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戴冠式と叙任式 〜前編〜

――二日後の朝。


私は目の前の夫の姿を見て、目も心臓も抉られたのではないかと思うほどのダメージを受けていた。


はっきり言って、めっちゃくちゃカッコいい。


なんだこの人。

神様が贔屓したとしか思えない。欠点がない。

どこからどう見ても、何もかも綺麗……。


レナール陛下の戴冠式および大臣や軍司令官の叙任式に参加するため、ヴィデル様は式服に加えて装飾品をあちこちに身に付けていた。


滅多にお目にかかれない姿。

激レア。スーパースペシャルレア。


淡い銀色の艶のあるジャケットは、襟元や袖口の縁や肩章は紺色で、襟元から胸元にかけては紫の糸で繊細な刺繍が施されている。パンツも濃紺で、色が合わせられていた。


そしてジャケットのあちこちに取り付けられたブローチなどの飾りは全て金と紫で統一されていて、私が身に付けているものとお揃いだった。


……ヴィデル様の髪の金色と、私の深い紫色の瞳をイメージしてアリーシャ様が手配してくださったもので、すんごくセンスが良い。

決して派手すぎず、上品なのに華やかにしてくれる。


私も淡い紺色のドレスと銀色の靴でヴィデル様と色を合わせたけど……私、この人の隣に並ぶの……?


私が並んでいいのかな、って気後れする気持ちもあるし、隣じゃなくて別な場所からじっくりと眺めていたい気持ちもある。


あまりにも尊い姿に一分一秒も惜しんで無言で夫を見つめ続けていると、ヴィデル様が何かを手に持って近づいて来た。


「今日はこれを肌身離さず身に付けていろ」


そう言って私の首に掛けたのは、私が作った携帯用の音声録音用魔道具だった。


「えっ? これ、私が携帯するんですか?」

「ああ。絶対に外すなよ」


目的は分からないけど、とりあえず襟元からドレスの中に仕舞おうとしたら「そのままでいい」と止められてしまった。


「でも、このままじゃけっこう目立ちますよ? 仕舞わないと変じゃないですか?」

「変じゃない。綺麗だ」


……魔道具が、だよね?


微妙に話がズレている気がするけど、追及する間も無く手を引かれて一階へと降りる。


二人で玄関ホールへと向かうと既にカサル様がいて、間も無くルヴァ様とアリーシャ様が降りてきた。

アリーシャ様は、戴冠式と叙任式に参列するために昨日王都へいらしたのだ。


一方、リュカさんはローレン子爵と共に参列するため昨日このお屋敷を離れていたから、計五人で二台の馬車に分乗して王城へと向かう。


一台目に、ルヴァ様とアリーシャ様が乗る。

ということはつまり、もう一台にヴィデル様とカサル様と私が乗ることになる。


……嫌な、予感。

そしてその予感は、変な形で的中した。


馬車に乗り込むや否や、カサル様がにこにこと「ドレスもアクセサリーも、エリサの可憐さを引き立たせているね」とか「夜の妖精みたいだ」とか、言われたこっちが恥ずかしくなる台詞を吐いてきたのだ。


しかも!

「ね、ヴィデル?」と言って私の隣に座るヴィデル様に同意を求めたのである。


するとヴィデル様は私の目を見て真顔のまま「私も同じことを思っていました」とか言うから……。


……言うからぁ〜〜!!


なんでカサル様に返事するのに私の目を見つめて言うんだよぉ〜〜!!


