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お揃い

「どこに行っていた? 何をしていた?」


アリーシャ様から解放されてヴィデル様の部屋に戻ると、ドアを開けた瞬間に不機嫌な声が聞こえた。

……今、私の姿が見える前に喋り始めたよね?


「あ、えーと、その……」


アリーシャ様と一緒だったって言っていいかな? 別にいいよね?


私がほんの少しの間迷っているうちに、ソファに座っているヴィデル様の視線が壁に立てかけてある剣に向かい、その腰が浮きかけた。


「ま、待ってください! 言います! 言いますから!」


ヴィデル様はソファに座り直し、私に視線を戻した。

うー、目が怒ってる〜〜。


「ヴィデル様がルヴァ様の執務室に入られた後、ちょうど廊下でアリーシャ様にお会いして、お部屋に招待されおしゃべりしてました!」


「……」


あれ? ちゃんと説明したのになんでまだ目が怒ってるの?


「なぜ始めからそう言わないんだ」


「それは……ヴィ、ヴィデル様こそなんでそんなに怒ってるんですか? 『一人でうろちょろするな』とは言われましたけど、一人になっていないし、うろちょろもしていません!」


「……何か、言われたのか?」


「いえ! 何も! ただただ優しくて面白い方でした!」


「ならいい」


いいんかい!!


……ほんとにヴィデル様は心配性だなぁ。

私が危ない目に遭っていないか、私が誰かに嫌なことをされたり言われたりしていないか、そればっかり気にしてる。


「エリサ」


「はい?」


ん? 美形にそんなに見つめられるとちょっと恥ずかし……おや? ヴィデル様の瞳に確かに感じる不安の色。


……何か、あった?


「……しばらくしたら、兄上と交代で前哨基地へ行くことになった。この屋敷にはもうじき基地から兵がくる。守りは大丈夫だ」


「……は、い」


その言葉はどこか、ヴィデル様自身に言い聞かせているかのように感じた。


目の前の綺麗な瞳に不安の色が浮かんでいるのは、基地へ行く自分の身を案じるせいじゃない。

この屋敷に、自分の目の届かない場所に残すことになる私の身を案じるせいなんだ。


ヴィデル様の少ない言葉の中からでも、それがはっきりと伝わってくる。

そしてそれは、私の胸を痛いほど締め付けた。


でも……。

私はヴィデル様が心配です。

本当は行って欲しくない。行かないで、って言いたい。


けれど私にそんなことを言う権利なんてない。そんな立場でもない。


だから、こう聞くのが精一杯だった。


「心配しなくていい、ですよね?」


声が震えそうになるのを必死に堪えて笑顔を作る。


「ああ、心配するな」


いつもの表情にいつもの口調。

一見すると無表情にも見える。


でも、ほんの少しだけ目尻を下げたその顔は、決して無表情なんかじゃない。

ちゃんと優しい気持ちが伝わってくる表情だと、そう思った。


  *


食事はヴィデル様の部屋に運んでもらうことになっていたようで、ジルが運んでくれた夕食を二人で食べた。


今日の夕食のメインはローストビーフになんか美味しいソースがかかっているやつで、夢中で食べた。


食後、ヴィデル様は何やら調べ物を始めたので、私はスタンガン作りを始めた。


ヴィデル様は私が雷の魔石を手にした時にチラリとこちらを見たけど、私が「へへ」と笑って誤魔化したらまた調べ物に戻った。


一緒にいるけど別々のことをしている、幸せな空間。


黙々と作業をしていて、ふと聞きたかったことを思い出した。


「そういえば、ヴィデル様やカサル様が基地にいる時は、どんなことをするんですか?」


「……軍の副官や隊の指揮官たちと鍛錬の内容を決めたり、斥候や見張りからの報告を聞いたり、日々上がってくる様々な申請の承認をしたりとかだな」


顔も上げずにスラスラと答えるヴィデル様。


ふぅん、じゃあ実際に剣を振ったり戦ったりするわけじゃないのか。


「敵が攻めて来れば、指揮を取る。だから、鍛錬にも混ざる」


げっ! めちゃくちゃ戦うじゃん!!


