同じ部屋で寝るということ
ヴィデル様からプレゼントをもらった日の翌朝、執事が研究室へやって来た。
「地下室の工事が、そろそろ終了します。それで……あの……」
「なんだ。さっさと言え」
「はい。実は、この建物の二階を改装してはいかがかと思いまして」
二階? 私とヴィデル様の私室ってこと?
「何か問題でもあるのか?」
「問題、とまでは言いませんが、ヴィデル様とエリサ様がお過ごしになるには、少し狭いのではないかと。また、今のお部屋には衣服を収納するクローゼットすらございません。今後、エリサ様の社交用のドレスなど用意される際に、置く場所がないのでございます」
いつの間にか、執事は私を様付けで呼ぶようになっていた。まだ慣れないというか、変な感じだ。
「……まあ、好きにしろ。おまえに任せる」
「承知いたしました。エリサ様も、それでよろしいですか?」
「あ、はい。ご配慮いただきありがとうございます」
「では、手配させていただきます。なお、二階の改装工事中は、二階の家具類を全て一階に運ばせていただきます」
まあ、そりゃそうなるよな。
うーん、私室に見られてまずいものはないはずだし、着替えはバスルームとかですればいいし、問題ない気はする。でも、何か引っかかる。
「……その間、一階で寝ろということか?」
それだ! 引っかかっていたのは、どこで寝るんだ問題だ!
「ヴィデル様は、本宅の私室でお休みになることもできるかと。エリサ様は、よろしければ本宅のゲストルームにご案内いたしますが、どうなさいますか?」
うーん、ぶっちゃけ、本宅と研究室の行き来は面倒だな。
私の日々の魔道具開発は研究室でやるわけだし、地下室が完成したらやりたかったこともたくさんある。
けれど、施錠管理されている以上、研究室からの出入りの度に鍵の開け閉めをしてもらう必要があるのだ。
……ん? 待てよ。施錠管理って、そもそもは私が逃げ出さないようにするためと、誰かが連れ出さないようにするためにしていたはずだ。
前は、私が逃げ出す可能性があったから鍵を渡してもらえなかったけど、ヴィデル様と結婚した以上、逃げ出すことはないわけで、鍵はもらえるのでは?
「あの、ヴィデル様、セドリックさん、私に研究室の鍵を一つ預けていただくことは可能ですか?」
「何に使うんだ?」
「いや、それはもちろん鍵を開けて出入りするためです」
「だめだ」
「なぜですか!? 私は逃げ出したりしません!」
「……だめなものはだめだ。セドリック、私もエリサもここで寝るから気にしなくていい」
「えっ!? あ、はあ。承知、しました。では、そのように手配いたします」
そう言って、執事は退出した。
早速、上司兼夫に異議を申し立てる。
「ヴィデル様! 私が信用できないということですか? どうしたら、だめじゃなくなるんですか?」
「おまえを信用するかどうかは関係ない。おまえが本宅と研究室を行き来する間に鍵を失くしたらどうする。おまえが拐われた時、研究室か本宅かどっちかにいるだろうと油断して気付くのが遅れたらどうする」
「そんなぁ」
「おまえの身の安全のためだ。我慢しろ」
ヴィデル様は過保護だ。この時は、そう思った。
……このヴィデル様の判断のおかげで、私は一つ危険を回避することになるのだが、そのことに気付くのはまだ先のことだった。
*
その日の夕方、早速、研究室の二階の家具が一階に運び込まれた。
大テーブルと椅子がバスルーム側に寄せられ、ソファとローテーブルが空いたスペースに移動される。
そして、ソファとローテーブルがあった場所に、ベッドが二つ並べて置かれた。
ベッドが、二つ、並べて、置かれた!
