足りないもの
オスカ大臣の閉廷の言葉を聞くや否や、ヴィデル様は立ち上がり、オスカ大臣に向かって会釈をするとスタスタと帰り始めた。
それを見た私は、慌てて魔道具をオスカ大臣へ提出する。
オスカ大臣は、厳しい表情を緩めて、私の手から魔道具を受け取ってくれた。この人、なんか好き。
ちなみに、被告の皆様方は大騒ぎになっている。特に、父の怒鳴り声と義母の金切り声が非常にうるさい。
それに、所長とヘルゲン大臣はどっちが悪いだ、あれが何だって醜い言い合いをしている。
オスカ大臣とリュミル宰相が二人を黙らせ、呼び寄せているので、そろそろ聴取が始まるようだ。
座ったまま私を待っていてくれたルヴァ様は、私が戻ってくるとにっこり笑った。
「私達も出ようか」
そう言って立ち上がったルヴァ様と一緒に、ホールの出口で待つヴィデル様の元へ向かった。
ルヴァ様とヴィデル様に、ちゃんとお礼を言いたい。
「ルヴァ様、ヴィデル様、本当にありがとうございました」
深く、頭を下げる。
「エリサ、ご苦労様。慣れない場所で、よく頑張ったね」
「まあ、おまえにしてはよくやった」
「本当に、なんとお礼を言えばいいのか……。あ、そうだ、お二人は、なぜ裁判に間に合ったのですか?」
「うーん。間に合った、というより、この裁判はそもそも私がオスカ大臣に直談判して開いてもらったものなんだ」
「え?」
ゆっくりと歩きながら、ルヴァ様が説明を続ける。
「ヘルゲン大臣の様子がおかしかったからね。手紙や通達の文面、それにこの前王城で話した際の態度。どれも強引で、彼らしくなかった」
「もともとはあんなに酷い人ではなかったんですね……」
「もともと横柄な態度を取ることはあったが、彼が言っていることには筋が通っていた。でも、最近の彼は、言っていることも横暴で無茶苦茶なところがあったからね。それで、手持ちの証拠をオスカ大臣に見せて、あの場を設けてもらったんだ」
「あれ? でも、それなら必要なのは第三部だけのはずですよね?」
「いや、ヘルゲン大臣の主張がおかしいことを指摘するためにも、まず第一部と第二部で、君の容疑に関する証拠がデタラメであることを示しておく必要があった。その上で、そのデタラメな証拠を検証もせずに鵜呑みにしたヘルゲン大臣を追及する形としてもらったんだ」
「なる、ほど」
「君に、裁判の開廷について事前に知らせる手立てがあればよかったんだが、驚かせてしまったね」
「いえ! ……確かに驚きはしましたけど、でも、きっとお二人が助けてくださると信じていました。それに、裁判の開廷そのものよりも、私が原告側だったことの方が驚きました」
「ああ、そうか。君は裁判についてヘルゲン大臣から聞かされたんだったね。ヘルゲン大臣とエルスト所長は、国家への反逆罪の疑いがあったから、逃がさないようオスカ大臣が敢えて伝えなかったようだ。彼らに被告として裁判に出ろ、なんて言ったら国から逃げ出す恐れがあったからね」
「そういうことだったのですね」
ホールからの道を進み、城内一階の大階段がある場所へ着いた。
「私はこの後、オスカ大臣と話をしてから別邸に帰るよ。ヘルゲン大臣とエルスト所長の聴取は長くかかるだろうから、君たち二人は先に帰るといい」
「誰にも何も言わずに帰っても怒られないでしょうか?」
「はははっ。怒られないさ。もともと君は不当な理由で拘束されていたんだ。この後、オスカ大臣にも伝えておくよ」
「分かりました。ありがとうございます!」
ルヴァ様は近くにいた城内の兵士に話しかけ、どこかへ行ってしまった。
「さっさと帰るぞ」
「あ、待ってください! 荷物を取ってこないと!」
「鞄なら手に持っているだろう」
「いえ、中は空っぽなんです。裁判の時に魔道具を持ち込むために使ったので」
「準備の悪いやつだ」
「まさか裁判が終わってそのまま帰れるなんて思いませんよ!」
「荷物はどこにあるんだ?」
「それが、その……非常に遠い場所にありまして……しかも、鍵が掛かっていると思われるのですが、その鍵はヘルゲン大臣が持っていると思われます……」
ヴィデル様の視線が冷たい。
ここから別邸まではそこそこ距離があるから、ヴィデル様が先に馬車で帰ってしまうと、私は一人で歩くことになる。
王都内を走る乗り合いの馬車もあるはずだけれど、令嬢育ちの私は生憎、乗ったこともなければ乗り方も分からない。
その時、私の視界に見知ったメイド服の女の人が飛び込んできた。
ロザリーだ! ラッキー!
