出発の前に
ルヴァ様の執務室から戻ると、作りかけの音声記録用魔道具の製作を再開した。
昨晩ヴィデル様は、しばらく戻らない、と言っていた。明日の出発までには帰ってこないだろう。
それでも、私は魔道具を作り続けた。
ルヴァ様には「心の準備はできています」とか言ったものの、実際のところ、怒りや不安でいっぱいいっぱいだった。
通達に書かれていた腹立たしい文章や、ありもしない証拠を捏造して被害者ぶっている人たちへの怒り。
そして、通達内容や先日のヘルゲン大臣の態度から確信できる、王城で決して好遇されないであろうことへの不安。
胸が重苦しく感じて、せめて頭を空っぽにすべく、魔道具作りに集中することにしたのだ。
昼前には完成してしまったため、その後は改造を続けた。改造に特に目的はなく、小型化を試みたり、より長時間の録音を可能にする方法を考えたりしていた。
私の期待通り、時間はあっという間に過ぎて行った。
*
ティオナが夕食を持ってやって来た。……と思ったら、なぜかジルとレイアも一緒だった。
「エリサ、聞いたわ」
「ティオナ……」
「悔しいし、悲しいわよね。エリサはこんなに頑張っているのに、なぜエリサばかり辛い目に遭わなきゃいけないの。王家といえど、許せないわ」
そう言って、ティオナは目に涙を浮かべていた。
ティオナの言葉は、私の心の奥にある、素直な気持ちを代弁してくれたような気がした。
「えっと、私たちから、エリサに渡したい物があります。まず私から〜」
そう言って、ジルは紙を入れるのにちょうど良さそうなケースをくれた。
「設計図とかを王城に持っていくかなと思いまして、よかったら使ってください〜」
「ありがとう! ジル!」
「次は私です。昔使っていた、旅行用の鞄です。手荷物を持っていくのに、使ってください。お下がりですみません……」
「私ったら、鞄を持っていないことを忘れていたわ! レイアさん、ありがとう!」
「最後は私からね。これから寒くなるから、研究室でエリサが暖かく過ごせるようにと思って編んでいたの。……こんな形で渡すことになると思わなかったわ」
ティオナはそう言って、手編みの靴下と膝掛けを渡してくれた。
私が王城に行くことを聞いて、時間のない中、贈り物を用意してくれた気持ちが一番嬉しかった。
「みんな、本当にありがとう。私、絶対にここへ帰ってくるわ」
みんなが帰った後、夕食のお皿にローストビーフのようなものがあることに気づいた。
料理長の美味しい食事ともしばらくお別れだ。……絶対、しばらくの間だけだ。
ローストビーフのようなものを食べてみると、素晴らしく美味しいローストビーフだった。
*
夕食を終え、寝る支度をし、明日に備えて早く寝ることにした。
でも、なかなか寝付けない。何もしていないと、いろんなことを考えてしまうのだ。
無理矢理にでも、楽しいことを考えよう。
……そのとき、最高のアイディアを思いついた。これはきっと、天からの啓示だ。天から言われたのだから、やるしかない。
ベッドから出てチェストから鍵を取り出し、隣の部屋へ向かう。
そう、ヴィデル様の部屋だ。
部屋の主は、昨日「しばらく帰らない」と言った。今日は絶対に帰ってこないはずだ。
手に持つ鍵を鍵穴にさし回すと、カチャリと開いた。
相変わらずいい匂いのする部屋で、ヴィデル様のベッドに寝転がってみる。
あ、ここでなら寝れそうな気がする。
そう思った五分後には寝ていた。
*
出発の朝。
ヴィデル様のベッドで勝手に寝ているという背徳感からか、それとも王城へ出発する緊張感からか、朝早くに目が覚めた。
レイアがくれた鞄に荷物を詰める。着替え、タオル、洗面用具、ティオナにもらった靴下と膝掛け。ジルにもらったケースにはヴィデル様の顔写真を入れ、鞄に詰めた。
それから、昨日作った音声記録用魔道具や、工具類もついでにしまう。
荷物を詰め終えて少しすると、執事が迎えに来た。いよいよだ。
いつ帰ってこられるか分からない研究室をぐるりと見渡し、後にする。
外に出ると、屋敷の皆が見送りに出て来てくれていた。口々に、私を応援する言葉をかけてくれる。
馬車に乗り込んだ時には不思議と気持ちは落ち着いていて、ただ、やる気だけがみなぎっていた。
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