二回目のプロポーズ
ヴィデル様に連れられてやって来たのは、王都の中心部の飲食店が建ち並ぶエリアにほど近い、他の建物とは少し離れて建つ建物だった。
立地的には、ポツンと建つ一軒家、と言いたいところだが、白を基調としてアクセントに黒を取り入れたスッキリとした外観が、高級感を漂わせている。
入口の横には、黒い金属で作られた文字が並んでおり、店名だと思われた。
が、それを読んでいる暇などなく、さっさと中に入って行ったヴィデル様を追いかける。
案内されたのは店の一番奥の、小上がりになっているテーブル席だった。他の席とは少し離れており、食事をしながら素敵な中庭を眺めることができるこの席は、店の中で一番いい席であろう。
私が店内をきょろきょろ見回しているうちに、ヴィデル様が注文を済ませてくれたようだ。ラクチンだな。
あ、そういえば、聞きたいことがあったんだった。
「ヴィデル様、どうやってテレシアからあの台詞を引き出したんですか? 『この包帯はフェイクですの〜』みたいなやつです!」
「口真似が上手いな。そっくりだ」
「へへ。で、どうやったんですか?」
「……おまえの義妹の件は、おまえから聞いた話を元に時系列に並べると、おかしな点ばかりで破綻していた。義妹には傷すらないだろうと踏んで、学園に行って義妹を呼び出して喋らせただけだ」
「いやいや、呼び出して『喋れ』って脅しても喋る内容じゃないですよ。どうやって誘導したんですか? それに、『だから私を』のあとはなんて言ったんですか?」
「秘密だ」
「お願いします、お願いします! 魔道兵器でも何でも作りますから〜!」
「魔道兵器は作らなくていい。……質問は一つにしろ」
「え〜、じゃあ、『だから私を』のあとの台詞を教えてください」
「……」
わくわく。
「……『だから私を、あなた様のモデルにしてくださいませ』と言ったんだ」
「はぁ、モデル……ですか」
「これ以上は聞くな。思い出したくない」
私の頭の中に、テレシアを褒めてみたり、写真を撮って見せたりするヴィデル様の姿が浮かんだ。
あの、嬉々としたテレシアの口調にも納得がいく。こんなイケメンが突然現れて『俺のモデルにならないか』とか言われれば、そりゃあんな声も出るだろう。
ヴィデル様はそういうの絶対苦手なのに、そんなことまでしてくれたんだ。
「それより、おまえこそ、あの遠距離通信用魔道具はなんだ? よく二日で出来たな」
「あー、あれはだって、ヴィデル様に言われた課題が何も解決していないやつですよ。一回通話して見せれればいいかなと思って適当に作ったので、そのうち動かなくなります」
「いや、通信傍受の課題や魔素濃度の低い場所では使えない課題を無視すれば、ある程度は使えるだろ?」
「あの魔道具には風の魔石を入れました。しかも、ヘルゲン大臣がケチだったので、小さいやつです」
「風の魔石……」
「えーと、たしか『光や風のように、事象が広く分散して生じる魔石の場合、魔力の出力量が徐々に減っていく』でしたよね? なので、風の魔石にしておけばそのうち使えなくなるかな、と思ったんです」
「……」
「ちゃんとしたやつは、アトラント家の研究室で、ヴィデル様と一緒に作ります! いいもの作って、王家から利用料取ってがっぽり儲けましょうね!」
「ふっ。おまえにしては上出来だ。褒美をやろう」
そう言って、ヴィデル様はフルーツの盛り合わせを追加注文してくれたのだった。
*
食事を終え、王都内にあるアトラント家の別邸につくと、まずお風呂を使わせてもらった。
塔の生活では、洗面台でできる範囲で髪や顔を洗ったり、体を拭いたりはしていたが、やっぱりちゃんとお風呂に入るとさっぱり度が全然違う。
お腹はいっぱい、お風呂に入ってほかほか、さらに寝不足も相まって、案内された部屋のふかふかベッドで速攻寝た。
――それから十六時間後
……おい、起きろ!
……エリサ!
