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ヤキモチ

ヴィデル様は私との話を終えると前哨基地へと戻っていった。


そして、ヴィデル様とカサル様が揃って屋敷へと帰ってきたのはそれから三日後のことだった。


  *


「それで、ストレイン領まで馬を飛ばしたというわけなのね?」


アトラント家の本宅内の食堂で、アリーシャ様、カサル様、ヴィデル様、私の四人で食卓を囲んでいる。

こんな日が来るとは想像していなかったので、ちょっと感動。


アリーシャ様に聞かれたカサル様が答えた。


「はい。今回王都からの援軍は来ないだろうとみていましたが、王都軍に対して形だけは援軍要請を行いつつ、私がストレイン領へと向かったのです」


「カサル様はゼフェリオの二百の小部隊の討伐へと向かわれたのだと思っていたので、カサル様の姿が見えた時には本当に驚きました」


私がそう言うと、カサル様はふんわり笑って言った。


「ヴィデルの提案で、ゼフェリオの二百と王都軍の相手は副官に任せることにしたんだ。ほぼ確実にアトラント領軍を引き付けるための罠だったし、数ではこちらが有利だから危険も少なかったしね」


「そうだったのですね」


カサル様は手に持つグラスを揺らしながら「それに」と言葉を続けた。


「私がストレイン領に向かったのもヴィデルの案だよ。よく、思いついたものだと思う」


そう言ってカサル様はヴィデル様に優しい視線を投げかけた。


ヴィデル様はナイフとフォークを置き、カサル様に軽く頭を下げた。


「丸二日、馬で駆け続けていただくことになってしまい、申し訳ありませんでした」


「いや、ストレイン領の五百が向かわなければ前哨基地は壊滅していただろうし、ストレイン領軍の指揮をするのは訓練に混ざっていた私が適任だった。だからヴィデルは正しく最適な判断をしただけだ。気にしないでくれ」


二人の会話を、アリーシャ様はニコニコと聞いていた。

そしてその会話が途切れた時、「エリサちゃんの活躍ぶりもぜひ聞かせてほしいわ」と言った。


するとカサル様がハッとした表情で勢いよく私を見た。


「そうだ、エリサにお礼を言っていなかった。君のお陰で、ストレイン領から借りてきた兵は誰一人命を落とすことなく帰還することが出来た。あの時、ゼフェリオ軍が魔道具を使っていれば決してそうはならず、百や二百の犠牲が出ていてもおかしくなかったんだ」


カサル様はそう言うと一度言葉を切り、私の目を見て「君のお陰で助かった」と言った。


「いえ、そんな!」


突然の感謝の言葉に戸惑う。

それに、その言葉を素直に受け取っていいのか分からない。


「下手に敵を攻撃する魔道具を作れば魔道兵器だと追及される。だがゼフェリオの想定外の猛攻に対抗するには強力な一手が必要だった。まさかあの場の全ての魔道具を無効化するようなことが可能だなんて……。君は素晴らしい魔道具師だな」


「ち、違うんです! あれは以前ヴィデル様が仰っていたことを具体化しただけで、私がすごいわけではなくて……」


次々に手放しで褒められたことに困惑し必死で謙遜すると、アリーシャ様がカサル様に加勢した。


「それでも、あなたがそれを形にして自ら戦場へ届けて、多くの命を救ったことは事実でしょう? 私からもお礼を言わせて頂戴。大事な兵たちの命を守ってくれたこと、感謝しているわ」


四つの綺麗な翠色の瞳が、私を優しく見つめている。

それが何より、二人の言葉に心が篭っていることの証明だと思った。


二人が私にお礼を言ったことは、ヴィデル様からは勝手なことをしたと怒られたことだ。


ヴィデル様が私を心配して怒ったことはよく分かっているし、実際勝手なことをした。

いくらリュカさんたちと作戦を練っていたとはいえ、カサル様たちがもし魔道具でゼフェリオ軍を攻めようとしていたりしたら私のせいで作戦を狂わせる可能性だってあったのだ。


