私に出来ること
暇潰しのためのスタンガン作りは屋敷に移った初日に完成させてしまったし、ヴィデル様は忙しそうにしているしで、やることがなくなってしまった。
スタンガンの威力を高めるしかないか……と考え始めた私にティオナが提案してくれたこと。
それは、『屋敷内の魔道具改造』だった。
つまり、屋敷内の皆に困り事を聞いて、魔道具を改造して回るというものだ。
すごく楽しそうだし、日頃お世話になっている皆に恩返しをするいい機会でもある。
そう思って早速ティオナと共に向かったのは『キッチン』。
つまり、この世で最高の料理を出すイケオジ料理長がおわす聖域だ。
ちなみに、料理長はオーランドさんというそうだ。名前もかっこいい。
近くで見るとよりいい男な料理長にドギマギしながら挨拶をし魔道具について何か困り事がないかと聞くと、顎髭を撫でながら渋い低音ボイスで「冷却用魔道具の冷却力をもっと上げられたら」と返ってきた。
氷の魔石を足せば力が増すものの、魔石の消費量が多すぎてコストがかかり過ぎるのだそうだ。
そこで、冷却用魔道具の冷却力を高めることに加えて、冷凍用魔道具について提案してみた。
……この世界には冷凍庫がない。
私はアイスが食べたいのだ。
料理長に冷凍室の用途やメリットを説明すると、ダークグレーの目を煌かせ「そんなことが出来るとは……エリサ様は魔道具師としての才能だけでなく、常人には思いつけないアイディアまでお持ちなのですね」と手放しで褒められた。
アイディアはよその世界から借りてきたものだから褒められることではないけど、それをこの世界で再現できるのは私の才能ってことでいいよね??
というわけで気持ち半分で謙遜しつつ、早速作業に取り掛かった。
まず、料理長の指定通りに冷却用魔道具に『冷蔵室』と『冷凍室』の印を付ける。
次に冷却用魔道具の裏側の部品を開けて魔石部と回路部を露出させ、今の仕組みを確認する。
想像通り、氷の魔石から出力される冷気で庫内を冷やしているだけの仕組みだった。
そして、氷の魔石と無の魔石で得意の無限ループ回路を手早く組む。氷の魔石と無の魔石の魔力交換レートは比較的安定しているから、気づいたら冷却が止まっていたとか、逆に強すぎて冷蔵庫内が凍っていたということはないはずだ。
けれど、食べ物が腐ったり悪くなったりしては私の日々の楽しみに差し障る。
そこで庫内に市販の温度計を付け、温度計の温度が許容範囲から外れたらアラームが鳴る仕組みも付け加えておいた。
後で『アラームが鳴ったらエリサまで』と書いた紙を魔道具正面に貼り付けておこう。
その一連の作業をもう一度繰り返し、二つ目の冷却用魔道具の改造を行う。
そして、三つ目の冷却用魔道具は冷凍室にするため、無限ループ回路の氷の魔石を二つに増やしてセットした。
この魔石ダブルの回路はヴィデル様と耐魔室に篭って実験したときに編み出した手法なのだが、実際にこうして生かせるのはすごく嬉しい。
なんとか夕食の支度が始まるまでに改造を終えると、料理長を始め料理人の皆さんが拍手喝采で労ってくれ、今日の夕食はスペシャルディナーにすると約束してくれた。
ほこほことした気持ちでティオナと一緒にヴィデル様の部屋に戻る途中、ジルに会った。
周りをささっと見渡し、他に誰もいないことを確認したジルが口を開いた。
「あの、エリサ、ありがとうございます〜。主人がとっても喜んでいたので、私からもお礼をと思って」
「主人? ジル、結婚していたの!?」
「あれ〜? エリサに言ってませんでしたっけ? はい、結婚してますよ」
こんな天使な美少女が人妻だなんて……。
驚きで固まる私にティオナが楽しそうに言う。
「相手は誰だと思う?」
え〜!?
冷却用魔道具を改造して喜んでるってことは料理人の皆さんの中の誰かってことだよね?
……え? そんなことある?
