作戦会議
前話の後書きに、今後のお話の予定について記載しております。
戦い編を書けば書くほどブクマが減っていく状況に心が折れかけておりまして、書くスピードを早めて少しでも早く戦い編を終えて平和編に入れるよう頑張りたいと思います。
――ヴィデル様が出発してから二日が経った。
ルヴァ様もヴィデル様とほぼ同時に出発され王都へと向かわれたが、どんな状況なのかは分からない。
遠距離通信用魔道具の設置が終わっていればと悔やんでも悔やみきれない。
王都にも前哨基地にも、あとは設置するだけというところだったのだ。
遠通魔道具がないと従来通りの光を使ったモールス信号的な通信や色のついた煙を上げる連絡手段しかない。
そして、今のところ王都からも前哨基地からも、光も煙も届いていない。
『便りがないのは良い知らせ』なんて誰が言ったんだろう。
便りを出せないくらいピンチだったり、便りを出したらピンチになるから出せないだけかもしれないのに。
そんな時だった。前哨基地で青色の煙が上がったのは。
ルヴァ様が不在の間、領主代行を務めるアリーシャ様の元へ私と三人の兵と執事が集められた。
「青の煙は、王都に対する援軍要請です。ですが……あまりにも早すぎます」
背の高い茶髪の兵が、アリーシャ様に意見を求められてそう答えた。
「恐らくですが、想定を遥かに超える敵に囲まれたのではないでしょうか。元々想定していた敵軍の数は最大で三千八百ほどですが、もしかするとさらに五百ほど集まったのかもしれません」
そう言ったのは片目に眼帯をした銀髪の兵だ。
「ですが、ゼフェリオ軍の二百を討つために来ている王都軍の五百とそちらへ向かったアトラント領軍の五百が向かえば十分埋まる差です」
オリーブ色の髪を後ろで一つに束ねた細身の兵がそう言うと、茶髪の兵が頷き、後を続けた。
「もしくは王都から急ぎ援軍が向かってくれれば、半日もあれば着きます。敵の数が多くとも一日ほどなら守りを固めれば耐えられるはずです」
「……そうですか。よく分かりました。ですがゼフェリオ軍の二百を掃討中のセレスティン軍の千は当てにしない方がいいでしょう」
「なぜです? 王都軍の五百はまだしも、カサル様の指揮なら五百で二百を討つのはそう時間がかからないかと」
茶髪の兵がそう言うと、銀髪の兵が首を横に振った。
「いや、アリーシャ様の仰る通りだ。あの二百はあくまで陽動。セレスティン軍の千を引きつけるために出てきたのであり、まともに戦うつもりがないと見たほうがいい。となればセレスティン軍の千は今頃、ゼフェリオ国内の奥深くに引き込まれているかもしれない」
「……主人が王都にいますから、こちらから光の通信を試みましょう。なんとしても王都軍から援軍を早急に出してもらわなくては。セドリック、通信の手配をお願い」
「畏まりました、至急手配いたします」
……つまり。
大ピンチってことだよね?
でも、援軍が来てくれれば、それまで耐えられたら大丈夫ってこと?
私の脳内で、ヴィデル様に言われた言葉が再生された。
『おそらく今回は王都軍も我が領の敵だ』
……援軍なんて、来てくれるのかな?
来てくれなかったら、どうなるの?
考えたくなくて、怖くて、ヴィデル様の部屋に戻った私はとにかく無駄に手を動かし続けた。
ティオナの優しい言葉も、少しでも心が休まるようにと淹れてくれたお茶も、体を素通りしていく。
目の前に積み上がっていくのは大量の無限ループ回路。
……あ!!
あれだ! あれを作ればいいんだ!!
