勝敗
本話で戦い編が終わり、次話から日常編に戻っていきます!!
夜が明け、商隊に扮し馬車で前哨基地へと向かう私と三人の兵たち。
民間人はその国籍を問わず、軍人が攻撃してはならないというのはセレスティンとゼフェリオの二国間の条約で定められているそうだ。
アリーシャ様のアイディアでアトラント家所有の馬車をアジェリアの魔道具屋の馬車に偽装し、適当に積荷を乗せてある。
そして長身茶髪のサイラスさんとオリーヴ色の髪のマルスさんが御者に、私と銀髪のリュカさんが魔道具屋と護衛に扮している。
アトラント家のお屋敷から前哨基地までは騎馬で一時間ほどだから、馬車なら二時間ほどだろうとのことだった。
「どのくらい、基地に近づけるでしょうね」
馬車に揺られながら、隣に座るリュカさんがそう言った。
「だんだん、不安になってきました……。上手くいかなかったら、近づけなかったら、敵兵に見つかったら……。悪いことばかりグルグルと考えてしまいます」
「エリサ様」
名前を呼ばれて顔を上げると、スミレ色の綺麗な瞳と目が合った。
「先ほど実際に魔道具の効果を見せていただき、この作戦は必ず上手くいくと私は確信しています。それに、もし敵兵に見つかり積荷を検められたとしても、この魔道具を見てその効果が分かるとは思えません。ですから、近づくことさえ出来れば我々の勝ちですよ」
はっきりとそう言い切ったリュカさんは、少しだけ口角を上げて微笑んだ。
リュカさんも、マルスさんもサイラスさんも、皆この危険な作戦を一つ返事で承諾してくれた。
絶対に、成功させなくちゃいけない。
それからしばらく馬車に揺られること一時間。前哨基地に近付くにつれて、爆音轟音が聞こえ出した。
そしてさらに三十分。
漸く私たちの視界に前哨基地が現れたその時、あまりの光景に私の全身に鳥肌が立った。
ヴィデル様から聞いていた通り確かに城と言った方が適切であろうその石造りの建物は、四方八方から火やら氷やら雷やらの魔法を浴びせられていたのだ。
こんな攻撃に、耐え続けていたの??
昨日から??
「こ、こんなに攻撃を受けて、大丈夫なのですか……?」
『大丈夫です』と言ってほしくて、安心したくて隣のリュカさんを見ると、明らかに驚いた顔をしていた。
「これは……これほどまでとは……」
「どんな状況なのですか?」
「かなり押されています。何より敵の数が予想より五百……いや千は多いはずです。あの攻撃が続くようなら、門が破られるのも時間の問題です。エリサ様、魔道具の設置を急ぎましょう」
予想より千も多い!?
じゃあゼフェリオは王都ゼフールの守備も捨てて全軍で攻めてきたっていうの!?
前哨基地にいるアトラント領の兵の数は二千だから、敵の数は倍以上だ。
戦力差を計算しようとする頭を無視して、私の手は一つ目の無限ループ回路の設置を進める。
前哨基地が見える位置で馬車を止め、草むらの中に一つ目を設置しているのだ。
本当は土か何かを上からかけて隠したいが、魔素は物理的な壁を透過しない。
だから少し草をかけるくらいが精一杯のカモフラージュだった。
何より、丁寧に隠している時間はない。
私たちは、『荷物を運ぶ途中で戦いに出くわしてしまい迂回しながら馬車を走らせている風』を装って残りの無限ループ回路の設置を進めた。
幸い、どこの誰からも誰何されることもなく無事に五つ全ての設置を終えることが出来た。
五つの無限ループ回路は全て、手元の『リモコン』で遠隔起動できるようにしてある。この仕組みにも夫婦石を使った。
だから馬車ごと安全な場所まで離れたら、リモコンで起動すればこの辺り一帯の魔道具が全て無効化されるはずだ。
けど、その前に。
「エリサ様、ヴィデル様に合図を」
「はい」
首元の赤黒い石に魔力を流す。
するとほんのりと熱を帯びるのを肌で感じる。
アリーシャ様やリュカさんたちと作戦会議をしていた時に思い出した、ヴィデル様とお揃いの兄弟石。
皆の前で試しに魔力を流したら、ほんのり温かくなった。
兄弟石には魔力を流しても熱を出すような効果はないため、恐らくこの石には火の魔石がほんの少しだけ混ぜてあるのだと予想している。
魔石と魔石を混ぜて一つの魔石にするなんて、これまでに聞いたことがない。
でも、この首飾りをよく見ても他に魔石らしきものは見つからないから、効果と併せて考えるとそうとしか考えられないのだ。
どうか、伝わって。
ありったけの魔力を流して万一ヴィデル様の耳が焼け焦げたりしたら大変なので、そっと魔力を込める。
今から魔道具が使えなくなります。
その間に魔道具以外の武器を使って反撃してください。
どうか、伝わって。
絶対に負けないで。
魔力を流すのを止めて一分ほど経った頃に、首元がほんの少し温まるのを感じた。
ヴィデル様からの返信だ!!
なんか感動して泣きそう。
私が近くにいて何かしようとしていることが、きっと伝わったはず。
だってヴィデル様だもん。いつだってほんの少しの情報で全部分かってしまうのだ。
だから、絶対分かってくれたはず。
リモコンを握る手の震えが止まった。
「いきます」
三人を見てそう言うと、皆同時に頷いた。
意を決して、リモコンのスイッチを押す。
するとその瞬間、火も氷も雷も全てが止み、一瞬だけ辺りが静まり返った。
その直後に聞こえてきたのは、恐らくゼフェリオ軍の混乱の声。
突然全ての魔道具が使えなくなったのだから、混乱して当然だ。
続いて聞こえてきたのは先ほどの声よりもっと高い場所からのまるで勝鬨のような声。
城の中から地面のゼフェリオ軍に向かって、投石機の石や弓矢がこれでもかと打ち込まれ始める。
上手くいった……!
