誕生日 〜後編〜
お待たせしました!!
なかなか納得がいかず、毎日書き直し続けておりました。
また、本日から「いいね」機能が実装されたようなので、どしどし押していただけると嬉しいです!!
ヴィデル様の誕生日当日の朝、屋敷中の皆が広間に集められた。
「本日よりヴィデルがクラルティ伯爵を称する。また、私の補佐としてこれまで以上に政務に携わることを皆認識しておいてくれ」
ルヴァ様がそう言うと、ヴィデル様がいつも通りの口調で言った。
「今後、王都に滞在する機会が増える。皆よろしく頼む」
使用人の皆が恭しく頭を下げた。
そして次に口を開いたのはカサル様だった。
「クラルティ伯ヴィデル、君の決断を心から喜ばしく思う。私は生涯、剣となり盾となって父上とヴィデルを支えていくつもりだ。そのことを忘れないでほしい」
……たぶんだけど。
カサル様のこの発言は、詳しい事情を知らない使用人たちが余計な心配をしないよう、ヴィデル様を支持することと、爵位を狙う気がないことを明らかにする狙いがあったんだと思う。
それに、ヴィデル様本人にも伝えたい言葉だったのかもしれない。
ヴィデル様が「ありがとうございます、兄上」と言うと、ルヴァ様が再び口を開いた。
「爵位の生前譲渡の場合、王家を始めとして貴族議会や領民にも広く周知するため式典を開くのが通例だ。これについては状況を鑑みて数週間後を目安に執り行うものとする」
二番目以下の爵位の生前譲渡の場合、正当な権利を持つ者への譲渡であれば、王家の事前承認は不要で報告だけすればいいそうだ。
その後ルヴァ様の締めの言葉があり、この場はお開きとなった。
自分が伯爵夫人となったことや、早速『式典』という試練が催されることなどについて思いを巡らせる。
社交全般が苦手な私には不安しかない。
けど、今日はとにかくお祝いに集中しよう。
この世界の誕生日パーティーは昼間に開催するのが一般的だから、ヴィデル様のお誕生日祝いのご馳走とケーキはお昼に、と頼んである。
その前にプレゼントを渡したいと思って、自室に取りに行こうと二階への階段を上っていると後ろから「待て」と言われた。
振り返るとヴィデル様が階段を駆け上がってきて、何も言わずに隣に並んだ。
そしてヴィデル様の部屋の前を通り過ぎて自室に向かおうとすると、ヴィデル様が変なことを言い出した。
「俺も行く」
「えっ!?」
私の部屋に!? 何で!?
どうしようかと立ち止まっていると、腕を引かれて自室の前まで連れて行かれた。
「早く入れ」
「あ、じゃあ……どうぞ」
ドアを開け、予期せぬ訪問客を招き入れる。
自分の部屋にヴィデル様がいるのは不思議な感じがして、ちょっと緊張する。
……あれ?
ヴィデル様と同じ部屋にいる時っていつもどうしてたっけ?
えーと、だいたい私は魔道具を作ってるかゴロゴロしてて、ヴィデル様はお仕事したり本を読んだりしてて……。
あれ!? 何喋ってたっけ!?
一人で文字通り右往左往していると、ヴィデル様はさっさとソファに座ってくつろぎ始めた。
そして私がソファに置きっぱなしにしていた『魔道具大全集』を読み始めた。好き。
あ、プレゼント!
