事件
私とヴィデル様の結婚披露宴の準備は、有能なアトラント家のお屋敷の面々によって着々と進められている。
そのため私は時々採寸されたり味見をしたり、与えられた選択肢から一番好みのものを選んだりしていればよく、専ら遠通魔道具の準備に時間を割いていた。
この日も、ヴィデル様が不在の間に通信機を作成し、ヴィデル様が帰ってきたら確認してもらう予定だった。
研究室の一階で作業をしていると、入口のドアからガタガタと音がしたので、始めはヴィデル様が帰ってきたのかと思った。
でも、ヴィデル様は鍵を掛けて出かけたはずなのに、鍵を開ける様子もなくガタガタとドアを鳴らすのは変だ。
次にティオナや執事かな、とも思ったが、今日は火の曜日でティオナはお休みだし、執事は鍵を持っているのだからやはり変である。
……じゃあ誰? 怖い。
慌てて地下へ向かい、地下への扉や耐魔室のドアやら鍵を掛けれるところに全て鍵を掛けた。
地下への扉はなかなか見つけられないだろうし、見つかったとしてもここに来るまでに二つも鍵を開ける必要がある。
そう考えてしばらく耐魔室で待っていたが、物音は聞こえてこない。でも、私を油断させて誘き出す罠かもしれない。
もう少し待てばお昼の時間になる。そうすれば、ジルがレイアが食事を運んできてくれる。
……あの二人が悪いヤツに出くわしたらどうしよう。
私の脳内で大好きなメイドたちが悪いヤツに襲われるシーンが鮮やかに再生された。
咄嗟に耐魔室の床に置かれていた水の魔石を手に取り、音を立てないように耐魔室を出て、研究室への階段を上る。
研究室へ続く扉の下で聞き耳を立てていると、室内を歩き回る足音が聞こえてきた。足音の主は二階へと上がっていったようだ。
……ど、どうしよう。
恐怖で手が震え出し、呼吸が浅くなる。
意識的に深呼吸し魔石を握りなおす。
足音がまた一階へと降りてきたその瞬間、思いっきり扉を開けて水の魔石に全力で魔力を流した。
魔石から吹き出した水で私もびしょ濡れになった。そして、目の前の人もびしょ濡れだ。
びしょ濡れのイケメンだ。……つまり私の夫だ。
最悪。やっちまった。
絶対怒られる。言い訳しても怒られるだろう。
意を決して全力で謝ろうとしたその瞬間、ヴィデル様に抱き締められた。
「えっ!? ちょっ! ヴィデル様??」
「……」
ヴィデル様は何も言わないが、私を抱き締める腕に力がこもる。
「あの……ごめんなさい」
「……よかった。エリサが無事で」
「え?」
「屋敷内に、不審者が侵入した」
「えっ!?」
やっぱりさっきのガタガタは悪いヤツだったのか。
……ぶ、無事でよかった。
「隣国ゼフェリオからの行商人を装い、屋敷の正面で騒いで警備を引きつけ、少数がこっちに向かっていたらしい。俺が屋敷に着いた時、ちょうど騒ぎの最中だった。急いでここへ来てみたらエリサの姿が無いから……地下にいたのか」
びしょ濡れにされたことなど気に留める様子もなく、ヴィデル様からはただただ私の身を案じていたことが伝わってくる。
「はい。入口のドアがガタガタと鳴っていて、ヴィデル様もセドリックさんもメイドたちも普段そんなことはしないのでおかしいなと思って、それで隠れていました。……でも、私が隠れている間にメイドたちが悪いヤツらに出くわしたらと思ったら居ても立っても居られず……」
「水と一緒に飛び出してきたというわけか」
「……はい」
「……言いたいことはいろいろあるが、とにかく風呂へ行け。着替えはメイドに運ばせる」
「いえ! 私は昔から頑丈で風邪一つ引きませんので、ヴィデル様が先にお風呂を使ってください! ……へぶしっ!」
あ、しまった。可愛くないクシャミが出た。
「なら一緒に行くか? 俺は構わないが」
「お先に使わせていただきます!!」
「そうしろ」
こうしてお風呂に向かった私は、体に張り付いたワンピースを脱ぎ、シャワーで体を温めた。浴室を出ると着替えが用意されていた。
ヴィデル様にも早くお風呂を使ってもらうべく、ワンピースを着て髪も乾かさずに洗面所を出ると、すでに着替えを終えたヴィデル様がソファに座っていた。
私を見るなり顔が怖くなった。何で!?
「髪くらいちゃんと乾かせ」
「いや、これは、その……」
「もういい、俺がやる」
「え!?」
ヴィデル様は立ち上がって洗面所へ行くと、乾燥用魔道具、要は前世でいうドライヤーとタオルを手に戻ってきた。
「ここに座れ」
いつもヴィデル様が座っている椅子を引き、私を座らせると、ヴィデル様は私の髪をタオルでわしゃわしゃと拭いた。
……完全に洗い立ての犬の体を拭く手つきだ。
その後、タオルを置いて乾燥用魔道具を手に持つと、肩くらいまである私の髪を慣れない手つきで、でも優しく乾かしてくれた。
し、幸せ〜〜〜!!
このままこの時間が続けばいいのにな。髪を乾かさずに出てくれば、また乾かしてくれるかなぁ。
その時、温かいスープを運んで来てくれたジルは私たちを見て目を丸くしたあと、何かに感動した様子で何度も頷き、目に涙を溜めながらスープを並べてくれた。
幸せな時間は終わってしまったけれど、美味しいスープで温まり、髪も心もお腹もポカポカになったのだった。
お読みいただきありがとうございます!!