「はい!」
名前を呼ぶ声に含まれる怒気を感じて飛び起きた。
「朝食だ。おまえを何度起こしても、どんなに揺らしても起きないから病気じゃないか、と心配したメイドが相談に来た。手のかかるやつめ」
「いやぁ、最近碌に寝ていなくて。へへ、すみません。……あれ? 今、朝食っておっしゃいました? 夕食ではなく?」
確かに、窓の外からは日差しが差し込んでいる。
「……支度をして早く降りてこい」
「承知しました!」
全速力で支度をし、一階へ降りていく。
ダイニングルームに着くと、ヴィデル様とルヴァ様がいた。
「おはよう、エリサ。よく眠れたようだね」
「おはようございます、ルヴァ様。こちらのお屋敷もとっても居心地が良くって、ここ最近の疲れがすっかり飛んでいきました」
「はははっ。それは良かった」
「おまえの場合、居心地というより寝心地だろう」
「細かいことはいいんです!」
この三人で食事をするのはもちろん、ルヴァ様と一緒に食事をするのも初めてで、少し緊張した。
でも、ルヴァ様が時々、にこやかに話しかけてくれるので、すぐに緊張は解けた。
「そういえば、ヴィデルと食事をするのは久しぶりだね」
「そうですね」
ヴィデル様はいつも通りの塩対応というか、愛想がない返事を返すけれど、ルヴァ様はにこにこしていた。
そして食後、帰り支度をして馬車に乗り込んだ。いよいよ、大好きなアトラント家のお屋敷に帰れるのだ。
*
そろそろアトラント領に差し掛かろうという頃、ふと思い出した。
そういえば、ヴィデル様と私の結婚話ってどうなったんだろう? 王城からの通達のせいで、流れておしまいになったのかな。
もともと、あの狂った父親から私を守るために、ヴィデル様が提案してくれたものだった。
私が魔道具やお金を隠していないことは、裁判に出ていた父親は理解したはずだ。
でも、テレシアも義母も、少なくとも虚偽罪。しかも公式な裁判の場での虚偽発言であり、なんらか罰を受けることは間違いないだろう。
父は今、何を思っているんだろう。閉廷後に聞こえた怒鳴り声は、誰に対するどういう気持ちから出たものなんだろう。
逆恨みして、またアトラント領までやって来ることは、あるのだろうか。
ヴィデル様は父にも死刑を求刑したが、父が罰を受けるかは分からない。壺を投げて私を傷つけようとしたとはいっても、結局未遂に終わったのだ。大した罰は受けないだろう。
そんなことを考えていると、ルヴァ様が口を開いた。
「エリサ。実は、リュミル宰相とオスカ大臣が、君を正式に王宮魔道具師として迎えたいと言っている」
「え……」
「たった二日で遠距離通信用魔道具を完成させた能力と技術、それに音声や映像の記録用魔道具も素晴らしかったと、大変驚かれ、そして高く評価されている。もし王宮に迎えることになった場合は、君の能力と技術に見合った待遇、報酬とすることをリュミル宰相が保証するそうだ」
「……それは、命令なのでしょうか?」
「いや、今回の話は強制ではなく、君がよければ、という形になっている。断っても構わないし、我が屋敷でこれまで通り開発を続けてもらうのは大歓迎だ」
「そう、なのですね」
「ああ。リュミル宰相もオスカ大臣も、君が王家に対して良い感情を持てる状況ではないのは理解している。ヘルゲン大臣の暴言や暴挙が彼の独断で行われたことだとしても、君にとっては王家にされたことと等しいだろう、と」
「えっと……」
「今すぐ答えを出す必要はないよ。いろんなことがあったばかりだ。少しのんびりして、ゆっくり決めればいい」
「……はい、ルヴァ様」
突然、ずっと黙っていたヴィデル様が口を開いた。
「父上、お話したいことがあります」
「なんだい?」
「エリサは私と結婚します。ですから、エリサは王宮には行きません」
え!?