いやいや、まさかそんな……。
「りょ、りょ……」
「「りょ?」」
ジルとティオナが悪戯っぽく私の顔を覗き込む。
「りょ、料理長〜〜!?!?」
あの顎髭低音イケボの渋イケオジと、この天使が!? 夫婦!?
何その私のハート鷲掴み夫婦!!
小声で叫んだ私を見て、ジルとティオナは可笑そうに笑い合ったのだった。
*
そうして、私は次々と屋敷内の魔道具を改造したり新たに開発したりして毎日を過ごした。
屋敷内で働く皆が優しくていい人たちだから、話をするだけでも楽しいし、そんな彼らのための問題解決はすごくやり甲斐があった。
毎日がめっちゃ充実していて、勧めてくれたティオナに何度も感謝した。
二週間経つ頃には、屋敷中のあちこちが便利になっていた。
玄関は人の重さを感知して自動で照明が点灯、消灯するようになり、暖炉には自動で薪がくべられるようになった。
また、前哨基地から派遣された三人の兵や執事と相談し、魔道具による屋敷内の安全策も講じた。
例えば屋敷の周りの鉄柵の上部に触れると電流が流れるようにした。柵を乗り越えて外敵が侵入するのを防ぐためだ。
また、音声と映像の記録用魔道具を応用して防犯カメラをいくつか作り設置した。
なんとかして金属探知機を作れないかな、と考えていたある日、ルヴァ様から呼び出された。
ヴィデル様と共にルヴァ様の元へ向かうと、三人の兵と執事も集められていた。
集まった面々を見て、ルヴァ様が口を開く。
「ゼフェリオの小部隊だが、ここのところ我が領内に侵入したまま立ち去る気配がない。規模は二百程度で大したことはないが、二日後に出軍するよう王家から要請があった」
出軍要請!? そんなことあるの!?
「ですが、二百という数からして確実に陽動でしょう? それをわざわざこちらから出向くなど、相手の思う壺ではないですか」
ヴィデル様がそう言うと、三人の兵たちも皆頷いた。
「ああ、その通りだ。だが、今回の出動要請は『王命』だ。無視するわけにはいかない」
「「「なっ!!!」」」
男性たちが驚きで声を揃えた。
「セレスティンの威信を傷つけるゼフェリオを見過ごすことは出来ないという名目だそうだ。さらに『追い払え』ではなく『掃討せよ』という命令だ」
「……王都軍からは人を寄越さないのですか?」
「王都軍から五百を出すから、うちからも五百を出せと言ってきている」
「確実に陽動の二百に対して五百ずつですか!? 馬鹿げてる……というより、馬鹿もここまでくると何かおかしい気がします」
「私もそう思う。これにはきっと、何か裏があるはずだ。だが、王命を無視すれば我が領に対して相応の罰が与えられる。……こんな話に領民を巻き込むわけにはいかない」
「……では」
「ああ。王家にかけ合おうにも、あと二日では間に合わない。ひとまず出軍するしかないだろう。……カサルに五百を率いて向かわせる。私はこれから王都へ向かう。ヴィデルは」
「前哨基地へ向かいます」
「ああ、頼む。こんなこと考えたくはないが、ここまでくるとゼフェリオの内通者が王家に紛れている可能性もあるかもしれない。……頼んだぞ」
「はい」
……ヴィデル様、こないだ言ってたよね?
ゼフェリオ軍は攻めてくるとしても最大で四千、アトラント軍は二千五百。攻城戦なら城を落とすのに倍は必要、って。
でも、アトラント軍の五百は違うところに向かうから基地にいる兵の数は二千に減るよね?
で、ゼフェリオは二百減って三千八百。
ほぼ二倍だよ!?
王家って何なの!? 一体何がしたいの!?
私は戦いのことも、軍のこともよく知らない。
でも、王家からの理不尽な要求でアトラント領と私の家族が危険に晒されていることはよく分かった。
初めて感じる気持ち。湧き上がる思い。
守りたい、失いたくない。
私に何が出来る? 何を作ればみんなを守れる?
魔道兵器を、作ればいいの?
……魔道兵器って、何?
お読みいただきありがとうございます!!
投稿する直前に「スタンガン」が「マシンガン」になっていることに気付き修正しました……。
これから過去話チェックしてきます!!




