お姫様みたい
二度目となる、アトラント領から王都への旅。
ルヴァ様はお忙しい様子で、馬車内でも書類の処理に追われていた。そのため、私は遠慮なくぼーっとしたり、景色を眺めたりして旅路の大部分の時間を過ごした。
王城へ着くと、ルヴァ様は門番に対して通達文書を見せる。ほどなくして、城内へ案内された。
前回と同じ応接室へ通された後しばらく待っていると、ヘルゲン大臣がやって来た。応接室に入る前からどしどしと音がしたのですぐに分かった。
「アトラント辺境伯、遠路はるばるご苦労。確かにエリサの身柄は受け取った。もう帰っていいぞ」
「いいか、くれぐれもエリサを大事に扱うんだ。彼女はこの国の未来を左右するほどの人財であることを、肝に銘じろ」
「もう帰っていいと言ったはずだが」
「生憎だが、城内でもう一件用がある。ここで待たせてもらおう。……エリサ、また会おう」
ルヴァ様に挨拶をする間もなく、ヘルゲン大臣に腕を掴まれ、応接室を後にした。
その後、二階へと続く城内の階段を登り、長い通路を抜け、さらに螺旋階段を登り、たどり着いたのは塔の上の方の部屋のようだった。
螺旋階段の直径が小さいために塔だと予想できたし、登った段数がかなり多かったので、上の方だと思ったのだ。
入るよう言われた部屋は、まるで前世で見た映画に出てくる、お姫様が幽閉される塔の部屋のようだった。
手の届かないはるか高い場所にある窓に、質素な内装。家具はベッドと机と椅子しかなく、他には小さな洗面台があるだけだ。
それに、高い場所にあるせいなのか分からないが、応接室よりも空気がひんやりとしている。
ヘルゲン大臣は、私を部屋に入れるなり、鉄格子のような扉を閉めて鍵をかけた。
そして、扉越しにこう言った。
「おまえはここで、遠距離通信用魔道具を作れ。出来るだけ早く完成させろ。食事は一日三回運ばせる。風呂は二日に一度メイドが連れて行く。トイレはそこにいる見張りに声をかけろ。分かったな」
「魔道具の材料はどこです?」
「私は分かったな、と聞いたんだ! 返事をしろ!」
「……分かりました」
「ふんっ。今すぐ必要な物を書き出せ、今すぐだ!」
机に置かれた紙とペンを使い、サラサラと必要な魔石と素材を書き出すと、ヘルゲン大臣に渡した。
大臣はメモを引ったくると、何も言わずに去っていった。
……さてと。改めて部屋の中を見渡す。
牢屋みたいな場所ではあるけれど、そこまで酷くない。臭くもなければ汚くもないところで良かったと思おう。
レイアにもらった鞄の中からティオナ手作りの靴下を出し、履いてみる。そして、ジルにもらったケースからヴィデル様の写真を取り出し、しばし眺めた。
……誰も味方がいない、この寒々しい場所で、足元と心だけは温まるのを感じた。
*
しばらくして、ヘルゲン大臣の足音が聞こえて来た。大事なヴィデル様の写真はケースにしまい、ベッドにケースごと隠す。
そして、持ち込んだ魔道具に魔力を流して起動し、これもベッドに隠した。
やつの足音が大きいお陰で、待ち受ける準備ができるのは幸いだった。
扉の前で足音が止まると、扉の下部の穴から、素材や魔石がバラバラと放り込まれた。
おそらく、あの穴は食器をトレイごと出し入れするためのものだろう。
「おまえのおもちゃを持って来てやったぞ、メス犬。一つでも無駄にしてみろ、ただじゃおかないからな」
「……音の魔石が足りないようです。メモには書いたはずですが」
「黙れ! その生意気な口調をやめろ! おまえは犯罪者だ。しかも国家への反逆罪だぞ? そんなおまえを私が取り立ててやったんだ。私を敬え!」
シンプルにムカつく。こいつと比べれば、棒執事だった頃の執事の方がはるかにマシだ。
「も、う、し、わ、け、あ、り、ま、せ、ん。遠距離通信用魔道具を作るためには音の魔石が二つ必要ですので、ご用意お願いします」
「何だその喋り方は! 次そのクソ生意気な喋り方をしてみろ。ムチで引っ叩くぞ」
煽るのはこれくらいにしておこう。棒よりムチの方が痛そうだ。絶対に叩かれたくない。
「大変申し訳ありません。この部屋の寒さで口が上手く動かないのです。何卒ご容赦ください」
「ふんっ。音の魔石は後で持ってこさせる。分かったらさっさと取り掛かれ」
「承知いたしました」