ほっとした。良かった!
これで、倒せる?
勝てるよね?
そう思って後ろの三人を見ると、リュカさんだけ渋い顔をしていて愕然とした。
これでもダメってこと??
「リュカさん、解説を……お願いします」
「……このままでは恐らく、こちら側の物資が持ちません。投石機の石や矢などはそこそこ蓄えてありますが、とにかく相手の数が多すぎるのです」
「……ということは?」
「今はこちらが押していますが、こちらの遠距離攻撃手段が尽きる、あるいはゼフェリオ軍に通常武器が届けられるなどすれば、また形勢が逆転します」
「そんな……」
じゃあどうすればいいの?
他に何か出来ることは?
一時的に魔道具の無力化を解除して、こっちの攻撃だけ当てて敵に魔道具を使われる前にまた無力化させるとかは?
……いや、ヴィデル様にタイミングを伝える手段がない。
無限ループ回路を起動している間は、私の首飾りからヴィデル様のピアスまでの魔素の移動ですら、無限ループ回路に吸い寄せられて無効化されてしまう。
どうしたらいいの!?
――その時だった。
馬群の蹄の音が聞こえてきたのだ。
その数は十や二十じゃない。百や二百でもないだろう。
どこから? 敵なの? 味方なの?
どうか味方であってください神様でも仏様でも何でもいいからお願いします!!!
「……あれは、カサル様!?」
「なぜ、王都の方角から!?」
マルスさんとサイラスさんが驚きの声を上げた。
二人が見る方向を見れば、土煙の中で見え隠れする先頭の白馬に乗るのは確かに見覚えのある黒髪の騎士。
なんで!?
カサル様は王都軍と一緒にゼフェリオの二百を討伐しに行ったんじゃなかったの!?
「……恐らくですが、カサル様と共にいるのはストレイン領の兵かと思われます」
「「ええっ!?」」
リュカ様の衝撃的な発言に、私だけでなくマルスさんとサイラスさんも驚きの声を上げた。
「馬の質や兵の動きから見て、王都軍でないことは確かです。となると現れた方角からしてストレイン領の兵としか思えないのです。数は四百……いや五百はいそうですね」
何がどうなってるの!?
前哨基地の門に群がるゼフェリオ軍の背後にあたる方角から物凄いスピードでやってきたカサル様の軍は、カサル様が手を挙げ振り下ろすとスピードを落とさず綺麗に三列に並び、三本の巨大な槍のようにゼフェリオ軍に突っ込んでいった。
突っ込んだ騎馬は剣や槍を振るうとすぐに反転して逃げていくから、ゼフェリオ軍はそのスピードと勢いに反撃すら出来ない様子で、その数を徐々に減らし始めた。
カサル様たちが城門を破ろうとするゼフェリオ軍の主力を徹底的に叩き、城の後ろや横に回り込んだ残りのゼフェリオ軍を城の中から雨のように降ってくる石や火矢が倒していく様子は、先ほどまで劣勢だったことがまるで信じられないくらい凄まじかった。
そして、どれくらい時間が経っただろうか。
三十分? 一時間?
あっという間に勝敗は決し、ゼフェリオ軍はその数を半分ほどに減らし潰走していく。
本当の勝鬨が、城の中と外から聞こえてきた。
……夢じゃないよね?
私、神様やら仏様やらに祈りすぎて夢見ちゃってないよね??
周りの三人を見れば、興奮した様子で「エリサ様やりましたね!」「カサル様万歳!」「ヴィデル様万歳!」と口々に言っているから、どうやら夢じゃないらしい。
いや、私たち四人全員が同時に同じ夢を見てる可能性も……。
するとその時、猛烈に首元が熱くなった。
「あつっ!」
ちょっと! ヴィデル様! 熱い!!
……でも、この感覚は夢じゃない。
夢じゃない!!
「我々は、魔道具を回収したらお屋敷へ戻るということでよいでしょうか?」
マルスさんにつぶらな瞳でそう聞かれ、どうすべきなのか困って他の二人を見ると「報告はした方がいいとは思いますが、今はまだ近くに敵兵がいて危険です」とサイラスさんが言う。
でも、御者をしてくれた二人は特に疲れているよね?
そう思ってリュカさんを見ると「この二人は一日中駆けても馬に乗り続けてもビクともしませんので、ご安心ください」とにっこり笑った。
何で私の言いたいことが分かったんだろう。
でも、それならお言葉に甘えよう!
「では魔道具を回収し、お屋敷まで向かってください! よろしくお願いします!!」
マルスさんとサイラスさんが「承知しました」と言って馬の方へと進んだので、私もそそくさと馬車に乗り込もうとしたその時。
また首飾りが熱を帯びた。
ヴィデル様、絶対怒ってるよね。
あんなに何度も『大人しくしてろ』って言われて、珍しく『お願いだから』とまで言われたのに、勝手なことしたからな……。
首元の仄かに赤く光る黒い石を見ると、本当にヴィデル様の瞳のように思えてくる。
会いたいな。
怒ってても首絞められても何でもいいから、早く会いたい。
……そう、この時の私はヴィデル様が怒っていることも首を絞められることも覚悟していた。
でも、想像を遥かに上回る殺気を背負った夫と対面する日が迫っているとは予想だにしていなかったのだ。
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