ずっと気になっていたこと
「魔道具の披露宴は延期でしょうか? それに、通信機の設置も……?」
紅茶のカップとクッキーのお皿が空になった後、ヴィデル様に聞いてみた。
ルヴァ様の話を聞いて、その二つがすごく気になっていたのだ。
「……まだ何とも言えないな。まず研究員の失踪の件は、既に王家が動いてるのだからすぐ見つかるだろう。いなくなったのが一人ではなく数人まとめてとなると、何らかの組織が関与していると見るのが妥当だろう。となれば、ある程度予測もつくはずだ」
「なる、ほど」
「次にゼフェリオの動きだが、相手の意図はまだ分からんが、そもそもゼフェリオは戦力的には大したことはない。だからまとまって攻めてくる分にはいくらでも迎撃できるが、こないだのように変なやり方で屋敷を攻めるようなことをされると厄介だ」
「戦力……というのは、軍の規模というか、兵士の数のことですか?」
「まあそういうことだ。一概に兵の数が多い方が強いとは言えないが、他の条件が同じなら兵の数の差がそのまま戦力差になる」
「セレスティンはどれくらいですか? ゼフェリオは?」
「まずセレスティンは全体で一万。うち二千五百が我が領の前哨基地、二千五百がストレイン辺境伯領の前哨基地、残り五千が王都に配置されている」
へぇ〜。国の中に分散して配置されてるんだ。そういうの全然知らなかった。
それに、ストレイン辺境伯って、確かアリーシャ様のご実家だよね。
「次にゼフェリオは全体で五千ほどだ。そのうち千は王都ゼフールの守備で離れないはずだから、セレスティンに攻め込んでくるとしても最大四千くらいになる」
「え!? じゃあ、ゼフェリオが四千で攻めて来たら、アトラント領は二千五百の兵で戦わないといけないんですか!? 向こうの方が多いじゃないですか!」
「いや、そういうことでもない。まず、うちの前哨基地は基地と言ってもほぼ城だ。つまりゼフェリオが攻めて来た場合、基本は攻城戦になる」
「こうじょうせん?」
「うちの兵は城に篭り、周りに群がるゼフェリオ兵を城の中から迎撃するような戦い方だ。ゼフェリオはセレスティンを攻める場合、まず前哨基地を落とすしかないから必ずそうなる」
「なぜですか? 前哨基地を無視して……あ、分かったかもです」
「珍しく察しがいいな。ゼフェリオからすれば、我が領の前哨基地を落とさず王都に進めば王都の五千と我が領の二千五百に挟まれ壊滅するしかないんだ」
「なーるほど。じゃあその攻城戦とやらで勝てばいいんですね?」
「ああ。攻城戦は城を守り抜けば勝ちだ。こちらから積極的に攻めずとも、相手の食糧などの物資が尽きるか、王都から援軍が到着するまで耐えればこちらの勝ちになる」
「攻城戦だと向こうの方が数が多くても大丈夫なんですか?」
「攻城戦は基本攻める側の戦力が守る側の二倍は必要とされる上、うちの前哨基地はかなり守りが強固だ。ゼフェリオの四千では落とせまい」
「へぇ〜〜!!」
そう聞くと、なんか大丈夫そうというか、そんな心配しなくていいのかなと思っちゃうんだけど……いいのかな?
……ヴィデル様ってば魔道具のことだけじゃなくて軍のことや戦いのこともよく知ってるんだなぁ。
辺境伯家の『長男』として、いっぱい頑張って来たんだよね。勉強も、剣術も、全部。
見たことのない、棚三つ分の本が目に浮かぶ。
偉いな。すごいな。
素直にそう思った。
……ヴィデル様は、本当にアトラント家を継がないつもりなのかな?
ヴィデル様とカサル様のどちらが継ぐか、決まってるわけじゃなさそうだよね?
どんなにヴィデル様が嫌がったとしても。
どんなにカサル様が優秀で年上で、高貴な血筋だとしても。
ルヴァ様と血が繋がっているのはヴィデル様なわけで。
ヴィデル様は家を継ぎたくない?
継ぎたいけど誰かに遠慮してる?
それとも、他にやりたいことがある?
ルヴァ様から聞いた話だけでは、ヴィデル様がどう考えているかまでは分からない。
いつか、教えてくれるのかな?