この前は、酷いことを言われたりしたものの、今は天使に見える。……いや、アトラント家のメイドたちと同じ分類にはしたくないから、堕天使くらいにしておこう。
ロザリーに駆け寄り話しかける。
「ロザリーさん、塔の上の部屋の荷物を取ってきたいのだけど、付き添ってもらえないかしら? もしくは、鍵を貸してもらえない?」
ロザリーは「誰こいつ」という顔をした後、「あいつだ!」という顔をした。表情だけで台詞が伝わってくる。さすが女優。
「あんた……なんで私の名前知ってるのよ。っていうか、なんでここにいるのよ。ヘルゲン大臣に見つかったら引っ叩かれるわよ? ま、私はあんたが痛い目を見るのは一向に構わないけど」
ロザリーは腕を組んで偉そうにそう言った。
が、その直後、視線が私の後ろへ移動し、なぜか頬を赤く染めている。
「ちょっと来て」
いきなりロザリーに右腕を掴まれ、壁際に連れていかれた。
「後ろの超絶イケメンって、アトラント辺境伯家のヴィデル様よね? なんであんたと一緒にいるのよ」
「あー、それはですね」
話している途中で、今度は後ろから突然左腕を掴まれ、思いっきり引っ張られた。
そして気づくとヴィデル様の背中の後ろに立たされていた。……左腕がもげるかと思った。
「おまえは城内のメイドだな」
そう言って、ヴィデル様はロザリーに一歩近づいた。
「え、ええ。そうですけれど」
ロザリーは一歩壁際に下がる。
「エリサがいた部屋の鍵を持ってこい」
ヴィデル様はまた一歩近づく。
「な! へ、ヘルゲン大臣の許可なく鍵を渡したりしたら、怒られるどころじゃ済みませんわ」
ロザリーは顔をより一層赤らめながら、また一歩下がった。
「ヘルゲン大臣は、オスカ大臣による取り調べ中だ。しばらく戻らない。エリサはアトラント家の人間だが、手違いでここに捕えられていただけだ。今から連れて帰る」
「ええ!?」
「持ってこい。何かあっても絶対におまえの名前は出さないと約束しよう」
「あ、あの、その」
ヴィデル様はもじもじするロザリーに詰め寄り、ロザリーの目を見てこう言った。
「今すぐ行け」
五分後、ロザリーは鍵を持ってきてくれた。イケメンって強いな、と思った。
*
長い長い通路を進み、塔の下に辿り着いた。
「……おい、これを登るのか?」
はるか上まで続く螺旋階段を見上げ、ヴィデル様は言った。
「はい。へへ」
「ここで待っている。取ってこい」
「ですよね」
長い長い階段を登った先には見張りの兵がいたが、鍵を見せて事情を話すと、そのまま通らせてくれた。
部屋の鍵を開けて、鞄に大事な荷物を詰める。ついでに、余った魔石や素材もいただいていこう。といっても、火の魔石と、端材くらいだが。
塔から降りてくると、ヴィデル様が腕を組み、壁にもたれて立っているのが見えた。
今日のヴィデル様は、うっすら光沢のある黒のスーツに、パリッとした白シャツを合わせていて、とてもかっこいい。
「お待たせしました。……一瞬、ヴィデル様が、お城の塔に囚われたお姫様を助けるお王子様に見えました」
ヴィデル様は私を見るや否や歩き始めたので、少し早足でついていく。
「……その話なら知っている。だが、その話は確か、王子が塔から姫を連れ出すだろう? おまえ、自分でドタドタと塔から降りてきたじゃないか」
「細かいところはいいんです!」
と言いつつ、ヴィデル様が何気に、私をお姫様ポジションに置いて話をしてくれたことをちょっぴり嬉しく思った。
「……別邸に帰る前に、肉を食べに行く。付き合え」
「はいはいはい! 喜んでお供します!」
「最近足りていなかったからな」
「この前、一緒に夕食を食べた時、お肉が足りていないとおっしゃってましたもんね」
「いや、足りていなかったのは肉ではなく、おまえだ」
「え?」
ん? どういうこと?
「えーと、ヴィデル様の中で、私、つまりエリサが足りていなかった、と。そういうことでよろしいですか?」
「そう言ってるだろ」
「……あの、失礼を承知で伺いますが、ヴィデル様は私のことがお好きですか?」
「別に好きだとは言っていない」
「でも、足りないな、いたらいいな、とは思ったんですね?」
「ああ」
胸がきゅうっと締め付けられた。
……でも、後から思い返して気づいた。私とお肉それぞれに対するヴィデル様のコメントが、全く同じだということに。
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