執事との対決
せっせと荷物を運び込んでいると、一往復目が終わった時には上司の姿はなくなっていた。絶対一分も経っていない。
鍵をかけずに行ってしまったが、もうすぐ夕食だ。棒執事に見つかる前に、ティオナに鍵をかけてもらおう。
さらに五往復ほどした頃、トレイを持ったティオナが現れた。
「エリサ! すごい荷物ね。運ぶの手伝うわよ! 先にトレイを置いてくるわね」
「ありがとう、ティオナ」
ティオナは部屋の中にトレイを置くと、袖捲りをしながら戻ってきた。
「これ全部中へ運べばいいのよね?」
「うん、置く場所はどこでもいいわ。後から整頓するから。本当に助かるわ」
「何だか分からない物ばっかりだわ……。エリサ、これ全部あなたが使うのよね?」
「ええ、その予定よ。これから作る魔道具の素材や魔石、工具類なの」
「あなたって、元々魔道具の専門家か何かなの? すごく本格的ね」
「実は、奴隷になる前はセレスチアの魔道研究所に勤めていたの。だから、専門家といえばそうね」
「えっ? すごいじゃない! セレスチアの魔道研究所って有名よ! 時々、ルヴァ様とヴィデル様が話しているのを聞いたこともあるわ」
「ふふ、ありがとう。好きで勤めていたけれど、好きな物は作らせてもらえなくて。だから、今とっても楽しいの。それより、ルヴァ様って、アトラント領主様よね。ヴィデル様のお父様ってことね」
「ええ、よく知っているわね。ヴィデル様とルヴァ様はよく似ていらっしゃるのよ」
「へぇ……そうなのね」
似ているのが見た目なら大歓迎だが、中身だったら喜べないので、あえてどこが似ているかは聞かないことにした。
「ねえ、エリサなら、洗濯用魔道具を改良できたりしないかしら? エリサの後の洗濯係が見つかるまで、セドリック様が洗濯するようヴィデル様が命じられたのだけど、セドリック様はあまり魔道具の扱いが得意ではなくて、大変そうなのよ」
「え! 執事様が?」
「ええ。私は魔道具を扱えないから手伝えないし、そもそもヴィデル様がセドリック様をご指名になったから、周りの皆も手を出していいのか悩んでいて……」
これは大変だ。はやく状況を改善しないと、逆恨みされた挙句、棒連打されるに違いない。
「分かったわ。ティオナ、セドリック様をここへ呼んでくれないかしら? 呼び寄せるのは申し訳ないけど、私からセドリック様のところへは行けないから」
「もちろんよ! 食事が終わる頃に離れに来ていただくよう伝えておくわね」
そういえば、夕食をまだ食べていなかった。本当に気の回るいい子だ。嫁にしたい。
「ティオナ、運ぶのを手伝ってくれてありがとう。お陰で無事に全部運び込めたわ。夕食、いただくわね」
ティオナはいつものウインクの後、頼んでおいた離れの施錠をしっかりとしてから、本宅に戻っていった。
部屋に入ると、足の踏み場がないほど荷物が積み上がっているが、仕分けは明日のお楽しみとしよう。まずは夕食だ。
今日のメニューは、スパイスの効いたスープカレーのような物の中に、シーフードと野菜が入っていた。パンはクロワッサンのような見た目で、ほのかな塩気がいい。うまし。
さて、来たる棒執事との対決に備えて作戦会議だ。
まず、棒執事が洗濯している状況は、私のせいかどうかだ。私のせいであれば謝る必要があるが、ヴィデル様のせいなら私が謝る必要はない。
まあ、後者だろう。私が研究室の存在を知っていてヴィデル様に懇願したならまだしも、完全にヴィデル様の一存で移籍が決まったのだ。つまり、私は悪くない。
とはいえ、私は悪くございませんの体で堂々としていては、棒執事の癪に触るだろう。
そこで、スタンスとしては、謝りこそしないが低姿勢。贖罪ではなく協力。これでいこう。
ノック音に続いて、カチャリと鍵が開く音。
「エリサさん、セドリック様がいらっしゃっています」
ティオナだが、上司の前なので呼び捨ては避けたようだ。私にだけ見えるようにウインクしている。
「ありがとうございます」
ティオナはささっと食事のトレイを持ち、部屋から出ていった。
パタン。
代わりに眉間に皺を寄せた棒執事が入ってきた。
「何の用だ? 忙しいんだ、早く用件を言え」
「私に、洗濯用魔道具の改造をさせていただけませんか?実は、元々魔道具研究所に勤めており、魔道具の改造が得意です。昨日実物を一通り触ってみたので、改造の目処も立っています。今日、ヴィデル様にいただいたこれらの素材もありますので、一日いただければ完成させることが可能です」
執事に口を挟ませないよう、早口で説明する。早く言えと言われたし、問題ないだろう。
「し、しかし」
「改造のための一日、洗濯がストップする心配はご無用です。魔道具の動作確認を兼ねて私がやりますので。なお、改造後には、洗濯にかかる時間は約半分になる見込みで、人が魔道具に魔力を通す必要はなくなります」
「んなっ! ばかを言え! 半分になるわけがあるか! しかも、魔道具に魔力を通さずに使えるわけがあるまい!」
この世界では、魔道具の起動時には魔力を通す必要があるのが常識だ。
研究所で遠通魔道具の開発していたときに、所長から『魔力のない人でも起動できるようにしろ』って無茶振りされて、半年かけて編み出したんだよなぁ。
「魔道研究所で、魔力のない人でも使える魔道具を使える仕組みを開発しました。まだ、一般に広まってはいないですが」
執事が返事に詰まっているうちに畳み掛ける。
「ヴィデル様には私からお伝えしてみます。ご納得いただけるはずですよ。なぜなら、この改造はアトラント邸宅の使用人の負担を減らすだけに留まりません。領内に展開していくことで、領内の人々の洗濯にかかる時間が減り、その分生産や消費活動に回す時間が増えるのです」
「そ、それは」
「さらに、領内の成功を引っ提げて、領外さらには国外に展開していくことも可能でしょう。また、洗濯用魔道具の改造版に続けて、他の家事用魔道具の改造版を展開していくこともできますね。これによりアトラント領は魔道具開発のパイオニアとして名を轟かせることになるのです」
「わかった。そこまで言うなら、やってみろ」
「ありがとうございます」
「い、今の話は、ヴィデル様がお戻りになられたら私からお伝えしておく。許可いただけたら、明日おまえを洗濯室に連れて行く。そのつもりで用意しておけ」
「かしこまりました」
執事は機嫌が直ったのか、眉間の皺も消え、足取りも軽く出ていった。
さてはこの執事、さも自分が考えたかのようにヴィデル様に進言するのではないか。まあ、それでもいい。
これで棒執事に貸しを作れば、もう小突かれることはなくなるだろう。棒執事が無害化され、ただの執事になるはずだ。
さて、明日に備えて準備だ。
頭の中にある設計図をもとに、必要な工具、素材、魔石を集めていく。切断、溶接もするし、重力の魔石も必要だ。回路を連結するから、銅線も使うな。
目の前に広がる荷物の山から、必要な物を一つ一つ探し出し、忘れないようメモを書いていると、いつの間にか夜時計が真下を指していたのだった。
寝よ。
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