知りたい
お待たせしました!!!
『この部屋で過ごせ』と言われた翌日。
朝から晩までヴィデル様の部屋で過ごしてみたものの、言った本人はずっと外出していてほとんど部屋にいなかった。
夜になって帰ってきてからも、無言で私をぎゅうぎゅうと抱きしめた後は机に向かってずっと何か書いたり読んだりしていて超絶忙しそうにしていた。
……こんなに忙しいのに、何で私にこの部屋で過ごすように言ったんだろう?
不思議に思いながらお風呂に入って部屋に戻ると、『例の』パジャマ姿をじーっと見つめられて、またぎゅうぎゅうと抱き締められた。
そしてそのままベッドに運ばれると、布団で丁寧に包まれた。
ヴィデル様はベッドに腰掛けてしばらく私の頭を撫で、私がウトウトし始めると机に戻っていった。
……どうしてそんなに忙しいの?
爵位を継いだせい?
それとも裁判に関すること?
本当は、いろいろ聞きたい。
でもヴィデル様が忙しそうだから聞くのが憚られる。
……それに、『私のせいで』忙しくさせてしまっているという認識が、より一層聞くのを躊躇わせていた。
翌日もその翌日もヴィデル様は同じように忙しくしていて、何も聞くことが出来なかった。
そして、ヴィデル様から私に仕事の話をすることも無かった。
……ヴィデル様が私に仕事の話をしないのは、私が魔道具のこと以外さっぱりだから話しても仕方ないと思われているからかもしれない。
それに……私、今までヴィデル様の仕事のことを全然気にしてこなかった。
ただの魔道具師だった頃はいいとしよう。
でもヴィデル様の妻になって、同じ部屋で暮らしてきて、それで何で全然気にかけなかったの……?
気にかけていない人に、そりゃ話すわけないじゃんか。
ヴィデル様のことを大事にしたいと思ったり好きだと言ったりしている自分との矛盾に、恥ずかしさや情けなさが込み上げてくる。
……『クラルティ伯爵夫人』としてまず何をすべきか。
居ても立っても居られなくなり、ルヴァ様の元へ相談に行った。
執務室をノックして名乗ると、ルヴァ様は快く招き入れてソファに座るよう勧めてくれた。
「エリサとこうして話すのは久しぶりだね」
ルヴァ様はにこにこと微笑んで言った。
政務で忙しい中、嫌な顔一つせずに対応してくれる優しいお義父様。
「お忙しい中お時間をいただきありがとうございます。クラルティ伯爵位譲渡の式典やその後のパーティーの準備について、相談に乗っていただけないでしょうか?」
「もちろん構わない。どんな相談だい?」
「あの……式典やパーティーの準備を進めたいのですが、特に式典の方は何を準備すればいいのかさっぱり分からないんです。こんな時に頼れる方も思い付かなくて……」
夫人スキルの無さに幻滅されるかも、と心配しつつも勇気を出して正直に話したところ、意外な返事が返ってきた。
「式典もパーティーも準備はいらないはずだ。ヴィデルが、他の式典の時に併せて済ませるつもりだと言いに来たからね」
「え? 他の式典……ですか」
「ああ。ヴィデルから聞いてないかい?」
「……はい」
ルヴァ様は少し目線を上げて何か考える素振りをしてから、こう言った。
「そうか……。ヴィデルは今、貴族議員の元を飛び回るのに忙しくしているから、単純に話すのを忘れているんだろう。帰ってきたら聞いてみるといい。ヴィデルの口から話すべきことだと思うからね」
「……分かりました。ありがとうございます、ルヴァ様」
……他の式典って何?
……貴族議員の元を飛び回っている?