「え!? えーと、エリサと、ヴィデルが? 結婚? するのかい?」
「はい。先日決めたことですが、いろいろありご報告が遅れました」
「そうか……いやー、随分と急な話で、正直かなり驚いてはいるが、エリサが相手ならば私としては何も問題ないし、喜ばしく思う。エリサも承諾済みということでいいんだね?」
「はい」
ヴィデル様が即答した。
「……ヴィデル、私は今エリサに聞いているんだ」
二人が同時に私を見る。
「私は……」
言葉が出てこない。全然、気持ちが整理できていない。
「ヴィデル、エリサ、もうすぐ屋敷に着く。大切なことだ、二人できちんと話した方がいい」
「……はい、ルヴァ様」
それ以降、なんとなく口を開くのが憚られて、お屋敷に着くまで無言で馬車に揺られていた。
*
お屋敷に着くと、みんな総出で出迎えてくれた。
皆、ルヴァ様やヴィデル様だけでなく、私に向かっても「お帰り」の声を掛けてくれる。皆の表情や声色の優しさに、胸がジーンとした。
そして、ヴィデル様に付いて、研究室へ入る。
「ただいま」
自然と、そう口にしていた。
ヴィデル様は二階へは行かず、ソファに腰掛けると、ソファの座面を二回叩いた。
「ここに座れ」
「はい」
ソファに座ると、腕や脚がヴィデル様に触れた。途端に自分の鼓動が早くなるのを感じる。
「……王宮で働きたいのか?」
「いえ! それは絶対に嫌です」
「じゃあ、なぜ俺と結婚すると言わなかったんだ」
「……ヴィデル様こそ、昨日、私のことを好きなわけではないとおっしゃいました。それなのに、なぜ私と結婚すると言うのですか?」
「……俺は、誰かを好きになったことがない。だから、おまえのことを好きかどうかは、正直分からない。だが、おまえのことを守りたいと思っているし、そのためなら何でもする。だから結婚すると言った」
昨日ヴィデル様が、『私が足りていなかった』ということを言ってくれた時、すごく嬉しかった。
でも、同時に、『私のことを好きなわけではない』という事実に、胸が苦しくなった。
私自身、ヴィデル様のことを好きなのかと言えば、正直よく分からない。
それなのに、ヴィデル様が『私のことを好きなわけではない』という事実を苦しく感じるのは、心のどこかで『私のことを好きになってほしい』と思っているからだろうか。
「……私も同じです。ヴィデル様と。ヴィデル様のことを好きかどうか、正直よく分かりません。でも、ヴィデル様が喜んでくれたら嬉しいし、そのためなら何だって出来ます」
「そうか」
「だから、ヴィデル様と結婚することで、ヴィデル様が少しでも喜んでくれるならいいんです。でも、ヴィデル様がこれっぽっちも喜ばないなら、私にとっては結婚する意味がありません」
自分で言って、腑に落ちた。
前にプロポーズの言葉をもらったとき、ヴィデル様は、『私のことを守るべきだ。そのために結婚してほしい』と言った。
その時は単純に、私を守ると言ってくれたことも、そのために結婚という手段をとってくれることも、嬉しく思った。
でも、今は違う。
ヴィデル様が義務感や責任感だけで、私と結婚すると言っているなら、それは嫌だ。
私のことを好きではないにしても、結婚することでヴィデル様が喜ばないなら、したくない。する意味がない。
その時、正面を向いていたヴィデル様が、顔をこちらに向け、私と目を合わせた。
「いいか。王家だろうが、おまえの家族だろうが、他の奴らがおまえにちょっかいを出すのが俺は我慢ならない」
「はい」
「俺は、おまえを守りたい。そして、おまえを守れることを、喜ばしいと思う」
「そう、なのですか?」
「ああ。だから俺と結婚しろ、エリサ」
「……はい、ヴィデル様」
「それでいい」
そう言って、ヴィデル様は満足気に、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
その顔を見て、ヴィデル様と結婚するということが、素晴らしいことだと心から思えた。
――目の前のローテーブルを見て、このテーブルを買ってもらった時のことを思い出す。
ヴィデル様は、こういう人だ。
私の希望は聞いてくれないくせに、こうやって私の期待を軽々と超えてくるのだ。
これまでに、俺と結婚したいか? とか、俺にどうしてほしい? とか、聞かれたことはない。
でも、ヴィデル様と結婚することを心に決めた今、私はかつてないほどの幸福感に包まれている。
だから、これからも、ヴィデル様の言うことを信じて前に進めばいい。
その先には期待以上の幸せが待っていると、私は知っているのだから。
ここで、一区切りとしたいと思います。
二人について書きたいことはまだたくさんあるので、物語はまだ続きます。
なお、このお話に限らず、今後長く執筆を続けていくつもりです。
サイコパスなイケメンの素晴らしさを世に広めるべく、異世界恋愛ジャンルにて他のお話も書いていきたいと思っていますので、機会があれば、お読みいただけると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。引き続き、よろしくお願いします!!