恥ずかしすぎて、顔から本当に火が出そうに熱い。

赤いはずの顔も、緩んでしまう口元も二人に見られたくなくて、慌てて両手で覆い隠した。


すると馬車の中がしんと静かになったから、二人の様子を窺おうと思って、顔に当てた両手の指の隙間をそっと広げた。


その瞬間、二つの顔が同時に破顔するのが目に入った。


煌びやかな式服を身に纏った二人が、まるで少年のようにくしゃりと笑う。

血は繋がっていない二人だけれど、こんな風にシンクロする。


その光景は、私の心を強く揺さぶるものだった。



王城の近くで馬車を降り、先に着いていたルヴァ様とアリーシャ様と合流する。


王城にはすでに国中の貴族たちが集まっていて、そこら中に色とりどりのドレスの花が咲いていた。


社交の場自体がものすごく久しぶりな上、国王陛下の戴冠式と夫の叙任式ともなれば、そりゃあ緊張もする。


いつもより鼓動が早く、強く感じられた。


差し出されたヴィデル様の手を取り、そしてその腕にそっと掴まると、ヴィデル様は空いている方の手で私の胸元の魔道具の録音ボタンを押した。


「行くぞ」


私に合わせて少しゆっくり歩いてくれるヴィデル様にエスコートされるまま、城内へと進む。


すると予想通り、令嬢や夫人たちの視線を浴び始めた。


……いや、分かるよ。

だってカッコいいもん。


もともとすごくカッコいいのに、今日はもうそこらの人間とは次元が違うレベルの仕上がりだもん。


でも、浴びせられたのは視線だけでは無かった。


式の会場となるホールへ向かう途中も、ホールに着いてからも、私たちに対するひそひそ話が私の耳にも届いていた。


……まあ、聞こえた話の内容を一言で言えば「なんであの罪人だらけのストラード家の令嬢なんかがヴィデル様と結婚出来たのか」ってこと。


超絶美形として元々令嬢たちからの憧れの存在であったヴィデル様がいつの間にか結婚していて、しかもその相手は『あの』ストラード家の令嬢なわけで。


さらにヴィデル様は辺境伯家の嫡男というだけでなく、将来爵位を継ぐと宣言するかのようにクラルティ伯爵位を継ぎ、そして若くして大臣になった上に騎士の称号まで得ることが決まっているのだ。


そりゃあ令嬢たちが私を羨むのも当然だし、『なんであの子なのよ』って思うのも理解できる。


とはいえ、さすがに悪口を聞き続けるのはしんどくて、戴冠式が始まった時は心底ホッとした。


戴冠式はつつがなく進行し、叙任式へと移るタイミングでヴィデル様とカサル様は会場の前の方へと進んでいった。


ヴィデル様が移動する前に、私はルヴァ様とアリーシャ様のところに連れて行かれて、二人と一緒に感動しながら式を見守った。


叙任式も無事に終わると、今度は戴冠と叙任を祝うパーティーが始まった。


……そのパーティーで、事件は起きた。


ヴィデル様は叙任式の後に私のところへ戻ってきてくれたものの、いろんな人に声を掛けられるから、私も頑張って一緒に挨拶したり話したりしていた。


けれど途中で貴族議員の方々と思われる複数人に囲まれてしまって、会話の内容的に私が邪魔するのはよくないと判断し、少し離れた場所で待つことにした。


ところが、まるでその機会を狙っていたかのように、複数の令嬢たちに取り囲まれてしまった。


質問形式の、悪口。

「あなたみたいな令嬢がどうやってヴィデル様の心を掴んだのか」

「ヴィデル様の隣に立つことが恥ずかしくないのか」

「自分の容姿がヴィデル様の妻として相応しいと思うか」


これ、答える必要ある……?

何が正解なの?


正直に答えても、嘘をついても、嘲るように笑われる未来しか見えない。

だって、既に私を取り囲む五人の令嬢たちはそんな笑いを口元に浮かべている。


私、今どんな顔してるかな。

ヴィデル様、お話終わったかな。

もう帰りたいよ……。


その時、一際派手な令嬢が「そういえば、マックレル家の元婚約者はお元気? 別な方との恋の噂を耳にしたことがありますけれど、お相手はどなただったかしら?」と高らかに言った。


……もう、ほんとヤダ。


適当に相槌を打ってその場を凌ぐことも、愛想笑いを浮かべることも、気持ちに余裕がないと出来ない。

私の心はどす黒く染まり始めていて、余裕なんて隅に追いやられて、このまま攻撃を受け続けたらいつか爆発してしまいそうだった。


すると、私に隠すことなくクスクスと笑っていた他の四人が突然ピタリと動きを止めた。


四人の視線の先には、キラキラとした見たことのない微笑みを貼り付けたヴィデル様がいた。


……めっちゃ怖い。目、笑ってない。


でも、私を囲んでいる五人はそんなヴィデル様に見惚れているから、その表情を怖いと思うのは私だけらしい。


ヴィデル様は私の隣に来ると、キラキラの顔のままで言った。


「妻は社交の場から遠ざかっていたので、こういった場は不慣れです。そんな妻に『親切に』してくれたようですね」


そう言って、ヴィデル様は一人一人の令嬢と目を合わせていく。


目が合うなり照れ出した令嬢たちは口々に「ま、まあ、いいんですのよ」とか「私たち、大したことはしておりませんわ」とか言い始めた。


それを聞いたヴィデル様は「では後ほど確認するとしよう」と言い、より一層キラキラとした笑みを浮かべて続けた。


「失礼な発言があっては事なので、妻の会話は全て録音しているんです」


「「なっ!」」


驚いて目を見開く令嬢たち。

そういえば、録音中だった。


私が自分の胸元を見ると同時に、ヴィデル様の指がその金色の魔道具をそっと撫でる。


そして、顔を私に向けて言った。


「だから、発言には気をつけるように。分かったな?」


……これ、私に言っているように見せかけて、周りの令嬢たちに言ってるんだ。


私との会話は録音してるから、発言に気をつけろよ、って……。


周りの令嬢たちも察したようで、四人は完全に黙った。


でも一人、黙らない令嬢がいた。

さっき元婚約者のシアンと義妹のテレシアのことを持ち出してきたド派手令嬢だ。


「クラルティ伯爵夫人は罪人だらけの家庭で育った方ですもの、社交も碌に出来なくて当然ですわ。けれど国を背負う大臣の一人となられた方のご夫人としては、あまり相応しくないように思ってしまうのは私だけで、しょう……か」