私は夢中で、ヴィデル様の部屋にある材料と研究室に残っている材料の全てを使って無限ループ回路を組み続けた。
一つでも多く。
少しでも早く。
組み上げた回路はおそよ五十個。
さらにそれを十個ずつ連結していく。
そうして出来上がったのは、五つの巨大な無限ループ回路だった。
あとはこれを届けなくちゃ。
部屋を出てアリーシャ様の元へと向かう。
「アリーシャ様、お願いがあります」
「……エリサちゃん、それ、何かしら?」
「これは、ゼフェリオ軍を無力化する装置です」
「無力化??」
「はい。この五つの装置を前哨基地の周りに配置出来れば、ですが……」
「……援軍が来ない可能性を考えて、作ってくれたのね」
「あの、王都からの連絡は……?」
「……それが、光の通信に対して何の応答もないの。煙も上げたけれどそれにも反応がないのよ。こんなの、おかしいわ。あり得ない」
アリーシャ様が唇を噛み締めるようにそう言い、壁に掛けられた時計を見た。
銀髪の兵が言っていた、『一日ほどなら守りを固めれば耐えられる』という言葉。
王都から援軍が駆けつけるのに半日は必要で、あと六時間ほどしか猶予がないのに未だ連絡がつかない状況ということだ。
「アリーシャ様、お願いがあります。三人の兵と共に、私が前哨基地に向かうことをお許しください」
「エリサちゃんが!? それはダメよ。絶対にダメ」
「……前哨基地にいるのがルヴァ様だったら、アリーシャ様は屋敷で待っていられますか?」
少し沈黙した後、アリーシャ様が私の目を見てポツリと言った。
「私だったら……剣と弓を持って馬に乗って主人の元へ向かっていたと思うわ」
「えっ!?」
その答えは完全に予想外だった。
「ふふ、私、こう見えて剣術も弓術も馬術も得意なのよ。幼い頃からお祖父様にこっそり教えてもらっていて、親に見つかる度に叱られたわ」
アリーシャ様の目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「……エリサちゃんが基地に行きたい気持ちも、何かしたい気持ちもよく分かるわ。そしてエリサちゃんには、戦いを止める力がある」
「じゃ、じゃあ、許可いただけるのですか?」
「二つ、条件があるわ」
「条件、ですか?」
「ええ。一つは、王都からの援軍が間に合わなくなるギリギリまではここで待つこと。もう一つは、魔道具で誰も傷つけないこと」
本当は今すぐにでも向かいたいんだけど……。
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「一つ目は、もしエリサちゃんが魔道具を使って戦いを止めた後で援軍が到着してしまったら、エリサちゃん含めアトラント領側の立場が危うくなるからよ。それに今は夜だから、さすがに夜が明けるまでは行かせるわけにはいかないわ。危険すぎるもの」
私だけじゃない、一緒に来てもらう兵にも危険が伴うはずだ。
そう気付いて、アリーシャ様に向かって頷く。
「二つ目は、魔道省大臣の許可なく作った魔道具で人を傷つけてしまったら、原則終身刑が適用されるからよ。例え相手が敵軍であってもよ」
あ、終身刑の条件は『人を傷つけたら』だったんだ。
「では、傷つけなければ良いってことなのでしょうか?」
「そうね。細かく言えば拘束したり洗脳したりといった行為も禁止されていたはずだけれど、エリサちゃんのその魔道具はどうやって敵を『無力化』するのかしら?」
「私の魔道具は『あらゆる魔道具を無力化』します。誰かを傷つけることも、拘束することも洗脳することもありません」
「魔道具を、無力化……。なるほど。ゼフェリオの武器のほとんどが魔道武器。対してこちらは通常武器の方がやや多いはずだから、それはかなり有効な手に思えるわね。兵たちの意見も聞いて、作戦を立てましょう」
こうして三人の兵も加えて入念に作戦を練った。
私の作戦を聞いた兵たちは、三人ともかなり有効だと評価してくれた。
中でも銀髪に眼帯の兵はリュカという名前で、元々アトラント領軍の副官を務めていたらしく、とても頼りになった。
眼帯をすることになった怪我を負った際に自ら副官を降りたそうだが、基地のことや軍全体の戦い方、周囲の地形に至るまで知らないことがないのではと思えるほどだった。
五人で主に議論した論点は二つ。
一つ目はどうやって敵に見つからずに魔道具を設置するかということ。
二つ目は何とかして味方にだけ先に魔道具を無力化することを伝えられないかということ。
一つ目については、アリーシャ様が「敵に使われたのと同じ手を使ってやりましょう」と言った。
二つ目については、煙や光で通信すれば敵にも何かあると気付かれてしまう。
こんなことなら、ヴィデル様に通信機の一つでも持っていってもらえばよかった。
ん? 通信機?
兄弟石宛の通信。
兄弟石……。
持ってる!!
私、ヴィデル様とペアの兄弟石持ってるよ〜〜!!!
お読みいただきありがとうございます!!