それについては後から物凄く反省した。


だけど……だからこそ、二人の言葉が嬉しかった。

でもヴィデル様の手前、嬉しがる素振りを見せていいのか分からない。


ヴィデル様をチラリと見ると、その視線はお皿に落とされていて表情は分からなかった。


それから食事が終わるまで、ヴィデル様は一言も言葉を発しなかった。


  *


夕食後、ヴィデル様と一緒に部屋に戻ったのだが、ヴィデル様はすぐに部屋を出て行った。


そこで、思い付くままにドライヤー的な魔道具の風量調整の設計を始めた。

風の魔石を二つに増やし、スイッチのオンオフだけで魔石一つ分の出力とするか二つ分の出力にするかを選べるようにすることを思い付いたのだ。


この仕組みが上手く出来れば、ドライヤーだけでなく洗濯機や調理器具など様々な魔道具の出力制御に応用できそうだ。

久しぶりにワクワクしてきた。


私が黙々と回路の設計図を書いていると、ヴィデル様が戻ってきた。

お風呂上がりの良い匂いが、部屋の中にふわっと香る。


気付けばテーブルの上は物凄く散らかっていた。ここを片付けてお風呂に行こうと設計図を整理し始めると、椅子に座ったままの私をヴィデル様が後ろから抱きしめた。


「えっ!? ど、どうしたんですか?」

「気にせず続けろ」


いや無理でしょ!


ものすごく近くで良い匂いがするし、ヴィデル様のほかほかの体温とゴツゴツした体の質感が伝わってくるし、何より後ろから前へと回された腕のせいで私の腕は動かない。


……食事の時間、私は楽しかったけどヴィデル様は悲しい気持ちになったのかな?


ヴィデル様はカサル様とアリーシャ様のことを好きなわけではないとは思っていた。

でも、最近ヴィデル様の口から語られたカサル様との思い出や、カサル様との会話風景を見る限り悪い関係には見えなかった。


だからますます、ヴィデル様があのお二人をどう思っているのかがさっぱり分からないのだ。


今日の夕食はアリーシャ様への報告とカサル様とヴィデル様の労いの会も兼ねていたから、仕方なく参加したのだろうと想像してはいたけれど。


考えを廻らせるあまり身動きもせずに固まっていると、耳元で予想外の言葉が聞こえた。


「お前と二人の方がいい」

「ええっ!?」


唐突に甘い!!


どんな顔をしているのか見たくて、表情を伺おうとするけれどご本人に遮られてちっとも見えない。


「えっと、食事の話ですか?」

「ああ」

「私もヴィデル様と二人の食事、好きですよ」

「そうか」


そう言ったきりヴィデル様は黙ってしまったが、腕は解かれない。


まだ、何か言いたいことがあるのかな?

そう思ってじっと待った。


「……俺も、お前に礼を言わなければならない」

「礼? 何のです?」

「ゼフェリオ軍との戦いの時のことだ」

「あ、あれはでも……私が勝手に」


言葉の途中で、ヴィデル様の腕に力が込められたので口をつぐんだ。


「それでも、助けられたことは事実だ。実際、お前がゼフェリオ軍の魔道具を無効化していなければ城門が破られていただろう。……あの時、耐魔素材で覆った城門に既に亀裂が入り、破られる寸前だった。兄上達が到着する前に敵に城内に入られてしまえば、かなりの犠牲が出ていたはずだ」


何て返事をすればいいのか分からず黙っていると、ヴィデル様は溢すように「ありがとう」と言った。


それを聞いた途端、心臓がぎゅうっとなった。


同じことをカサル様とアリーシャ様に言われた時とは全然違う。

本当かな? とか、喜んでいいのかな? とか考える隙間なんてなくて、耳から入ってきたその言葉は私の頭ではなく直接胸へと届いたかのようだった。


嬉しい。嬉しい嬉しい。

良かった。ホッとした。ヴィデル様の役に立てた。


私もヴィデル様をぎゅっとしたくて、回された腕を上にずらして椅子から降りるとすべすべのパジャマの胸元へと飛び込んだ。


一度解かれた腕が、すぐにまた私を守るように回されたことがとても幸せだと感じる。


「お前が二人いたらいいのに」


いつもの口調でヴィデル様が言う。


「それ、前にも言われました」

「……あの時は、エリサが二人いれば二倍のスピードで魔道具開発が進むのにと思ったんだ」


あの時『は』?