気持ち良さそうに滔々と喋っていたド派手令嬢が、急に尻すぼみでお喋りを止めた。


隣のヴィデル様を見上げると、完全にキレている目をしていた。さっきまでのキラキラの微笑みもいつの間にか消えている。


「あなたたちのように他人に寄ってたかって嫌味を浴びせることが社交だと言うなら、エリサには社交など不要だ」


そう言ってヴィデル様は一歩、ド派手令嬢に近付いた。


「いいか。エリサは王国随一の魔道具師であり、王国が唯一所有する魔道研究機関の長になった。エリサ以上に私を支えることのできる人間など他にいない。そして私が愛するのもエリサだけだ」


吐き捨てるようにそう言うと、ヴィデル様は私の腕を掴んでずんずんと歩き出した。


途中、ヴィデル様はウェイターからグラスを二つ受け取り、さらに進み続けて辿り着いたのは人気のないバルコニーだった。


以前、レイアさんから聞いたサイコパスエピソードを思い出してしまって、口元が緩む。


「なぜ笑っている」

「いや、ちょっと思い出してしまって」


ヴィデル様はそれ以上追及せず、私にグラスの一つを渡した。


「助けてくれて、ありがとうございました」


私がそう言うと、ヴィデル様は黙ったまま自分のグラスを前に出した。


グラスを軽くぶつけ合い、口を付ける。


それは甘めのフルーティーな白ワインだった。

……私の好みに合わせて選んでくれたのかな。美味しい。


「ヴィデル様が飲んでいるのはどんな味ですか?」


ふと気になって、そう聞いた。


ヴィデル様は返事をする代わりに自分のグラスに口を付けた後、私の頭に手を回してキスをした。

驚く私の口に、私のよりずっと辛いワインがほんの少し注ぎ込まれた。


パーティー会場からは少し離れているけど、喧騒はここまで聞こえてくる。

夕暮れとはいえ、まだ明るい。

バルコニーなんて屋外のようなもの。


こんな状況でそんな行為をされるとは思わなくて、慌てて口を離そうとするのに頭が固定されていてちっとも動かせない。


どうしたらいいのか分からず、ただ口の中の冷たい液体を飲み込むしかない。


いつの間にか自分のグラスを手放したヴィデル様は、私の頭だけでなく腰まで固定して、ますます激しいキスをしてきた。


だめだと思うのに拒むことも出来ず必死に受け止めていると、あることに気付いた。


『録音中』!?


ハッとして、ヴィデル様の体を全力で押してなんとか離れて自分の胸元を見る。


「ヴィ、ヴィデル様、まだ録音中かもです……!」

「知ってる」

「知って……えっ!?」


キスしてる時、めっちゃ音してたよね?

私、んぐんぐ言ってたよね?


それが全部録音されてるとかどういう……。


「と、とにかく、ヴィデル様はそろそろ会場に戻らないとでしょう? 主役の一人なんだから!」


私がそう言うと、ヴィデル様が床を見つめて言った。


「……レナール陛下がお前と話したいと言っていた。だから戻りたくない」


『戻りたくない』って……。

そんな綺麗な顔でそんな凛々しい服着てそんな可愛い台詞吐くとかさぁ……。


心の中で盛大にため息をついてから、意を決して、本心とは裏腹の言葉を口にする。


「陛下がそう仰っているならますます戻らないと。一緒に戻りましょう?」


するとヴィデル様が顔を上げて、「交換条件だ」と謎の交渉を始めた。


「今から俺がお前の言う通りに会場に戻ったら、お前は一つ俺の言う事を聞く。それでいいか?」

「え、いいですよ。 ……あ、待って! 一緒にお風呂はダメ! それ以外にして下さい」


するとヴィデル様は満足そうに「分かった」と言い、まだ半分以上残っていた私のワインを一息に飲み干した。


空になった二つのグラスをまとめて片手で持ち、もう片方の手で私の手を取ると、ヴィデル様は「行こう」と言って今日一番の素直な笑顔を見せてくれた。


番外編書きますと宣言していましたが、実はだいたい出来上がったんです。

この二人が主人公なら、私いくらでも話書けるなと思いました。


今日もお読みいただきありがとうございます!!

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