本当に私、ヴィデル様のこと何も分かってない。
落ち込んでいく気持ちを抱えながら、とぼとぼと誰もいないヴィデル様の部屋に戻る。
気持ちを落ち着けるため、この数日で設計を終えた音声再生用魔道具の試作機を作り始めようとした。
……でも頭の中が他のことでいっぱいで、ちっとも手が動かない。
それは、私にとって初めてのことだった。
*
夜、帰宅したヴィデル様が部屋に入ってすぐに「質問があります」と先手を打った。
「……言ってみろ」
「ルヴァ様から伺ったのですが、『他の式典』とは何のことですか?」
するとヴィデル様はホッとした様子で「なんだそんなことか」と言った。
「『そんなこと』なんかじゃないです。大事なことです!」
「エリサ……?」
驚いたような怪訝なような顔のヴィデル様に、顔を覗き込まれる。
「だって私、クラルティ伯爵の妻なんですよ? なのにヴィデル様の予定も、今何をしているのかも、私が何をすべきなのかも全然分かっていないんです。本当に、何にも……」
言っていて情けなくて、瞳が潤み始める。
それをヴィデル様に見られないように、下を向いて続けた。
「教えてください。私にも話してください。ちゃんと一回で覚えますから。勉強して、ちゃんと……分かるように、なるから……だから……」
言いながら泣きじゃくる私に、ヴィデル様はそうっと腕を伸ばして優しく抱き締めた。
「お前は『クラルティ伯爵の妻』である以前に俺の妻だ。俺が爵位を得たところで、お前が変わる必要なんて無い。そのままのお前でいい」
その声も言葉も、私を溶かすように甘い。
……でも、それは私が今求めているものじゃない。
「そうやって甘やかさないでください……! 私、魔道具のこと以外ダメダメですけど、それでも、ちゃんと伯爵夫人としての務めを果たしたいと思ってるんです。私、頑張るから……だから、話して……話してくださいよぉ……」
涙をぼろぼろ溢しながら、ヴィデル様の胸に縋りついて懇願する。
それがあまりにも子供染みていて、思い描く伯爵夫人の姿とはかけ離れていて、やめなきゃと思うのにやめられない。
ヴィデル様は黙ったまま私の頭を撫で続け、嗚咽が収まるまでそのままでいてくれた。
しばらく泣き続けてヴィデル様のシャツがぐしょぐしょになった頃、ヴィデル様が話し出した。
「……貴族同士の腹の探り合いや形だけの式典の話なんて面白くも何ともない。そんな話をエリサにすることは、エリサの時間の無駄遣いでしかない。俺はそう思っていた。だからお前に話さなかっただけで、それ以上の意味なんて無い」
そう言いながら腕を緩めて、私の目尻に残る雫を指で拭ってくれる。
「俺は、自分の仕事は自分でやるのが一番いいと思ってきた。誰かに指示するのも頼るのも最小限がいいと。だから、お前に仕事のことを話さないのはそういう俺の性格のせいであって、お前のせいじゃない。 ……泣かせてすまない」
悲しそうな口調にハッとしてヴィデル様を見上げると、本当に悲しそうな顔をしていて胸がズキンと痛んだ。
そんなことを言わせたかったわけじゃない。
そんな顔、させたかったわけじゃないのに。
謝ろうと口を開こうとするも、先に「でも」と言われて口を噤む。
「お前に出会って……お前のずば抜けた才能を間近で見て、初めて誰かと一緒に仕事をすることに意義を感じたんだ」
ゆっくりと、言葉を選ぶようにヴィデル様はそう言った。
「俺はお前を、尊敬している。 ……事実、魔道具についてお前によく相談しているだろう?」
私がコクリと頷くと、ヴィデル様は俯いている私の顎に人差し指をかけてすっと上を向かせ、目と目を合わせた。
「それにお前が魔道具のこと以外ダメだなんて俺は思っていない。魔道具のこと以外の何かをやる機会を俺が与えていないだけで、機会さえあれば他の奴より上手くこなすだろう」
ヴィデル様の視線は私の目から外され、「でも」と言いながら下へと移動し口元へと辿り着く。
そして長い指で私の唇の形をそっとなぞりながら言った。
「エリサは俺のものだろう?」
そしてまた私の目を見つめる黒い瞳は熱っぽく潤んでいて、目が離せない。
視線を動かさずに小さく頷くと、ヴィデル様が言った。
「だからお前の時間の使い道も、お前の居場所も俺が決める。分かったか」
質問するようで断定するようなこの口調は今までに何度も聞いた覚えがある。
でも、こんな柔らかい顔で言われたのは初めてだった。
王様みたいな、尊大な物言い。
それなのに、その言葉にはヴィデル様の優しさがぎゅっと詰まっていて、目と鼻がツンと熱くなる。
「……はい、ヴィデル様」
ヴィデル様が『ならいい』と言う前に、先に言葉を続ける。
「でも、私のためにヴィデル様がしてくれることは後からじゃなくて先に知りたいんです。ヴィデル様が私のために頑張ってくれている間、私は能天気にヘラヘラしてた、って後から知るのはイヤなんです」
すると少し意地悪そうにヴィデル様は言った。
「能天気にヘラヘラ笑っているのが一番お前らしいと思うが」
「なっ! そういうことじゃないんです!」
「泣いているのも怒っているのも可愛い」
「えっ!? ちょっ、何を言って……だ、だから、そういうことじゃなくて……」
私をとことん甘やかす相手に語気を弱めてごにょごにょすると、ヴィデル様は「ふっ」と笑って言った。
「お前の言いたいことは分かった。なら、一つ話しておくことがある」
ヴィデル様がなんてことない様子でそう前置きしたから、構えることなくノーガードで次の言葉を待ち受けた。
……すると、一発で瀕死になるレベルの攻撃を二発も放ってきた。
「俺は魔道省大臣になる。そしてエリサを魔道研究所の所長に指名する」
一つって言ったのに、今、二つ言ったよね……?
いや、問題はそこじゃなくて、誰が何をやるって??
「……えーっと、念のためお伺いしますが、エリサってどのエリサのことでしょう?」
馬鹿げた質問なのは重々承知してるけど、あまりにも突拍子もない台詞に、他の言葉が出てこなかった。
するとヴィデル様はその綺麗な顔を少し傾けて、大真面目にこう返してきた。
「俺のエリサだ」
美形の天然が炸裂して心臓を撃ち抜かれ、なす術も返す言葉も無い。
私は呻きながら胸を押さえてその場でしゃがみ込んだのだった。
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