして、何事も無かったかのように涼しげな顔で仕事を始めたヴィデル様を見て、悔しい気持ちでいっぱいになったのだった。


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