誕生日 〜前編〜
甘々な回が続いておりますが、もう少しだけお付き合いください。
裁判編は次々回からの予定です。
何事も無かったかのように席に着き、涼しげな顔で朝食を食べ始めたヴィデル様に問う。
「なぜレナール殿下が裁判を要求したんですか?」
「殿下が俺の計画に乗ったからだ」
……ということは殿下による裁判要求はヴィデル様の計画のうちで、かつ殿下はこちらの味方ということだろう。
「殿下は学園時代の友人で、エリサと魔道研究所の契約破棄の際に書面を用意して下さったのも殿下だ」
「あ! あの王家の紋章入りの書面ですか?」
「ああ」
離れの研究室で働き始めて間もない頃、私と魔道研究所の契約状態は曖昧だった。
その状態でアトラント領と契約すると二重契約になる可能性があると懸念したヴィデル様が、王家の証言をもとに魔道研究所に申し入れて正式に契約を破棄させてくれた。
……あの時に王太子殿下が協力してくださっていたとは。
そしてヴィデル様の口から『友人』って言葉を聞いたのは初めてで、ちょっと驚いた。
「裁判の際に殿下にお会いすると思いますので、お礼を申し上げるようにします」
「いや、礼は俺が言ったからいい」
「……」
ヴィデル様はそう言うけど、一番お礼を言うべきなのは私なわけだから、言えそうな時に言うようにしよう。
「あ、裁判までに私がすべきことはありますか?」
「裁判までにというわけじゃないが、作ってもらいたいものがある」
ん? ってことは、裁判で使うわけじゃないのか。
「何を作ればいいんですか?」
「音声記録用魔道具を常に携帯できるような大きさで作れるか? 録音時間は数時間程度が理想だ」
携帯式の音声記録用魔道具……。
しかも小型化に加えて大容量化。
実際、一週間後の裁判までに完成させるのはかなり厳しいかもな。
……あれ? 一週間後?
なんか他にも一週間後のイベントがあったような……。
……あ! ヴィデル様の誕生日!!
成人するんだから当然誕生日なのに!!
最近バタバタですっかり頭から抜けていた。
しかも昨日の時点で一週間後だったから、六日後に迫っている。
それなのにお祝いやプレゼントの準備をしようにも屋敷から出ることすら許されないという事態に気付き、一人パニックに陥る。
すると、いつまでも返事をしない私の顔をヴィデル様が覗き込んだ。
「……出来そうか?」
「あ、やってみます!」
そうだ、その魔道具を誕生日プレゼントにすればいいんだ!
裁判に使うものだったら結局は私のためのものってことだから、プレゼントにはならない。
けど、そうじゃないならヴィデル様のためのものってことだよね?
だったら、プレゼントにしていいよね?
……よし。絶対に誕生日に間に合わせる。
間に合わせてみせる!!
少しの時間も惜しくなった私は、朝食はしっかり完食してから自室に戻り、猛烈な勢いで設計に取り掛かかったのだった。
――そして五日後の夜。
ヴィデル様の誕生日前日に出来上がったのは直径四センチほどの懐中時計型の魔道具だった。
小型化と大容量化を両立するため、あるのは録音ボタン一つだけで再生ボタンも停止ボタンも無い。
録音ボタンを押す度に毎回上書きで音声が保存され、再生は別な魔道具に繋いで行う仕組みだ。
必要最低限の機能に絞り込むことで何とか完成させることが出来た。
私が黙々と設計と製作をしている間、ヴィデル様は書類の束や本の山と向き合っていたり、ルヴァ様の執務室や書庫に頻繁に出入りしていたりと忙しそうだった。
だから邪魔しないようにと思って、この五日間は用事が無い時はヴィデル様の部屋に行っていない。
……行ってもいいかな?
……まだ、仕事中かな?