漸く目的を思い出し、いそいそと引き出しを開ける。
金の鎖を取り付けた魔道具には、ラッピング代わりに髪飾り用のベロア生地の紫のリボンを結んである。
取り出したものを後ろ手に持ち、ヴィデル様の元へと向かった。
「ヴィデル様、目を瞑ってください」
私がそう言うと、本を膝の上に置いて素直に目を瞑ってくれた。
何も言わずに目を瞑って待っている姿がすんごく可愛くて、しっかり眺めてからその手の本をどけて代わりにプレゼントを載せた。
ソファに座るヴィデル様の前にしゃがみ込み声をかける。
「目を開けていいですよ」
するとヴィデル様は手元を見て、するするとリボンを解いてから「時計か?」と聞いた。
「いえ、音声記録用魔道具です!」
するとヴィデル様が私と魔道具を交互に見る。
「……これが? もう出来たのか?」
「頑張ったんです!!」
ヴィデル様の驚いた顔が優しい顔へと変わっていって、伸ばされた手が私の頭に乗せられる。
「頑張ったな」
「へへへへ」
褒めるように労うように優しく頭を撫でられて、顔がふにゃふにゃと緩みまくる。
嬉しい。頑張ってよかったなぁ。
大きな手で繰り返し撫でられる気持ちよさに喉を鳴らしそうになった頃、手が離れてしまった。
そして私の自信作をじっくりと見たヴィデル様が言った。
「……ボタンは一つか。どうやって使うんだ?」
「それは録音用のボタンで、押すと録音が始まります! 小型化と大容量化を両立するため録音機能だけに絞り、再生は別な魔道具に繋いで行う仕組みにしたのでボタンが一つしかないんです! 録音時間は数時間はいけます!!」
この五日間ずっとヴィデル様に話したくて仕方なかったことを、捲し立てるように説明した。
「……というわけなんです! で、これから作る音声再生用の魔道具がどんな形かっていうと、いうと……や、やっぱり何でもないです」
夢中で説明する途中で大事なことに気付いて、自分の口に急ブレーキをかける。
「どうした? 説明の途中だろう」
「私ばっかり長々と喋ってしまいました……ヴィデル様のお誕生日なのに」
せっかくヴィデル様が『楽しみだ』と言ってくれたのに、自分ばっかり楽しんでいたことが情けなくて視線を床に落とす。
すると「エリサ」と優しく呼ばれて、声がした方へおずおずと視線を移す。
「俺はお前と二人なら何でもいいと、そう言っただろう? それにお前の説明は聞いていて楽しい。だから何も問題ない」
「ゔぅぅぅ」
その言葉は私の全てを肯定するようで、落ち込みかけた気持ちを掬い上げる。
この幸せな気持ちを上手く言葉にできなくて、ただ喉を震わせるしかなかった。
ヴィデル様はそんな私の片手を取り、さっき魔道具から解いたリボンを手首に巻いて両端を蝶の形に結ぶ。
自分を飾り付けられたみたいで、思わず「へへへ」とニヤけ声を漏らすと、ヴィデル様は私を甘やかすように頭をぽんぽんとしてからわしゃわしゃと少し乱暴に撫でた。
その後、お昼の時間になったので部屋にご馳走を運んでもらった。
ワインで乾杯をし、蕩けるようなステーキや頼んでいないのになぜか出されたフルーツの盛り合わせを満喫する。
私はお酒が強くないので普段はあんまり飲まないんだけど、嫌いなわけじゃない。
ヴィデル様は食事の時たまにワインを飲んでいるから、割とお酒が好きなのかなと思っている。
――こうしてご馳走を食べ終えて、ほろ酔いでケーキを食べ始めたときのことだった。
久しぶりのケーキを遠慮なくもりもりと食べていると、ヴィデル様がジト目でこっちを見ていた。
あ、もしかして私食べすぎ?
でもまだ二個目だしなぁ。
「お前は……何なんだ」
「ヴィデル様こそ怖い顔しちゃって、どうしたんですかぁ?」
何か怒ってる?
あ、もしかして、誕生日だからケーキを食べる前に歌ったりしなきゃいけなかった??
「今から歌いますか〜?」
「歌わなくていい」
「も〜、変なヴィデル様だなぁ」
「お前……酔ってるのか?」
ジト目を止めて怪訝な顔で私のグラスを確認するヴィデル様。
「ぜーんぜん酔ってませんよぉ。二杯しか飲んでませんし」
「じゃあ何でそんな場所にクリームを付けてるんだ」
「え? どこですか〜?」
テーブルナプキンで口周りを拭ってみるけど、白い布に白いクリームじゃ取れたのかよく分からない。
「取れましたぁ?」
そう聞くと、またもや怒り顔のヴィデル様が立ち上がって私の横に来たから、拭いてくれるんだと思って手に持っていたテーブルナプキンを差し出す。
けれどそれが受け取られることはなくて、代わりに頬のあたりを舐められた。
「え? 何で〜? クリーム取ってくださいよぉ〜」
ヴィデル様の服の袖をぐいぐいと引っ張って懇願していると、部屋のドアがコンコンと叩かれた。
「お茶をお持ちしました」
あ、嬉しい〜!
口の中が甘いからお茶飲みたい〜!
そう思ったのに。
「今忙しい。用があれば呼ぶから下がっていい」
「かしこまりました」
え? 忙しい? どこが??
