初めて
「遠距離通信用魔道具は絶対外せないとして、映像用と音声用の記録用魔道具も両方使っていいですよね?」
「ああ」
「じゃあ披露宴の祝辞は王城からの通信と、事前に録音した音声とに分けますね。あと、事前にヴィデル様のお写真を何枚か撮影して会場の壁に貼らせていただきますね」
「後半はいらないだろ」
「いやいや! こういう場で飾ってあるというのが大事なんですよ。あとはご婦人たちの間で噂になってあっという間に世間に広まりますよ。楽しみですね!」
先日、突然ヴィデル様が披露宴をやると言い出した。
どういう風の吹き回しなのかは分からないけれど、辺境伯家子息であるヴィデル様の結婚ならば披露宴は避けては通れない。いずれはやることになったはずだ。
結婚が決まった時、私には家からの持参金も嫁入り道具であるトルソーも無かった。本当に、身一つで嫁いだのだ。
一般的な持参金ほど金額が貯まるには時間がかかるけれど、ここで魔道具師として働いて頂くお給料から払うと言ったのだが、ルヴァ様に優しく断られた。……ヴィデル様にはしっかり働けと言われた。
また、私には披露宴に参列してほしい家族などいない。けれど、花嫁側の家族が存命なのに参列しないなんておかしいだろう。
それでルヴァ様とヴィデル様に相談して、私たちの結婚披露兼、魔道具披露の場とさせてもらうことになった。
そうすれば、私の家族がいなくて穴が空く分、完成間近の遠通魔道具を大々的にお披露目できると思ったのだ。
それでこうして、るんるんと披露宴の準備を進めていた……つもりになっていた。
*
その日の午後、ヴィデル様が不在だったのでティオナに魔石や素材の整理を手伝ってもらっていた。
もともとティオナとはお互いタメ口で話していたけれど、私がアトラント家に嫁ぐにあたり敬語にした方がいいのではとティオナから提案された。
でも、私にとってティオナはメイドというより大切な友人であり大好きなお姉さんである。
敬語なんて使われたら寂しい。それで、二人の時は今まで通りにしてほしいとお願いしたのだ。
ティオナが魔石を並べながらこう言った。
「エリサ、セドリック様が披露宴の衣装やアクセサリーの仕立て屋を手配するのにエリサとヴィデル様の返事待ちと言って焦っていたわよ」
……やば、すっかり忘れてた。
「あと、会場のレイアウトや飾りの手配はレイアさんが任されたそうなんだけれど、エリサに希望を聞いてから音沙汰なしと嘆いていたわよ」
……あったな、そんなこと。
「それに、当日お出しする料理の希望も、飾るお花の種類や色味の好みもなーんにも返事がないと聞いたわ」
「な、何も……考えていませんでした」
「ええ!? 毎日楽しそうに何か書いたりヴィデル様とご相談したりしていたじゃない!」
「あ、それはね、披露宴でお披露目する魔道具をどう演出したらより良く見せれるかなと……ティ、ティオナ?」
「……アトラント家御用達の仕立て屋さんの中で、エリサとヴィデル様の雰囲気に合いそうなお店を選んでおくわ。あと、会場のレイアウトや飾りはレイアさんにお任せでいいと思うわよ、とてもセンスがいいもの」
「すてき!」
「飾る花は、エリサのドレスの色が決まったらそれに合わせて決めましょうか」
「うんうん!」
「料理も料理長にお任せでいいの?」
「お肉とフルーツさえ使ってもらえれば、何も文句ないわ。私、このお屋敷の料理が一番好きだもの」
「分かったわ。じゃあ私から伝えておくわね」
「ティオナ〜! ありがとう!!」
そう言ってティオナに抱きつくと、いつも通りに頭を数回優しく撫でてくれた。好き。
「ねぇ、ずっと聞けなかったことなんだけど……エリサとヴィデル様は、その……一緒に寝ているのよね?」
「え? ええ。だって今はベッドが一つだもの」
「じゃあ、キスをされたことはある?」
「え!? ないないない! だって一緒に寝ていると言っても相手はヴィデル様よ? ないないない!」
「あら、じゃあ披露宴で初めてするのかしら? ふふ、それも素敵ね」
え? この世界の披露宴でも新郎新婦ってキスするの?
自分とヴィデル様のキスシーンを妄想しては打ち消し妄想しては打ち消しているうちに、あっという間に夜になった。
*
そろそろ寝ようかという頃、まだ脳内にヴィデル様のキス顔が焼き付いているうちにヴィデル様が帰ってきてしまった。
ヴィデル様は、披露宴でキスするものだってこと知ってるのかな? 私はまだ披露宴に一度も出たことがなかったし、ご令嬢たちとそういう話もしたことがなかった。
ヴィデル様も同じかもしれない。
『ヴィデル様、知ってますか? 披露宴って、キスするものらしいですよ』と聞きたくて聞けないまま、ヴィデル様はいつものようにシャワーを浴びて二階に上がって行ってしまった。
……よし。少しでも早く教えてあげよう。
意を決して二階の部屋に入ると、ベッド横に置かれた照明が付いており、ヴィデル様はベッドの上で本を読んでいた。
いつも私が寝ている側の壁にもたれて座り、脚を組んで本を読む姿は、ぼんやりとした照明も相まって非常に絵になる。
こんな神々しい人とキスなんて考えられない。無理無理!
「ヴィデル様、お話があります」
ベッドのそばの床に正座をし、そう切り出した。
「何だ? 床に座るな、上に座れ」
そう言われたので、ベッドの上に乗り、隅っこで正座をした。
「ヴィデル様はもしかしたらご存知ないかと思うのですが、披露宴では新郎新婦がキ……キスをするそうなのです」
い、言えた!
「だから何だ?」
表情は読み取れない。
「もし、私とキスなどお嫌でしたら、やっぱり披露宴はやめにしますか? と言いにきました」
「……おまえは俺を何だと思ってるんだ」
あ、ちょっと怒った。
「それはもちろんヴィデル・アトラント様……」
言葉の途中で目が合ったかと思ったら、片腕を掴まれヴィデル様のほうにぐいっと引き寄せられた。
と思ったらキスされた。く、唇に……。
突然のことで目を瞑る余裕などなく目を開けたままだった私は、ヴィデル様の視線が私の目から唇へとなめらかに移動し、そして唇が触れる直前にそっと瞼が閉じられたのを見てしまった。
……私のご主人様セクシーすぎない?
妄想していたキス顔の十万倍の色気に、心臓がバクバクとものすごい音を立てている。
「分かったか」
唇を離した後、何事も無かったかのようにヴィデル様が言う。
「お、己が無知であったと分かりました」
「ならいい」
そう言うとヴィデル様はまた本を読み始めたので、隣に並んで私も本を読むことにした。
本を持ったらすぐに心臓のバクバクも大人しくなった。
本のページを捲る音しかしない、この落ち着く空間がとても心地いい。
そして本を読み始めて、五分で寝た。
*
朝起きると隣にヴィデル様の姿はなかった。
昨日、本を読みながら座ったまま寝てしまった気がする。
でも、起きた時にはちゃんと布団を被って寝ていたし、私が読んでいた本はちゃんと照明の台の上に置かれている。
なら、ちゃんと本を置いて布団を被って寝たということだ。
…….それらは全てヴィデル様がやってくれたことだとは思いもよらず、呑気にそんな風に考えていた。
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