ヴィデル様が望む道なら全力で応援したい。一番近くで、力になりたい。
あなたの妻は、そう思ってますよ。
思いを込めて隣に座る夫を見ると、目が合った。いつもの口調で「心配するな」と言われ、ぶっきらぼうな優しさを噛み締める。
幸せでニヤける私を見ても、今度はヴィデル様は何も言わなかった。
*
その後、ヴィデル様がルヴァ様から呼ばれたので、二人連れ立って二階へと戻った。
ルヴァ様の執務室の前につくと、ヴィデル様は後ろにティオナが控えているのを確認してからドアを開けた。
そして私をジロリと見て、「一人でうろちょろするなよ」と釘を刺してから中へと入っていった。
はいは……い"〜〜!?
ヴィデル様がドアを閉めた途端に目に飛び込んできたこの方は……ア、アリーシャ様!?
だよね?? 艶のある黒髪も翠色の瞳も、柔らかな顔立ちもカサル様によく似てるもの。
「まあ! ……エリサちゃん?」
「あ、えと、エリサです。お初にお目にかかります。今までご挨拶出来ておらず、大変申し訳ありません」
深々と、お辞儀。気持ち的には土下座したいけど令嬢マナー的にはこれが限界だ。
「あら、気にしないで。エリサちゃんは魔道具師としてお仕事頑張っていたのでしょう? 主人からとても優秀なのだと聞いているわ。それに……色々と大変だったわね」
え、めっちゃ良い人……。
さすがカサル様のお母様。アリーシャ様は顔に『大変だったわね』と書かれているような表情をしている。
……何で? なんでこのお屋敷の人たちはみんなこんなに優しいの??
実の親より私のこと気遣ってくれる人たちばっかりなんですけど??
なんか色々と複雑な気持ち。
……ちょっと泣きそう。
「そ、そんな! 私には勿体ないお言葉です。それに、確かに色々とあったのですが、ルヴァ様とヴィデル様に助けていただき、こうして無事に生きています……」
「ふふ。ねえ、エリサちゃんはしばらくこちらで過ごすのよね? よかったら、記録用魔道具というものを見せてくれないかしら? 主人に聞いてから一度見てみたいと思っていたの」
「あ、はい! もちろんです! 部屋から取って来ます! どちらへお持ちすればいいですか?」
「じゃあ、私の部屋へいらして? メイドたちを呼んでおくわね」
メイドたちを、呼ぶ??
私がその言葉の意図を測りかねていると、アリーシャ様はふんふんと鼻歌を歌いながらルヴァ様の執務室の向かいの部屋へ入っていった。
「さ、エリサ、行きましょ?」
ティオナに促されて、ヴィデル様の部屋から記録用魔道具を取りアリーシャ様の部屋へと向かった。
ノックして挨拶すると「はぁい、どうぞ」と声がしたので中に入ると、アリーシャ様と見たことのない美人メイドとレイアがいた。
私とティオナが入室すると、ジルともう一人見たことのない美少女メイドが入ってきた!!
何なに!? なんかワクワクしてきたよ!?
「エリサちゃん、このお屋敷にいる子たちって、みんなとっても可愛いでしょ?」
お行儀が悪いと思いつつも激しく首を縦に振り肯定の意を表明する。
「はい!! みんな天使で私は幸せ者だなと思っていました!!」
「ふふ。そうね、本当にみんな天使なのよ。私……天使たちの素敵な姿や表情を切り取って保存できたらいいな、とずっと思っていたの」
こ、これはもしや……! 同士!?
「アリーシャ様、そのお気持ち、ものすごくよく分かります。早速始めましょう」
キリリとそう言って記録用魔道具を構えると、アリーシャ様にそっと手を掴まれた。
「エリサちゃん、あなたも切り取られる側よ? だから使い方を教えて?」
え!? 私も!?
「さあ、みんな忙しいのだから、早速始めましょう」
アリーシャ様はうっとりと微笑んでそう言うと、一瞬で記録用魔道具の使い方をマスターし、私たちにそれはそれは恥ずかしいポーズを延々と要求し続けたのだった。
ずっと気になっていた、このお屋敷のメイドたちのレベルが高い理由が、分かった気がした。
お読みいただきありがとうございます!!
また、誤字報告も本当にありがたいです!!
自分で何度か読み直しても見逃しが多く、大変助かります!
引き続き、よろしくお願いします!