「……つまり、ヴィデル様やカサル様も、基地にいる間は戦うと。そういうことですね?」


「ああ。二千五百の兵は五百ずつの隊に分かれていて、隊毎に指揮官を置いている。そして俺や兄上が総指揮を取るか、どちらも不在なら副官が指揮をすることになる」


「指揮をする人も、鍛錬に混ざるのですか?」


「もちろんだ。指揮を取ると言っても、戦場に出るからな。それに鍛錬というのは剣や弓の技を磨くだけじゃない。隊毎の連携や作戦行動の確認も含まれるんだ」


「そういう、ことなんですね」


いつの間にか、ヴィデル様は調べ物の手を止めていた。高級品であろう滑らかなソファに深く座り直し、肘置きに片肘をついている。

気品とオーラが溢れすぎて、まるで王様だ。

……王子様、って感じではない。


「兄上は、十歳の時にストレイン辺境伯領に連れてこられてからというもの、ずっと軍に混ざって暮らしていたそうだ」


……カサル様の話。

私も作業の手を止め、ヴィデル様の向かいのソファに座った。


「兄上は十七のときにこの屋敷に来た。つまり丸七年もの間、軍で鍛錬を積んできたんだ」


そう言って、ヴィデル様は視線を床に落とした。


「兄上は、強い。軍の指揮も上手い。……一度だけ兄上のそばで軍の指揮をするのを見たが、難しいことは何も考えていないかのように楽しそうで、それでいて息をするように完璧な指揮をするんだ」


なんでそんなに悲しそうな顔をするの?


……もっと、私に話して。

……もう、それ以上は言わないで。


相反する二つの思いに挟まれて、何も言えない。

ただ、立ち上がってヴィデル様の隣にストンと座った。


……ん!? んん!?


今、ヴィデル様の耳でなんか光った??


「お話し中すみませんが、ちょっと失礼しますね」


そう断りを入れながら隣のヴィデル様の左耳にかかるサラサラの髪をよける。


隣から「おいやめろ」とか聞こえるけど無視して続けると、左耳の上部の軟骨部分に赤と黒が混じり合った小さな石がポツンと付いていた。


あわわわわわ!!!


これ、これ、私がもらった首飾りの石と同じやつ!? お揃い!?


……あ、も、もしかして。


「……夫婦石? ですか?」


自分で言っていて、顔が赤くなるのが分かる。そしてそのことに気づいてまた顔に熱がこもるループに入った。


ヴィデル様はそんなゆでダコ状態の私の腕を掴み、手はお膝状態にする。


そしてクールにイケボでこう言った。


「兄弟石だ」


「いや、ここは夫婦石にするべきでしょう!?」


「……どっちも同じだ」


「ちがーう! こないだ教えたじゃないですか!!」


「じゃあ夫婦石ってことでいい」


「え!? ちょ!! 本当はどっちなんですか?? あ、もう一回よく見せて……」


金の髪で隠れる石と、自分の首元の石を並べてよく見ようと必死になっていると、ふとおかしなことに気付いた。


あれ? なんで私ヴィデル様をソファに押し倒してるの?


いや、ヴィデル様が変に抵抗して逃げようとするから、それで……。


「重い。降りろ」


ひっ! めっちゃ怒ってる〜〜!!


「ご、ごめんなさ〜〜〜い!!!」


ヴィデル様の上から飛び降りてそのまま床に正座し、膝の前で指先を揃えた私を見た途端、ヴィデル様が破顔した。


髪を揺らして笑うヴィデル様も、その耳に見え隠れする石も、愛おしいと思った。


いつもお読みいただきありがとうございます!!


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