「べ、ベッドを並べる必要はあるでしょうか?」
運んでくれた使用人に聞いてみる。
「配置については、セドリック様の指示でして、私からは何とも……すみません」
「あ、いえ、いいんです! 私こそすみません」
すると上司が口を挟んできた。
「別に並んでいても離れていても変わらないだろう? どうせ今までも壁一枚挟んで隣で寝ているんだ」
「その壁一枚があるのとないのとじゃ全然違うんですよ!」
「何を気にしているんだか知らないが、こうすれば文句ないな」
そう言って、ヴィデル様は私のベッドをほんの少し動かして、二つのベッドの間に三十センチほどの隙間を空けた。
「……はい。文句ありません」
諦めた。
*
夜になった。
いよいよ、寝る時間である。最初は緊張したが、実際寝てみればどうってことはなかった。
いつも通り、五分で寝た。
……ところが、夜中に全身に衝撃が走った。一瞬何が起きたのか分からなかったが、その直後、ベッドの間のたった三十センチの隙間から落っこちたことに気付いた。
恥ずかしい。
隙間から這い出して、そろりそろりと自分のベッドに戻る。
「ふはっ」
「え!? ヴィデル様、起こしてしまいましたか? すみません……」
「くくくく」
え? なんでか知らないけどすごい笑ってる! かんわいい!
「おまえは器用だな」
「あ、これはどうも。へへ」
「来い」
「え!? どこへ!?」
「その隙間を越えてこっちに来い」
「えぇ!? いや、でも、その、まっ」
言ってるうちに、腕を掴まれて引っ張られ、ヴィデル様のベッドに着地した。
え!? 一緒に寝るの!? 無理無理、恥ずかしくて無理!
ところが、ヴィデル様はベッドから降りると、私のベッドをずらして隙間を埋めた。
「戻っていいぞ」
「あ、はい。ありがとうございます。これで安心して眠れます」
自分のベッドに戻り、布団に入るが、いろんな衝撃で目が冴えてしまい、なかなか眠れない。
すると、ヴィデル様が話し始めた。
「……エリサの家族がどうなったか、知りたいか?」
「父や義妹のテレシアたちがどうなったか、ですか?」
「ああ。知りたければ話す」
「うーん。すごく知りたい! って訳ではないですけど、どうなったのか、結末は少しだけ気になります」
「……父親には、罰は与えられなかったが、ストラード家の爵位はおまえの兄イランが継いだ。爵位の剥奪は無かったが、父親は当主として相応しくないとの判断からだ」
「ほぉ〜」
「義母は、証拠捏造および裁判の場での虚偽証言による偽証罪のため、禁錮三年だそうだ」
「へぇ〜」
裁判の場での虚偽証言は、少なくとも二年の禁固刑と聞いたことがあるから、順当な刑なのだろう。
「義妹は、名誉毀損罪および虚偽告訴罪および偽証罪のため、計七年の禁固刑だそうだ。あいつはおまえの元婚約者に惚れていたそうだが、自分勝手な理由で好き勝手やった挙句、国として推進していた事業を妨害する結果に至ったからな。厳しい判断になったんだろう」
「はぁ」
塔の上で取り巻きメイドが言っていた、テレシアがシアンと恋仲だという噂は、本当の話だったのかもしれない。
シアンのことは、いい人だとは思っていたけれど、別に好きとかそういうのではなかった。よくある、親が勝手に決めてきた縁談だったのだ。
テレシアがそこまでするほどシアンのことを好きで、シアンもテレシアへの気持ちがあったのなら、言ってくれればよかったのに。
……まあ、でも、今私はこうして幸せな訳で、何か一つでも違っていたら、ヴィデル様と結婚はおろか、出会ってすらいなかったかもしれない。
「何だ、その気のない返事は」
「いやぁ、なんだか、全部過去の話と言いますか、他人事と言いますか」
「義妹や義母など、そもそも赤の他人だろう?」
「そりゃ、まあ、そうですけど……」
それはまるで、ヴィデル様にとってのアリーシャ様やカサル様も他人だと言っているような気がして、胸がチクリと痛んだ。
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