ムチ大臣がどしどしと帰っていったので、ベッドの中の魔道具の動作を止めた。音の魔石がぼんやりと光っている。うまく録音できたはずだ。
……よし、じゃあ早速取り掛かるとするか。
まず、放り込まれた魔石や素材を仕分けし、数を確認する。他に足りないものは無さそうだ。
次に、鞄から工具を取り出し、机に並べる。床が冷たいので、椅子に座って作業をすることにした。
そして、ケースからまたヴィデル様の写真を取り出して壁に立て掛け、ティオナの膝掛けを脚にかける。
これで準備が整ったので、取り敢えず簡単な通話機から作り始めることにした。
*
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
窓がかなり上の方についているし、照明用魔道具で部屋の明るさが一定に保たれているせいで、全然気が付かなかった。
すると、ムチ大臣とは別の足音が聞こえてきた。誰だか知らないが、ここに味方はいない。全員敵だ。
急いでヴィデル様の写真を裏返し、ベッドの中の魔道具を起動する。
ムチ大臣より足音が小さいせいで、受け入れ準備がかなりギリギリだった。手順の改善が必要だ。
「エリサ・ストラード、夕食よ」
そう言って、メイド風の服装の女の人が、食事のトレイを扉の下から差し入れた。
トレイを見ると、見るからに冷えたパンとスープだけだ。スープの具は小さい上に少ない。テンションが下がる。
しかも、トレイを乱暴に地面に置かれたせいで、スープが少しトレイに溢れている。
「……あの、スープが溢れているんですが、何か拭くものはありませんか?」
「はあ? ここまで来るのに何分かかったと思ってるの? 布巾を取りに行けって? 冗談じゃないわ」
「そうですか、ならいいです」
「……あんた、マックレル家の長男との婚約が破談になったそうね。ねえ知ってる? ストラード家の次女がオブデシアン・マックレルと恋仲になっているという噂」
メイド風の女は、そう言ってくすくすと笑った。
「いいえ、知りませんでした。教えてくださってありがとうございます。王城のメイドは物知りなのですね」
「ちょっとあんた、私のことバカにしてるの? 元伯爵令嬢って言ったって、今は平民以下のあんたにバカにされるなんて許せないわ」
言うなり、メイド風の女はトレイの上の水の入ったコップを手に取り、部屋の床にぶちまけた。
「あら、ごめんなさぁい。手が滑ったわ。床、拭いておいてもらえるぅ?」
「先ほど、布巾をいただけないと聞いていますので、拭くことはできません」
「じゃあ、着替えかシーツで拭くことね。あっはははは」
高笑いをしてメイド風女が帰っていったので、ベッドの中の魔道具を止める。
二つ目の音の魔石もぼんやり光っている。録音成功だ。実にいいものが録れた。彼女はいい女優になれるだろう。
さて、さっさとここを片付けてごはんを食べよう。
ムチ大臣に用意させた風の魔石に強く魔力を流し、風で床の水を吹き飛ばす。うまく扉側に水を飛ばすことができた。
そして、同じくムチ大臣に用意させた火の魔石に魔力を流し、火の玉を出力する。その上に食事のトレイをかざしてしばらく待つと、スープとパンから湯気が出てきた。
遠通魔道具を作るために火の魔石は必要ないが、この部屋の夜の寒さが心配だったので持ってこさせたのだ。早速役に立った。
ほかほかになった食事は、味は悪くなかった。ついでに部屋も暖まって、一石二鳥だ。
今日のアトラント家のお屋敷の夜ごはんのメニューは何だろうな。昨日がお肉だったから、今日はお魚かな。昨日のローストビーフ、美味しかったなぁ。
……おや、これはもしかして、ホームシックというやつだろうか?
もうすでにお屋敷に帰りたい。
実家を追い出されたときは、そんなことこれっぽっちも思わなかったのに。
寂しさを紛らわすため、ヴィデル様の写真を眺める。
……だめだ、余計帰りたくなる。
他に、寂しさを紛らわすために今の私に出来ることは、魔道具を作ることだけだ。
食事を終えると、通話機の続きに取り掛かった。そして、その日のうちに二つの通話機を完成させたのだった。
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