おまえを手放すつもりなど、ない
「おまえ、いったい誰を殺ったんだ?」
「誰も殺ってません! そんな人間に見えますか?」
「いや。だが、即クビにされるくらいのことをしたんだろう?」
「本当に、何もしていないんです……。しばらく会っていない義妹が突然、私にナイフで刺されたと言い出して、父も、研究所の所長も、婚約者も、皆それを信じて……」
自分で言っていて目頭が熱くなる。ティオナに話した時は平気だったのに。
「そうか。それは……大変だったのだろうな」
「……私のことを信じてくださるのですか?」
「ああ。信じよう」
「ありがとう、ございます」
我慢できず、涙が溢れてしまった。頬を暖かい涙が伝う。
ヴィデル様とは知り合ったばかりなのに、普段はすごく厳しい人なのに、二つ返事で信じてくれるという。
自分の言葉を信じてもらえることは、こんなに嬉しいことだったのだ。
「それで、おまえの今後についてだが」
「元いた場所がどこであれ、私には他に居場所がありません。どうか、このままここに置いていただけないでしょうか? 遠距離通信用魔道具だって、時間はかかりますが作れます! お願いします!」
「おまえを手放すつもりなど毛頭ない。仕事はいくらでもある。安心しろ」
うーん、前半のセリフは100点だったのに。仕事かぁ、いっぱいあるのかぁ。
「ありがとうございます。それで、今後というのは?」
「記録用魔道具はそれはそれで作っていい。だが、遠距離通信用魔道具の開発も並行して進めろ」
「先にお伝えしておきますが、遠距離通信用魔道具は、王家に納品するような品質を求めた場合、開発に半年から一年はかかるとご認識ください。なお、試作を繰り返してある程度の品質になったタイミングで、まずは領内で実用化ということであれば、三〜四ヶ月ほどで利用開始まで持っていけるでしょう」
「後者で進めろ。遠距離通信用魔道具については、私に見せるのは設計図ではなく試作機でいい。設計図を作り込む必要はない。だが、本格的に実用化された際には、その時の魔道具の状態を設計図に隈なく落とし込め」
「かしこまりました」
前世のSEの経験から、ヴィデル様のようにすぐに結果を確認したがるタイプを相手に開発する場合は、プロトタイプを作って見せて、どんどん改造していく開発手法が合っていると思ったのだ。
ヴィデル様の言っている、最初は設計図に手をかけないというのも理に適っている。試作機の改造を繰り返すため、改造の度に設計図を直す手間がかかるためだ。
また、本格実用化の際には、魔道具をある程度の量生産する必要が出てくるため、他の製作者でも生産できるように設計図に落とし込む必要がある。
私の上司は、見た目だけでなく、魔道具開発のセンスも秀でているようだ。
「遠距離通信用魔道具の開発に必要な物は、明日までにメモしておけ」
「はっ」
「ではな。励めよ」
そう言い残して、ヴィデル様は出ていった。
励めよ、とな。直訳すると、『頑張ってね!』ってことである。
ついつい脳内リピートしてしまう。録音用魔道具の開発も急務である。
「あ、ちょっとお待ちください! 鍵をかけるのは、荷車の荷物を中に入れるまで待っていただけませんか?」
「……一分待つ」
いいい、一分?まあ大した量じゃないはずだからいいけども。
急いで外へ出る。
すると、荷車がすごいことになっていて、思わず声が出た。
「ちょっ!」
そこには、山積みの荷物があった。メモに必要な数も書いたはずだが……。
試しに、荷物の山の中から銅板を取り出してみると、三ケースあった。メモには「銅板 三」と書いたから、まあ、メモ通りではある。
どうやらこちらのサイコパスは、素材をケースごと買ってきたらしい。
だが、遠距離通信用魔道具、略して『遠通魔道具』も作ることになったので、工具も素材も魔石も、余ることはないだろう。
上司をパシッた上に無駄遣いさせたことにならなくてよかった。
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