新婚らしく
二週間が過ぎた。
私とヴィデル様は、完成したばかりの地下の耐魔室での研究に明け暮れていた。
はっきり言って、めちゃくちゃ楽しい。
地下室で主にやっていたことは、遠通用魔道具に一番適した魔石を決めるための検証だ。
私が無限ループ回路に魔石を組み込み作動させ、二人で部屋の外から出力結果を見守り、ヴィデル様は結果の記録、私は次の魔石を準備するという流れで、これをヴィデル様の外出時や食事や寝る時間以外ずっと続けていた。
ヴィデル様の涙を初めて見たあの日から、ヴィデル様はほんの少しだけ感情が分かりやすくなった気がする。
今までは、喜怒哀楽の『怒』は声色や表情で感じ取れたし、『楽』は本当にたまにではあるけど声に出して笑ってくれることもあった。
でも『喜』とか『哀』は、はっきり言って全然表情に出なかった。ヴィデル様の目を見て、なんとなく嬉しいのかな? とか悲しいのかな? とか感じ取ることがあった程度だ。
でも、二人で耐魔室にいる時、新しい発見をした時にはちゃんと表情から嬉しいって伝わってきたし、期待する結果を下回った時には本当に残念そうに『残念だ』と言っていた。
相手の感情が分かる、というのは一般的にはコミュニケーションの初歩だろう。
でも私にとっては大きな一歩で、私たちにとってすごく大事なことだと感じた。
「魔素が集中する場所ではさらに周囲の魔素が引き寄せられる事象について、何かに応用できると思うか?」
ヴィデル様が、こうして私に意見を求めることも増えた気がする。
「うーん。もし銅線より周囲の魔素に引かれる力の方が強ければ、魔道具の回路の途中で魔力が霧散し、魔道具が発動しないかもしれません。これじゃ何の役にも立たないですけど」
「……いや、魔道具を意図的に発動させないことが出来るというのは画期的だ」
「え? 発動させたくない時なんてあります?」
その時、珍しく地下室に執事が現れた。
「お忙しい中恐れ入ります。二階の改装工事が終わりましたので、ご確認いただけますか?」
「後で見ておく」
「私は今見たいです! 見てきていいですか?」
「好きにしろ」
執事に連れられて二階を見に行く途中、目に入った一階の室内に何か違和感があった。
でも、執事がさっさと上へ行くので、とりあえず私も二階へ向かう。
そして目にしたのは驚くべき光景だった。
「え!? ドアが三つ!?」
なぜか執事は得意気にこちらを見ている。
試しに右端のドアを開けると、三畳ほどのウォークインクローゼットになっていた。
今度は左端のドアを開けると、右端と全く同じ広さのウォークインクローゼットである。
あれ?
恐る恐る真ん中のドアを開けると、目の前にどデカいベッドが鎮座しているではないか。
振り返ると、そこに執事はもういなかった。
そして一階に降りた時、さっきの違和感の正体に気付いた。
私とヴィデル様のベッドが無くなっている!
あの執事、私たちが地下室に篭っているうちに、一階のベッドを捨ててあのどデカいベッドを二階に運び込ませたというのか。
……何も見なかったことにしよう。
私は地下室へ戻り、ヴィデル様との研究を再開したのだった。
*
夜になり、ヴィデル様が二階に上がって行った。
どんな反応をするのか見たくて、こっそり付いて行く。
階段の上から三段目にしゃがみ込み、顔だけ出して覗いていた。
すると、さっきの私と全く同じ順番で、右端、左端、そして真ん中の順にドアを開けた。
そっと廊下を進み、部屋の中を覗くと、ヴィデル様が腕を組んで何か考えている様子だ。
そしてこちらを振り返り、私をチラリと見るも何も言わず、一階へ降りて行き外へ出て行く音がした。
そりゃあそうだろう。勝手に一部屋にされたのだ。
しばらくして、ヴィデル様と共に使用人が四人やって来た。
……あれ? てっきり執事を連れてきて文句を言うのかと思ったのに。
そして、二階でドタドタと音がした後、使用人たちはニコニコとしながら帰って行った。
何なんだ? 一体。
すると、ヴィデル様が私にこう言った。
「ベッドが部屋の真ん中だとおまえが転がって落ちるだろう? だから壁に寄せさせた」
え〜!? 優しい〜! 嬉しい〜!
「あ、ありがとうございます」
まあ、ヴィデル様が気にしないなら、同じ部屋でも同じベッドでもいっか!
私も気にしないようにしよう。何だかんだ夫婦なんだしね!
……だが、事件は夜に起きた。
*
ヴィデル様は、一階で工具の手入れをしている私をよそに、自分はさっさとシャワーを浴びて二階へ上がって行った。
それを見て、そろそろ寝るかと私もシャワーを浴びて二階へ上がった。
そして、部屋のドアを開けて気付いた。
ヴィデル様から聞いていた通り、ベッドは壁側に寄せられているのだが、ヴィデル様がわざわざ壁とは反対側で寝ている。
つまり、ベッドの空いたスペースに辿り着くためには、ヴィデル様という試練の山を越える必要があるのだ。
ベッドに無駄に天蓋みたいなのが付いているせいで、それ以外にベッドに侵入する方法はない。
そーっとベッドに登り、ベッドをあまり揺らさないように体重移動も慎重に行う。
そして、やっと空いたスペースに着いた瞬間に話しかけられた。
「おまえは珍しい動きをするな」
「ちょっ!! 起きていたなら言って下さいよ! てっきりヴィデル様がもう寝ていると思って、起こさないように頑張ったのに!」
文句を言いながらベッドに仰向けになる。
……すっごい良い匂い。
何の匂いなんだろう。シャンプーや石鹸の香りともちょっと違うんだよな。
かといって、香水とかつけるタイプじゃないしなぁ。
「あの、ヴィデル様からものすごくいい匂いがするのですが、何の香りなのでしょう?」
「お前からじゃないのか?」
「いえいえ! ヴィデル様からなんです。先日も……」
おっと。ヴィデル様の私室で勝手に寝たのは内緒だった。
「なんだ」
「いえ、先日も何でもありません。でも、ヴィデル様から本当にいい匂いがするんです」
すると、ヴィデル様がむくりと起き上がり、こちらに近づいてきた。
え? なになになに? なんか怒った?
そして、私の奥の壁にドンと片手をつき、私の髪や首の匂いを嗅いだのである。
突然の壁ドンに思わず固まっていると、ヴィデル様は得意気にこう言った。
「やっぱりお前からじゃないか」
暗がりの中で表情はよく見えないけれど、声色で何となくどんな顔をしているのか想像できた。
そのことが、何だかとても嬉しかった。
――次の日の朝、ヴィデル様に叩き起こされた。
まだ寝ぼけている私に、ヴィデル様はこう言った。
「近々披露宴をやることに決めた。おまえも手伝え」
「え〜? 何を披露するんですか〜?」
「おまえだ、ばかもの」
……え? 私?
ヴィデル様の言う披露宴とは、私たちの結婚披露宴のことであると気付いたのは、それから十秒後だった。
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