「あの〜、お茶……」
『飲みたかったんですけど』と夫を見上げて目で訴えると、なぜか顔をむぎゅっと潰された。
「お前のせいだ」
「な、なにがれすか〜!?」
「お前がかわ……ったことばかりするから」
そう言ったヴィデル様の怒ったような困ったような顔が降りてきて、今度は唇を舐められた。
甘い舌と唇を受け止めていると、いつの間にか唇の隙間からそっと舌が割り入ってきて、ますます甘さが増す。
慣れない感触に戸惑ってると、それを見通しているかのようにとことん優しく動かれて、気持ちが解れていく。
そうして慣らされて完全に油断した頃、徐々に激しく舌を絡められ、舌も唇も幾度となく吸われて、その度に発せられる扇情的な音と伝わってくる熱でいやでも自分が昂って行くのを感じた。
まだ食事中なのに。昼間なのに。
いつ誰がドアをノックするかも分からないのに。
頭の中で思いつく限り「のに」を積み重ねてヴィデル様を止めなくちゃと思う一方で、そんなことどうでも良くなっている自分も確かにいて。
今までになく激しく求められて、口も脳みそもどろどろに溶かされて、体が火照って熱くなっていく。
引き出された情欲のままにもっともっとと強請るようにヴィデル様の首に腕を回した。
すると、それに呼応するように私の顎へ当てられていた手が少しずつ下へと降りていき、鎖骨を辿ってドレスの襟ぐりへ指をかけると突然ピタリと停止した。
ヴィデル様は完全に固まった後、徐ろに手も顔も離すと目を逸らして「すまない」と言った。
「……え?」
どうしていきなり止めちゃったの?
何で謝るの?
「……披露宴が終わるまでは、と頭では分かっている。なのに俺は今、お前を……」
ヴィデル様は途中で言葉を切って、片手で顔を覆ってしまった。
「私を……何ですか?」
「……」
何も言わないヴィデル様の顔の手をどけて、代わりに私の両手で顔を挟む。
その目は伏せられていて、視線を合わせてはくれない。
「続きを言って?」
「……」
「ヴィデル様、お願い」
するとヴィデル様の目元から耳までが赤く染まっていった。
普段は冷静沈着な美形が私の言葉で恥ずかしがって頬を染める。
こんな贅沢が他にあるだろうか。
そして、やっと目を合わせてくれたヴィデル様が心の内を吐露するように爆弾を落とした。
「俺はお前を抱きたくて堪らない。お前が、可愛くて仕方ないんだ」
言われることは何となく予想していたつもりだったのに、予想を遥かに上回る衝撃を真正面から食らって心臓が止まるかと思った。
ていうかたぶん一回止まった。
強請って無理やり言わせたのだから、何か返事をしないと。
みるみる顔に熱が集まるのを自覚しながら、必死で言葉を探す。
「あの……そう言ってもらえて、その……嬉し、い……です。だから、謝らないでください」
途切れ途切れで何とか言い終わると、私の両手の中の頭が小さくコクンと頷いた。
その仕草が可愛いすぎて頭のネジが吹っ飛んで、気付けば自分からキスをしていた。
こないだ教えられた通りに何度も角度を変えて唇を付け、一つ一つを丁寧に吸う。
けれどヴィデル様にされたみたいに上手くは出来なくて、口の端からとろりとろりと唾液が溢れてしまった。
慌てて口を離すと、目の前の形の良い唇がてらてらと艶かしく光っていて、それが私の行為のせいなのだと思うと胸がざわざわした。
長い指が、ゆっくりと私の口を拭う。
すごく大胆なことをしてしまったと気付き、急に恥ずかしくなるけどもう遅い。
上手く出来なかったけど、ヴィデル様が少しでも喜んでくれたらいいのに。
そう願いながらヴィデル様を見ると、うっとりするような微笑みを浮かべていて、私の左手を取った。
そしてさっき結んでくれた手首のリボンをするすると解き、現れた肌にそっと口づけを落とした。
……リボンを解いただけ。口づけしたのは手首。
特に意味なんて無いのかもしれない。
けれど、さっきの爆弾のせいでなんだか意味深に感じてしまう。
だってそれは、隠された肌を露わにして口づけをするという行為だったから……。
そんなことを考えて身体中がゾクゾクした私は変態なのかもしれない。
本気でそう思った。
*
翌日、いよいよ裁判開廷の日を迎えた。
証拠人という気楽な立場。
ヴィデル様の爵位継承、誕生日というおめでたい出来事。
そして日に日に増して行くヴィデル様の甘さ。
それらによって、私の中で裁判の存在はすっかり小さくなっていた。
油断していた。安心しきっていた。
だから、この裁判によって私の人生が大きく転換することになるとは、少しも予想することは出来なかった。
エリサが頼んでいないフルーツの盛り合わせが運ばれてきたのは、ヴィデル様がエリサのために頼んだからです!
エリサもそのうち気付くと思います!