迷った結果、『魔道具大全集』を抱えて隣の部屋をノックしたところヴィデル様は案の定仕事中だった。
「お仕事が終わるまで待っていてもいいですか……?」
「ああ、もう終わる。座って待っていろ」
許されてホッとして、持参した分厚い本をソファで広げる。
でも、はなから本の頁なんて見るつもりはない。
広げた本越しに、仕事をする夫を眺めるのだ。
けれど、ここのところ魔道具作りのために睡眠時間を削っていたせいか、それともヴィデル様と同じ部屋にいるという満足感のせいか、あっという間に寝落ちしてしまった。
気付くとヴィデル様の腕の中にいて運ばれている途中だったから、寝ているフリをした。
そしてベッドに降ろされ目を開けようとした瞬間、それより先にキスをされて目を開けるタイミングを逸したことに気付く。
『起きてました〜!』って言える雰囲気じゃなくなっちゃった!
今起きた風を装ってヴィデル様に声を掛けようにも、口が塞がれていてそれも出来ない。
どうしようかと困っていると、唇が触れ合ったまま唇をペロリと舐められ反射で体がビクッとする。
そのまま唇を隅々まで舐められるのを悶絶しそうになりながら耐え、ヴィデル様の顔が離れた隙に『今だ、起きよう』と思って開けた目に飛び込んできたのは私の胸元へ沈もうとする金色の髪だった。
ゆったりとした寝巻きの襟ぐりの一番下の部分。
いつも首飾りの石が位置する辺り。
そこに唇が当てられ吸われる感触に、寝ているフリをしていたことなど吹っ飛んで咄嗟にヴィデル様の頭を両手で挟んで離そうとするけどビクともしない。
ただ一箇所を吸われ続けて、何がなんだか分からなくて、気付けば「ヴィデル様待って」という声が口から出ていた。
……待って、って何?
……後でならいいってこと?
自分の台詞に恥ずかしくなって顔を熱くしていると、綺麗な鬼が目を合わせて追い討ちをかけてきた。
「寝たフリは終わったのか?」
「き、気付いてたんですか!?」
言いながら吸われていたはずの場所を見れば、輪郭のぼやけた赤い印が付いていた。
「な……ちょ、これ!」
「首飾りで隠れるだろ」
付けた張本人は小首を傾げて悪びれる様子もなく言う。
「隠れませんよ!」
「なら首元が詰まった服を着ろ」
「ぐぬぬ〜〜」
唸りながらたまたまヴィデル様越しに視界に入った時計。
よく見れば夜時計の針は真上を過ぎている……!
恥ずかしいやら悔しいやらで感情が忙しくて大事なことを忘れていた。
飛び起きてベッドに正座すると、ヴィデル様が怪訝な顔をした。
「ヴィデル様、お誕生日おめでとうございます!!」
「……」
「プレゼントは明日渡しますね! ……あ、もう明日になったから、えっとつまり」
ごにょごにょと宣っていると、両方の脇の下を掴まれてまるで子供を抱っこするみたいに引き寄せられ、ぎゅうっと抱き締められた。
珍しく腕にぎゅうぎゅうと力を込めるヴィデル様が何だか可愛く感じて、抱き締められているのに私が抱き締めているような不思議な感覚になる。
「あの……最近はお誕生日祝いのパーティーはしていないと聞きました。けど、お屋敷の皆がケーキやご馳走を用意してくれているんです。今日、一緒に食べませんか?」
そう誘ってみると、回されている腕の力が緩んで、代わりにじぃっと見つめられた。
……嫌かな?
見つめ返しながら返事を待っていると、とんでもない返事が返ってきた。
「お前と二人なら何でもいい」
ちょ……っと待って。
真顔でそれは……死ぬ。
やばい……目を合わせていられない。
あ、息するの忘れてた。ホントに死ぬ……。
「そ、それは……良かった……です」
恥ずかし過ぎて、両手で顔を覆いながらなんとか返事を返すと「楽しみだ」と聞こえた気がした。
え? 今のヴィデル様が言ったの?
本当に?? 空耳じゃなくて??
信じられなくて、顔に当てた両手の指を少し広げてみると、永久凍土さえも余裕で溶かしそうな甘い瞳が私を見つめていた。
空耳じゃなかったと分かるのに、それだけで十分だった。
いつもお読みいただきありがとうございます!