「じゃあ、今は?」


甘やかな雰囲気に、遠慮なくそう聞いた私が間違いだった。


「守る用と、殺す用だ」


……サ、サイコパス!!

こないだ何回も殺したくなったとは言われたけど、『殺す用』って何!?


「あの……ご存知かと思いますが私はこの世に一人しかおりませんので」


『守る用にしていただくようお願いします』と言う前にヴィデル様は私をひょいと抱きかかえた。

抱き、かかえた!!


「そうだ。だから問題なんだ」


当然の出来事と、斜め下という変な角度から見上げても綺麗な顔に驚いていると、スタスタと運ばれベッドの上に降ろされた。


え? これどういう状況??

お姫様抱っこで運ばれてベッドに降ろされたよ?


ヴィデル様は両手と両膝をベッドにつき、降ろした私の上に覆いかぶさるような体勢になった。


完全にキャパオーバーな状況に、私の脳内の全ての活動が停止した。


「お前が手の届く範囲にいて、俺の言うことを聞いていれば問題ないと、そう思ったが……」


ヴィデル様はそう言いながら私の手を片方ずつ自分の手でベッドに押さえつける。


「兄上と話してヘラヘラと嬉しそうにするお前を見ても、殺したくなったんだ」

「それは……」


停止していた脳内で、『ヤキモチってやつですか?』という声がした気がする。


でも、この声は私の口から出てくることはなかった。


形の良い柔らかな唇が、最初はおでこに、次は頬に、そして耳たぶ、首筋へと下りていくのに私の全神経が集中したからだ。


……待って、首の次はどこへ行くの?

心の準備が……あ、私まだお風呂に入ってない。体の準備も出来てません!!


現実的な課題に気付き急速に覚醒する思考。

ヴィデル様を止めないと!!


そう思うのに、首にかかる石の硬く冷たい感触のすぐそばに、それとは正反対の感触を感じて何も言葉が出てこない。

ヴィデル様を見れば、唇は私の胸元に落としたまま、私を射抜くような鋭い目線を投げて寄越した。

その視線を受けた途端、ドキドキなのかゾクゾクなのかよく分からない感覚が体を支配した。


ヴィデル様はやっと唇を私の体から離し、静かに言った。


「話し相手に気を付けろ。お前は一人しかいないんだ」


……コレ、ヤキモチなの?

本当にそうなの? 合ってる?


文脈的に、カサル様と話したら殺すぞってことだよね?

ヴィデル様には珍しく遠回しな言い方だけど。


それに、本宅で暮らしながらカサル様との会話を避けるのはけっこう難しそう。


……でも、遠回しでも狂気じみていても、ヴィデル様の素直な気持ちであることは間違いないのだ。


それに、『二度と話すな』ではなく『気を付けろ』と言われたことに、優しさを感じてしまうのはおかしいだろうか?


「分かりました、ヴィデル様」


気付けば、そう返事をしていた。


「ならいい」


口癖のようなその言葉を口にした時、ヴィデル様が満足そうな顔をしたから、それだけで十分だと思った。



――けれど翌日、未だ王都に留まっているルヴァ様から手紙が届くと、私は自分の返事を少しだけ後悔することになるのだっだ。


いつもお読みいただきありがとうございます!


本作品について、昨日から小説家になろう公式の『今日の一冊』ページに掲載いただいております!

https://syosetu.com/issatu/index/no/153/


皆様のお陰です。ありがとうございます!!

引き続き、よろしくお願いいたします!

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